荒唐無稽の人間関係
全身に青あざができてしまった。この時点でこの依頼に対してのモチベーションは下がる一方だったが、一度引き受けると言った手前仕方ない。黙々と旅の準備を始めることにした。
「えっと、出発はいつにされますか…?
リアが心配そうな様子で尋ねてくる。
「こちらにも準備が色々あってな。いいとこ明後日だろう」
「あ、明日じゃダメなんですか?」
「焦る気持ちはわかるが、大陸を越えようってんなら相当な準備が必要だ。ここもしばらく空けなきゃいけないしな」
「そうですよね… わがまま言ってすいません…」
森の仲間たちが心配なのはわかる。だがこっちにも色々事情がある。そのためにごそごそと荷物をあさっているところに家の玄関のベルの音が鳴り響く。
「ああ、もうそんな時間か」
「お客さんですか?」
「丁度いい。お前も来い」
リアは言われるがままについてくる。階段を登ってドアを開けると久しぶりに見る太陽の光が差し込む。
「きゃあ!」
それと一緒に飛び込んで来た姿に驚いたようだ。ここに来てからこいつはビックリしてばっかりだな。
「おはよう、ベヒモスちゃん。今日もいい天気だな」
「こんにちわ、テツジンさん。もうお昼だよ」
可愛らしい声でおどける彼女は手乗りドラゴンのベヒモスちゃんだ。手乗りといってもちょっとした猛禽類くらいの大きさはある。実際に手に乗っけてみたことはあるが重くて肩が外れるかと思ったくらいだ。
「ド、ド、ドラゴンですか… これもテツジンさんの研究の成果ですか…?」
「そうだ。街の裏オークションでドラゴンの卵が競りに出されていてな。興味があったから買った。難しいとされているドラゴンの卵の人工ふ化に成功したのも俺の頭脳あってのことだ」
本来はもっと大きいはずなのだが、人の手で育てるとあまり成長しないようだ。だがこれくらいのサイズの方が親しみやすいからいいかと思っている。
「あ、あなたは! とうとう完成したんだね! おめでとう!」
残念ながら違うということを説明する。全く素直に祝福されておきたかったものだ。
「へえ、そんなことが…」
「そうなんだ、ベヒモスちゃん。それで君が良ければなんだが海の向こうまで一緒についてきてくれないか? 君がいれば旅も楽しいだろう」
「いいの? 勿論一緒に行くよー!」
よし、彼女がいれば道中も楽になるだろう。空からの案内があれば道に迷うこともないし、手乗りサイズと言ってもあのドラゴンだ、そこらの魔物なら軽く蹴散らしてくれる。
「それじゃあ、今回の納品依頼ね」
ベヒモスちゃんが足に括り付けた紙を俺は取った。
「納品? 何です、それ?」
リアが顔を寄せて覗き込んでくる。ああ、流石は俺の作り上げた理想の嫁…の体。そこはかとなく鼻腔をくすぐる甘い香りでうっとりとしてしまう。
「ああ、錬金術には何かと金がかかるんでな。その費用を捻出するために街の人相手に薬屋まがいのことをやっている。」
「それなのにこんな街はずれに住んでいるんですか?」
「そりゃそうだ。俺の研究は極秘事項だからな。それにあまり人と関わりたくない」
そのためベヒモスちゃんには街に置いてある俺の店との間の連絡係をやってもらっている。主には今回のように店で足りなくなった薬を知らせに来たり、緊急の依頼があったときに知らせに来てくれたりしている。
「大したものはないな。これなら家にまだ在庫がある。すぐに届けさせよう。ご苦労だった、ベヒモスちゃん」
俺はベヒモスちゃんの顎をくすぐる。そうすると彼女はいつも気持ちのよさそうな声を上げてくれる。
「それじゃあ、私も準備してくるね!」
そう言って彼女は元気よく飛び去っていった。旅が楽しみなのがこっちにも伝わってくる。空を自由に飛べる彼女は本来ならもっと色々な世界を知っているべきなのだろう。俺のわがままでここで働いてもらっているのだからたまには文字通り羽を伸ばしてもらわなきゃな。
「テツジンさんの知り合いって動物とか植物ばかりなんですか…?」
「まあ、そうだな。お前も精霊なんだったら動物と喋るなんて訳ないんじゃないのか?そんなに驚くこともなかろう」
「私ができるのは何となく気持ちを理解するくらいのことです。だから人語を喋られるとドキッとするんですよ」
「そういうものか。だがもうあと一人紹介しておかねばならん。覚悟はいいか?」
「もう何が来ても驚きませんよ…」
そう言ったのを確認してポケットに忍ばせた笛を取り出して思いっきり吹く。そのまましばらくは何も起こらないが徐々に何かが聞こえてくるのがリアにもわかるだろう。
「地震?」
地面が微かに揺れ始める。その揺れが大きく感じ始めると眼前から大きな岩のような物体がこちらに向かってくるのが確認できる。俺はそれに向かって大きく手を振った。
「ゲンブくーん!」
「お呼びでしょうか?」
俺に正面からぶつかる前にその強靭な四股で急停止をかける。四足歩行で走るそれは背中に大きくゴツゴツとした甲羅を背負う。横にいるリアは顔が引きつっている。どうやらまた驚かされたようだ。
「アーマーコータスのゲンブくんだ」
俺がいた世界のゾウガメよりも遥かに大きなサイズでありながら、このスピードで走り抜く常識外れの鎧亀だ。
「おや、とうとうご令嬢が目を覚まされたようですね。おめでとうございます、テツジン様」
「それがだね、ゲンブくん…」
俺は再び説明することになった。なんとも面倒なことだ。どこかの悪霊のせいでな。
「そうですか… 残念ですね… ですがこのゲンブ、無論あなた様の旅に御同行させて頂きますよ」
頭をぺこりと下げた。この世界にお辞儀という概念はないが、頭を下げるゲンブくんがあまりにも可愛いので俺が教えた。
「助かるよ。それと出発前に薬を店に届けて欲しいんだ。今持ってくる」
彼には主に輸送係として働いてもらっている。重厚な甲羅を背負っていながら軽やかな足取りの彼は相当な荷物であっても軽々と運んでみせる。今回の旅でも荷物持ちとして大いに役立ってくれることだろう。それだけでなく元々野生だった彼は戦闘でも活躍する。その鈍重な体から繰り出される突進は強烈であり、本気を出せば石壁くらいなら破壊してくれる。
家から取って来た薬品を適当に箱詰めしてゲンブくんの立派な甲羅に結び付けた。
「それじゃあ、頼むよ。ああ、あとキャリーにもこのことを説明しておいてくれ」
「了解しました」
そう言うとまたゲンブくんは頭をぺこりと下げる。うむ、やはり可愛い。
「キャリーさんとは?」
「ああ、店の売り子だ」
訝し気な目でこちらを見てくる。
「その方は?」
また動物ですか、とでも言いたげだ。
「生憎人間だ。街の住人とやり取りするのに流石に動物は置いておけん。ちょっとした変わり者だがな」
リアは何か言おうとして飲み込んだ。「あなたも相当な変わり者ですが」とでも言おうとしたのだろう。自覚はある。
「さあて、準備するか」
俺は再び家に入って荷物あさりに戻った。とは言え神様なんぞ治したことはないからな。何を持っていけばいいのやら。