予定外の訪問者多数
リアのためにゆっくりと歩いたために予定では今日中にアレアに着くはずだったが、途中で陽が沈んでしまった。いくらこちらにアヌビスくんやベヒモスちゃんがいるとは言え、リアとハリーさんがいる以上あまり無茶はできない。俺たちはその場でキャンプすることにした。
「そう言えばキャリーさんって犬が苦手なんですよね? どうしてですか?」
火を囲みながら食事をとっている中、リアが口を開いた。先ほどからアヌビスくんの一挙一動にビクビクしつつ、彼から離れて座っているキャリーの様子を見て思い出したのだろう。
「ちょっと犬に関してトラウマがあってね…」
彼女はいくつのトラウマを持っているのだろう。
「何があったんですか?」
キャリーは食事の手を止めて火を見つめている。
「私が元いた世界で、犬に襲われたことがあるの… とても大きな犬だった… 今でも夢に見るくらいよ… あの涎まみれの口を大きく開いて噛みついてくる様… 後で聞いてみたら何かの病気だったみたい」
その話を聞いて少しショックだったのか、アヌビスくんの耳が頼りなく垂れ下がってしまっている。俺はいたたまれなくて彼の頭を撫でてあげた。
「あ、別にアヌビスくんが悪いわけじゃないの… でも本当にショックな出来事だったから、未だに少し苦手なの… それだけはわかって…」
彼女なりに努力はしているようだが、そう簡単に克服できるものでもないだろう。ましてやアヌビスくんは犬どころか狼だ。体格も大きいし顔も怖い。
「大丈夫です! 気にしてませんよ! 僕にだって苦手なものありますから」
相変わらずけなげでいい子だ、アヌビスくん。
「アヌビスくんは何が苦手?」
「タマネギです!」
苦手というか食べたらダメな奴だ、それは。
「私も野菜が嫌い!」
ベヒモスちゃんはドラゴンらしい肉食系女子だ。
そんな感じで楽しい談笑が続いていると突然アヌビスくんが頭を上げて耳をピンと立てる。何かに察知したらしい。俺はそんな彼の様子にいち早く気付いた。
「どうした?」
普段聞かせてくれる可愛らしい声ではない低い唸り声に似た声でアヌビスくんは答える。
「獣臭い集団が歩いています」
「こっちに近づいてくるのか?」
「はい、途中で歩みを変えました。火が見えたようですね」
そうなると獣の群れというわけではなさそうだ。
「ど、どういうことですか? この辺は安全なんじゃないんですか?」
リアがオロオロし出した。
「完全に安全という訳ではない。普通の獣や魔物ならあえて近づくような真似はしないだろうが、中には頭の悪い連中もいる」
「やーね」
ベヒモスちゃんは呑気そうな声だ。強者の余裕というやつだろう。
「火を見ても突っ込んでくるような連中は獣人だろう。この辺りに出たという報告もなかったのだが… 恐らくは流れの奴らだな」
「流れ?」
「一か所に留まらずにあちこち旅しながら生活する獣人もいるんだ。主には略奪なんかしながら生活している。時折ふらっと現れやがるもんだから厄介なんだよ」
統率は取れているが知能は低い連中だ。大した害にはならないだろうが、それでもリアにとっては恐怖のようだ。震えながらゲンブくんにしがみついてしまっている。
「先に仕掛けるぞ。ベヒモスちゃんが空から先制攻撃で攪乱してくれ。混乱に乗じてアヌビスくんが乗り込んで畳みかけろ」
夜目が効く二人だからこそ可能な奇襲だ。
「ま、待ってください! 本当に悪い獣人さんなんですか?」
純朴なようで結構な事だがあいつらは話の通じる奴じゃない。
「人里を問答無用に荒らしまわってる様な連中だ。良い悪いの問題じゃなくて奴らは敵なんだよ、俺たちの」
「獣人はね… 厄介なの… 中途半端に知性があるから…」
キャリーも説得にかかってくれた。彼女としても厄介ごとは早く済ませたいだろうしな。そう言えばワーウルフとかコボルトみたいな犬の獣人は彼女的に大丈夫なのだろうか、後で聞いてみよう。
「それでも… わかんないじゃないですか!」
強情なところがまた出てきたようだ。まあ、こいつ正体は人間じゃないしな。生きとし生けるもの全て平等って立場だろう。納得させることも難しいかもしれん。
