渋々嫌々のボランティア
「な、なんですか! まだ何も言ってないじゃないですか!」
反論しつつリアは少年を抱きしめたままだ。いい加減離れろ。
「お前のお花畑な考えはお見通しなんだよ」
呆れる俺にリアは悔しそうな顔で見つめて来る。
「だったら助けてあげてもいいじゃないですか!」
「嫌だね。俺たちもそんな慈善事業を行なってる余裕なんてない。この世界に可哀想な子供なんてどれだけいると思ってんだ?」
「で、でも目の前にいる子を見殺しになんてできません…」
「こいつが同情するような奴か? さっきも言ったが盗みの手口が手慣れ過ぎだ。母親が治っても盗みを続けるぞ、こいつは」
俺が睨み付けると少年は目を逸らして震え出した。それを見たリアが再び強く抱き寄せる。
「そんなことないです! きっと根はいい子なんです!」
なおも少年の体を抱いて離さないリア。先ほどから抱き寄せる度に少年の頬にリアの胸が押し当てられる形になっている。その快楽を年端も行かないどこの馬の骨とも知れない少年が味わっているということが非常に気に食わない。
「知るか、そんなもん! いいからとっととそいつから離れろ!」
「嫌です! 治してくれるって言うまで離しません!」
リアの頑固なところがまた出たようだ。そしてリアに余計に力が入って今度は少年の顔がリアの胸に埋もれることになった。
「馬鹿野郎! お前、そんなっ! 離れろって!」
畜生、苛々する。俺が作ったホムンクルスがこのガキにどんどん汚染されていくような気分だ。リア俺が苛々するのがわかってやっているんじゃないかと思うほどにダイレクトに胸を押し当てている。
「離れません!」
こいつの頑固さは重々承知している。なだめすかしても無駄だろうと心の中で悟っていた。
「わかったよ! 見てやるから! さっさと離れてくれ、お願いだ!」
何故俺が懇願せねばならんのか。とにかく今は一刻も早くそこのエロガキからリアを離したかった。
「本当ですか?」
「ああ、本当だ。だから早く…」
そう言うとリアはやっと少年を解放した。少年はリアに締め付けられていたのかはたまた性的興奮故なのか顔を赤くして息をはあはあ言わせている。
「引き受けてくれてありがとうございます!」
リアが今度は俺に抱き着いてくる。こんなにスキンシップが豊かな奴だったか、少しわからないがなんというか忙しい奴だ。俺は黙って受け入れるがこっちにもプライドがある、抱き返したりはしない。
「診るだけだぞ、俺は医者でもなんでもないからな。治せる保証はないぞ」
「そうですよね、でもそれでもいいです」
俺から離れたリアは少年にもう一度振り返って尋ねる。
「君、名前は?」
何が起こっているのかも理解できないようなとぼけた顔の少年は小さな声で答えた。
「キーン…」
よく見ると子供嫌いの俺でもこいつはかわいいという部類に入るんだろうということがわかる整った顔立ちだった。手入れはされていないが綺麗な髪質のおかっぱ頭にふくれた頬っぺた、将来は暗黒面に落ちてしまいそうな少年だ。
「よし、キーン君。君のお母さんのところに連れて行ってくれる? この人が治してくれるって!」
そう言うと少年は静かに歩き出した。だから治すとは言っていないだろうが、変に期待を持たせるようなことはしないで欲しい。
「重病だったらどうするんだ?」
後ろからハリーさんが少年に聞こえないように小さな声で尋ねてくる。
「見捨てる」
「あの子にそれができると思うか?」
リアのことか、できそうにもないな。
「諦めさせるしかないだろう。だが意外だな、ハリーさんも母親のところに行くのに反対なのか?」
「そういうわけじゃない。ただ単に覚悟は持っておいた方がいいということだ」
「確かにな…」
問題はどうやってリアを説得できるかだ。ふん縛ってでも連れて帰るしかないだろうな。
不安を抱えて俺たちはそのまま少年の誘導のままに路地裏を進んでいく。陽の当たる表通りに比べて暗いその通りは都市の光と闇をそのまま映すかのようで、貿易や商売で派手に儲ける人間がいる一方ここには貧困にあえぐ者たちが必死に暮らしているのだろう。少年もその一員だ。
予想通りに少年の家は貧乏を現すかのような小さなボロ家で、扉を開けるとそこにはすぐに母と思しき人物が寝込むベッドが見えた。
「キーン、帰って来たの…?」
寝込んだ母親の声が聞こえてくる。消え入るような声はその体調の悪さを示すかのようで、続いて咳の音が聞こえてくる。
「母さん…」
「お邪魔しますよ」
俺が声をかけると母親は驚いたようで身を起こす。成程顔色は相当に悪い。
「どなたでしょうか?」
「母さん、この人たちが病気治してくれるって…」
「診るだけだ、治せる保証はない」
「テ、テツジンさん!」
慌てて俺の服をリアが引っ張る。だが母親は極めて冷静だ。
「ありがたいことですが家にはそんなお金はありませんので…」
「お金なんていりません!」
病人のいる部屋としてはふさわしくない大声を張り上げるリア。その目はキラキラと輝いている。こいつ本当に俺が治せると思っているのか。
「まあいい、とりあえずさっさと終わらせよう」
そう言って俺はずかずかと家に上がり込んだ。母親は病床から立ち上がれないのだろう、部屋は荒れ果てている。彼女に近寄るとその顔色の悪さもさることながら、やせ細った枯れ木のような腕が印象的だった。
「本当によろしいのですか? 見ず知らずの方にそんな…」
「うちのわからず屋がうるさいんでな。それにさっきも言ったが保証はない。あまり期待しないでくれ」
「十分です。こんなに誰かに優しくして頂いたのは初めてです。ありがとうございます」
頼りなく俺に語り掛ける母親、その動作だけでもその体の辛さが伝わってくるようだ。
「で、どんな症状だ?」
「よくわからないのですが少し前から体が重くて動かないんです… 立ち上がってもすぐに眩暈がして… それにお腹の調子も悪くて…」
随分と参っているようだ。見たところ肌も荒れ果ててカサカサ、目も落ちくぼんで虚ろだ。
「父親はどうした?」
「半年前に事故で… それ以後は私が働いていたのですが今この有様です… もうどうしたらいいか…」
体の僅かな水分を搾り取るようにして涙を流す。
「子供は健康そうだが」
薄汚れた格好はしているが母親の様にやせ細っているわけでもなく、健康に見える。
「キーンにつらい思いをさせるわけにはいきませんので…」
なるほど母親の鑑のようだ。そして母親には単純に体が動かないという以外に目立った症状はないのだと俺は再度確認した。
「これは…」
「何かわかったんですか? 治せる病気なんですか?」
リアが不安と期待の入り混じった様子で俺に詰め寄る。
「ああ、多分な。ハリーさんもわかるか?」
「そうだな、恐らくお前と同じ考えだ」
流石博識な多肉植物なだけのことはある。
「な、何なんですか? 早く教えて下さい!」
リアだけでなくキーンも俺を見つめてくる。
「ただの栄養失調だ」




