ミステリアスの先輩女性
「痛え… ひどい目にあった…」
全力ではないにしろ全身を蔦で締め上げられて俺の体が悲鳴を上げた。特に首回りが危なかった。もう少しで不可能な方向に捻じ曲げられていただろう。
「自業自得です!」
リアがまだ怒っている。確かに少し笑いすぎたな。
「悪かったよ、だがもしもの時はあれを使えば…」
「もう絶対に飲みませんから!」
いい必殺技になると思ったんだが。仕方ない。
「さて、少し痛むが帰るか」
俺はそう言って立ち上がろうとした。
「申し訳ないけど少し休んでいっていいかしら。さっきのでヘトヘトなの」
そう言えば一番頑張ったのは彼女だったな。俺は気遣いが足らなかったことを詫びてもう少し休憩を取っていくことにした。
砦跡には朽ち果ててはいるが直射日光を防げる屋根も残っており、俺たちがそこで何をするでもなく座っていると、先ほどからアヌビスくんがしきりに周囲の匂いを嗅いでいるのに気付いた。
「何かいるかね、アヌビスくん」
「あ、いえ、そういうわけじゃないんですが…」
何か彼なりに引っかかることがあるらしい。言いながらも地面に鼻をこすり付ける様にして何かを調べ続けている。
「何か嗅いだことのあるような匂いがするんです。あまり馴染みはないけど、印象に残っているような…」
俺はアヌビスくんの言っていることに興味が沸いたためあたりを調べてみることにした。特に先の戦いで疲れもしていないしな。
そうするとまず見つけたのが何かの糞だ。特筆すべきはそのサイズ、かなり大きい。カラカラに乾いていることからその痕跡が随分前のものであることがわかる。
続いて寝床、柔らかい草を敷き詰めたような簡素なベッドが風雨を凌げる屋根付きの場所にある。
「ある程度の知能のある生物が、ここで暮らしていた… しかもかなりでかい…」
俺がそういうとアヌビスくんがハッと何かに気付いたようだ。
「あ、そうか! サイクロップスですよ! 通りで印象に残ってるわけだ」
「なるほど、だとすると…」
俺の中で色々な出来事が繋がる。
「俺たちが出会った個体がここに住んでいたものであると考えるのが自然だな」
流れのサイクロップスなど早々いるものではない。
「ということはそのサイクロップスが彷徨っていたのって…」
横で聞いていたリアにもわかったようだ。
「十中八九このゴーレムのせいだろう」
何かのプログラムミスでこんな朽ち果てた砦跡を守る様になってしまったゴーレムが、そこにいるサイクロップスに攻撃を仕掛けるのは自然なことだろう。
「でも集落のゴーレムを破壊したのがサイクロップスだったんじゃないですか? サイクロップスの方が強いのかと思ってましたけど」
「集落のゴーレムは何年も前に作られたものだ。そしてこいつは何らかの改良を加えて作られた改良型だろう、単純に集落の奴よりもでかいしな」
従来のゴーレムをアップデートしようとして失敗してしまったわけか、ケイは。
「とすると集落のゴーレムを破壊したのもここを追い出された恨みってとこか。よっぽどご立腹だったんだろうな」
復讐相手とそっくりの奴を見つけて、そのサイズから勝てると踏んだのか。中々冷静だな、サイクロップスも。
「私たちに襲い掛かって来たのも単に気が立っていただけなのかもしれませんね」
「他に思い当たる理由もないしな」
ということは俺たちは間接的にケイによって被害を被ったわけか、報酬の上乗せを交渉してみるか。
サイクロップス襲撃の真実を知ることもでき、キャリーもようやく歩けるようになったところで俺たちはセレノアに戻った。町に着く頃には既に夜で、みんな疲れていたこともあるし、単に金を受け取るだけだったので、俺は一人でケイの家に向かうことにした。いるかどうかはわからなかったがとりあえずドアをノックしてみる。すると中から前あった時よりも随分ラフな格好をしたケイが姿を現した。
「あら、早かったわね」
「ああ、依頼をこなしては来たんだが… 悪い、予想外なことにゴーレムは粉々になってしまってな。何も討伐した証拠がない状態だ」
その報告にケイも少し驚いたようだ。
「え? そんなに火力を強くした覚えはないんだけど…」
「いや、うちの仲間に少々荒い手合いがいてな。そいつが粉々にした」
「えー…」
半ば信じられないと言った様子だ。俺にも信じられん。
「まあ、いいわ。あなたが言うのならそうなんでしょう」
意外にもあっさりとこちらの言うことを信じてくれるようだ。俺は少し拍子抜けした。
「信じるのか?」
「まあね」
「同じ転移者だからか?」
「まあね」
何故同じ境遇だからという理由だけでそこまで信用するのかはわからないが、これで仕事完了というのならそれはそれで構わない。
「それじゃあ、報酬の話なんだが…」
少し値踏みするつもりだったが、そこで話が遮られる。
「待って、それは後にして少し食事でもどう? お酒がいいならそっちにするけど」
そう言えばそういう約束もしていたな。食事は先ほど済ましたばかりだったが、酒なら断る理由もない。それに転移者として色々と話したいこともある。
「酒… と言いたいところだが、生憎手持ちがなくてな。報酬が無ければ支払いもできん」
そう言うとケイは少し考える様な仕草をした。
「んー… あなたこちらに来てから何年経つの?」
質問の意図はよくわからないが特に画すべきことでもないだろう。
「4、50年だな。はっきりは覚えてない」
すると彼女は少し笑う。
「そう、私は正確に数え始めてから87年、私の方がこっちの先輩ってことになるわね。だったら今日は転移者同士、同じ故郷同士、日本式で行きましょう」
「どういうことだ?」
「支払いは先輩に任せなさい」
妖しく微笑む。何となくだがこの女には敵わないという予感があった。それは俺の倍近く生きているという理由もあるのだろう。
「そうか、助かる」
「それじゃ、行きましょ。いい店があるわ」
そう言って彼女はまた厚手のローブを引っ張り出してきて深くフードを被った。
「わざわざそんな恰好をする必要はあるのか?」
甚だ疑問に思っていたことだ。やけに暑苦しそうだし、彼女の美貌を隠すためだとしても、悪漢に襲われても容易に撃退できるだろうに。
「んー… それは後で話すわ。長くなるしね」
そう言ってそそくさと玄関口に向かう。
「あ、そうそう。名前、まだ聞いてなかったわね」
外に出ようとしたドアの前で突然振り返ったケイがそう尋ねる。
「瓜生鉄人だ」
「鉄人くん、ね。私は末元恵。改めてよろしく、ね」