「はあ… しょうがねえな… それじゃあ、あいつらがここに来るまで待ってやるよ。それで奴らに悪意があるなら問答無用に殺すからな」
「わ、わかりました… でもこのまま素通りしてくれるかもしれませんよ?」
「それはないねー、ドンドン近づいてくるもん」
その言葉により一層恐怖を感じてしまったのだろう、顔が引きつっている。
「それじゃあ皆これを着けろ」
俺はリアとキャリーにあるものを渡す。
「何ですか、これ?」
訳も分からず受け取るリアと全て理解して何も言わずに装着し始めるキャリー。
「着け方はキャリーに聞いてくれ。俺はアヌビスくんとゲンブくんとベヒモスちゃんに着けなきゃならん」
手渡したものは顔全体を覆える革のマスクだ。
「いいか、俺がいいって言うまで外すなよ?」
未だに戸惑いを見せるリアに念押ししておく。やっとのことでゲンブくんにマスクを着け終えて全員分の装着が終わったところでベヒモスちゃんが声を上げた。
「ほらー、来たよー!」
火の明かりで見える距離まで来た連中はやはり獣人だった。全身に野太い毛を生やして簡素ではあるものの衣服や鎧を身に着け、その手には粗野な武器が握られている。交配が進みすぎて何が元になった獣人かわからない、いわゆる雑種と言うやつだ。そして何より特筆すべきは…
「ほらー、目血走らせてこっち来るよー!」
それぞれが唸り声を上げてこちらに向かって走ってくる。誰がどう見てもこれは明確な殺意だ。
「な? 殺しに来てるだろ?」
無言で首をカクカクと縦に振るリア。
「じゃあ、殺していいんだな?」
続けて首を振り続ける。
「よし」
そう言って俺は荷物の中から一つの球体を取り出して火を付けた。そしてそれを群れに向かって投げつける。導線が焼かれてその内の火薬に火を伝えると、大きな音を立てて炸裂する。
「きゃっ!」
驚いたリアがしゃがみ込んで耳をふさぐ。爆発した場所にはモクモクと白い煙が上がっている。狙い通りに音と爆発に怯んで獣人の集団はその勢いを止めたようだ。そうしてその煙に彼らはせき込み始めた。煙はこちらにまで風に乗ってやってくる。
「マスク外すなよ?」
せき込んでいた獣人たちは気が付くと一人また一人とその場に倒れていく。どれもこれも苦しみのたうち回って、痙攣しているのがわかる。
「な、なんですか、これ?」
オドオドしながらリアが聞いてきた。
「毒だ」
「毒!?」
マスク越しでも驚愕しているのがわかる。落ち着いて本を読み続けるキャリーとは対照的だ。
「俺の調合した特別の、な。このマスクがあれば防げるがあまり近寄って吸引するなよ? 限界はある」
毒を撒く際に事前準備が必要なのがこの戦法の欠点ではある。
「ええ~… 何か… 残酷というか何というか…」
「どういうのを期待してたんだ。俺は魔法だの何だのは使えないんだ。だがそれでも迫りくる敵を倒すことができる。文明の利器というやつだ」
「いやあ、てっきりもっとかっこいいマジックアイテムとかそんなのがあるのかと…」
「そんな高級な物持ってない。薬品は商売と研究を兼ねた物だからな、豊富にある」
「そう言えば盗賊団を全滅させたって…」
「ああ、洞窟を根城にしてたからな。中に毒薬を放り込めば一網打尽だったな」
自慢げに話して見せる俺に対してまだリアは腑に落ちてないようだ。別にいいだろ、どんな戦い方したって。
「人間相手でも容赦しないんですね…」
「あの時は俺の店の商品を運んでるゲンブくんに手を出しやがったからな。そのせいで彼が怪我をした。正当な報復というやつだ」
「かすり傷でしたがね」
「関係ないさ。俺の友人を傷つけるのは許さん」
「もったいないお言葉です」
この話をすると毎回ゲンブくんが恐縮する。俺は友人として接するのに彼は下僕だと卑下する。もう少し自信を持って欲しい。
「いつ見てもすごいよねー!」
「そうですよ! 僕たちじゃ真似できません!」
難しい事は考えずに興奮するベヒモスちゃんとアヌビスくん。それも彼らの魅力ではある。
「で、これっていつとっていいんですか?」
リアがマスクを指す。
「念のため一時間は待ってくれ。割と分解されにくいんだ」
「ええ、これ結構息しにくいんですけど…」
「我慢しろ」




