一騎当千の友人連中
リンデの料理は驚くほどのものであった。村一番の称号は伊達ではない。香草のかかった肉の丸焼きは絶妙の塩加減と、どうやって調理したのかと思うほどに柔らかく、噛み千切るごとにほとばしる肉汁は零れ落ちる毎に嘗め回してしまいたくなる。ぶつ切りの野菜のごった煮は野菜の旨味を魔法でも使ったかのように鍋の中に閉じ込めており、口に入れる度にもっと寄越せと胃袋が叫び出す。料理の腕もさることながら、それ以上に短時間でどうやって仕上げたのかと思うほどの量が振る舞われ、思わず胃が持たれてしまうほどに食いすぎてしまった。
「すっごく美味しかったです!リンデさん!」
無邪気にリアが言った。リンデはそれを聞いて誇らしげに腕を組んでいる。
「満足して頂けたかね? ドラゴンのお嬢ちゃんのお口には合ったかね?」
同じテーブルで未だに肉にがっつき続けるベヒモスちゃんはその声でやっと我に返ったようだ。
「とっても! 毎日食べたいくらい!」
それは同感だ。旅から帰ったら専属の料理人にでもなってくれないかと交渉してみようかと思うくらいだ。
「ベヒモスちゃん、この後討伐に行くってことだけは覚えといてくれ。食いすぎて動けないとかは無しだぞ」
もうどれくらい食べているかわからない。その小さな体のどこに入っていくのか不思議だ。
「大丈夫大丈夫ー!」
そう言ってまた肉にかぶりつき始めた。
「野菜も食べなよ?」
リンデが呆れた顔でそう言うがベヒモスちゃんの耳には届いていないらしい。いや、聞こえていないフリだろう。
テーブルの料理がすっかり空になる頃には俺の連れ達もすっかり満足したようだ。俺は出された茶をすすりながら皆を見た。
「それじゃあ、一息ついたら出発するぞ」
「はーい」
眠そうな声でベヒモスちゃんが返事する。確かにこのまま眠りにつくことができれば最高なんだがな。
「明日にしたらどうなんだい?」
リンデは外を見ながらそう言う。時刻も夕刻に近い。普通ならそうした方がいいだろう。
「大丈夫だ。獣人は強烈な臭いだからな。アヌビスくんならすぐ見つけてくれるだろう。加えて夜襲をかけるつもりだからな。発見が遅れても問題ない」
旅に出てからそれほど経ってない上にうまい飯を食ってこちらのコンディションにも問題はない。それに時間を置いてまた獣人たちが村に来る方が面倒だ。うちの子たちが大暴れできなくなってしまう。
少し時間を置いて腹もこなれてきたところで俺たちは宿を後にすることにした。そうしてリンデに場所を聞いて獣人の襲撃にあった村の備蓄庫に向かう。
「アヌビスくん、どうだ? まだ匂うか?」
地面に鼻をこすりつけてアヌビスくんが辺りをうろうろしている。
「そりゃあ、もうしっかりと! こっちですよ!」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ね回りながらアヌビスくんが先導し始める。俺たちもそれに遅れまいと速足になりながらついていく。ただベヒモスちゃんだけ少し遅れてついてくる。
「どうした?」
「食べ過ぎたよー…」
「忠告したろ…」
胸やけを起こしてるドラゴンなんて聞いたことない。仕方なくゲンブくんの上に乗って休憩するベヒモスちゃん。
「揺れるよー…」
「申し訳ありません…」
「わがまま言わない。ゲンブくんも謝らなくていい。ベヒモスちゃんが悪いんだろ」
「そんなこと言ったって~…」
渋々ベヒモスちゃんは自分の翼で飛び始めた。大丈夫なのか、彼女は俺たちのパーティーの一番の戦力のはずなのだが。
アヌビスくんは匂いを辿りながらどんどん歩いていく。街道を外れて森に入り、木々をかき分けて、それでもまだ歩き続ける。休憩をはさみつつ数時間歩き続けると、陽は暮れ始めて辺りは闇に包まれる。
「アヌビスくん、あとどれくらいだろう」
先ほどから何度も聞いてみてはいるが、『あと少しです』としか返ってこない。彼の鼻を疑うつもりはないが、当てもなく進み続けるのは中々つらい。
「ちょっと待ってください… あ、もうすぐそこです!」
アヌビスくんが言ってる途中から声を抑え始めた。ということは本当に近いのだろう。
「その小さい丘を越えたところ、獣人が一杯います!」
森から少し外れたところにアヌビスくんが言ったとおりに小高い丘がある。丁度山との間にあって窪地になっているようだで、遠くからは獣人たちの姿を認めることはできないようにしているらしい。成程、獣人たちも中々知恵があるらしい。
「慎重に行こう」
俺たちは物音を立てないように静かに丘を登って行った。そうすると段々と火の明かりや移動式のテントの姿が見えてくる。それとともに毛むくじゃらの獣人たちがあちらこちらでうろうろしているのも見えてきた。数は正確にはわからないが、俺たちが撃退した奴らよりも多いとわかる。村からの距離からして、襲撃を行った獣人たちに間違いないだろう。
「ベヒモスちゃん、もう動けるのか?」
俺は小声でそう言った。
「うん、すっきりしたよ!」
出発時とはうってかわって爽やかな表情だ。
「それどころかお腹空いてきちゃった」
彼女自身だけでなく胃袋も強靭であるらしい。獣人たちが何か肉を焼いているので、その匂いに刺激されたらしい。
「よし、じゃあ、あの肉を貰ってしまうとしよう」
俺は再び三人に向き合うと作戦を伝える。
「ベヒモスちゃんが最初に突っ込んでくれ。空からの襲撃に相手は混乱するはずだ。ただ火は使わないでくれ、村の物資が焼けたらことだ。そうしたら混乱した集団にゲンブくんとアヌビスくんが突っ込むだけだ。難しい作戦じゃない」
三人はお互い向き合ってうなずく。
「よし! 行け、ベヒモスちゃん!」
「はーい」
翼の音を抑えつつも、勢いよくベヒモスちゃんが飛び立つ。彼女の赤い鱗が星空に影を作るが、獣人たちに空を見上げる者などいない。彼女はその隙を存分に活かして、渾身の力で空中で一度羽ばたき、地面に向かって滑空し始めた。
びゅうっと風の音がするとともにそれにつづく風切り音が獣人たちの耳にも届く。だがその瞬間に広場にいた一人の獣人が彼女の鋭いかぎ爪の洗礼を受けて、血を吹き出しながら倒れた。
獣人たちに衝撃は走った。だがその瞬間にはもう彼女は再び空に舞っている。そしてまた風の音とともに地面までやって来て、今度は二人の獣人を同時に引き裂いた。
ようやく獣人たちにもベヒモスちゃんの姿を認めることができたようで、彼らの間に叫び声が上がる。それは何と言っているのかはわからないが、恐らくは脅威を伝えるものであるのだろう。彼らにとっても竜とは恐るべきものであるのか、散り散りになりながら逃げまどっていく。戦おうとするものなどいない。
「よし、アヌビスくん、ゲンブくん、突っ込め!」
俺の号令とともに二人は駆けだす。アヌビスくんは訳も分からず逃げまどう獣人に飛びかかり、その首元目がけて牙を突き刺し、引き裂いた。新たな脅威の存在にさらに困惑する獣人たちに次は岩のような巨体が襲い掛かる。
四足の筋肉を存分に使用して繰り出されるゲンブくんの突進だ。インパクトに際して敵に甲羅を向けることでさながら岩をぶつけられたような衝撃が走るはずだ。獣人は数メートル吹っ飛ばされてもう動けない。彼の甲羅は決して身を守るためだけのものではなく、強力な攻撃のための武器なのだ。
一人の獣人が意を決して武器を取り、真正面からアヌビスくんに振り下ろした。だがそんなものは彼にとって余程スローに感じるのだろう。危なげなく悠々と身を捻って回避する。獣人の武器は無常に地面を叩き、もう一度振り上げる前にその首にアヌビスくんの牙が突き刺さっていた。
動きが機敏ではないゲンブくんだが獣人の粗野な武器如きでは彼を傷つけることはできない。それどころか打ち据えられると逆に武器が壊れた。その隙を利用して彼は体当たりに転じる。顔や手足を狙う者もいたが、俺のいた世界のゾウガメなんかと違って彼はそれらを自分の甲羅にひっこめることができる。変幻自在に手足を頑強な甲羅にしまう彼の防御術はまさに鉄壁と言えるだろう。
一方からは狼と亀が、空からはドラゴンが襲い掛かり、獣人たちは一瞬にして拠点を捨てて逃げ出し、逃げ出した者は空から狩られた。僅かにいた戦おうとする者も首から血を流すか、全身の骨を折られて倒れた。
思ったよりも簡単だった。というかベヒモスちゃんだけでもよかったんじゃないかと思えるほどだった。何人かは逃げ出すことができた獣人もいただろうが、この地には二度と近づかないことだろう。
そう思った俺はあらかた片が付いたことを確認すると三人を呼んだ。逃げていく獣人を追いかけようとするアヌビスくんとゲンブくんに対してベヒモスちゃんは既に獣人たちの食事を漁っていた。
「ベヒモスちゃん、また食べ過ぎないようにな」
「大丈夫! 運動した後だからお腹空いちゃって」
大した運動はしていないだろうが。




