予測不可能の異物混入
「ついに、ついに完成だ…」
思わず目から涙をこぼしそうになる。何といっても数十年にも及ぶ努力が実を結ぼうとしていたのだ。ホムンクルス、即ち人造生命体の作成という大業を。
俺の名前は瓜生鉄人。何の因果か摩訶不思議で中世風でファンタジーな世界に送り込まれた哀れな男だ。そんな俺が唯一ツイていたのは、この世界に俺を送り込んだ張本人であるド外道のクソ女神が俺の望みの力をくれたということだ。
俺は長らく考え、錬金術の知識とその技術を望んだ。結果それは叶えられて俺はこの世界においても有数の錬金術師となることができた。それも全てホムンクルスを作るためだ。
何故俺はホムンクルス等という人類にとって禁忌とも言える産物に興味を持ったか?理由は単純だ。それは俺にとって理想の女性を人生の永遠のパートナーとするためだ。
人間が本当に自分の理想とする運命の人を見つけることができる可能性というのはどれくらいだろう?恐らくは天文学的な数字になるに違いない。それを見つけるころには輪廻を百回は転生していることだろう。それならば作ってしまえばいいのだ。自分の思い通りの見た目に、自分を誰より愛するように。
虚しいと思うだろうか?いいや、絶対に違うね。それは不可能であるからこそ、それが最高のアイデアであることを否定して現状に満足しようとしているに違いないのだ。だがこの何でもありな珍妙奇天烈な世界に転移して偉大な力を与えられた今の俺ならできる。人類が求めて止まなかった桃源郷へ辿り着くことができるのだ。
俺の目の前には円柱形の培養槽があり、その中には一人の美女。いや、もはや美女という言葉すら生温いほどにその少女は完成された美しさを持っている。勿論俺の理想であるが故に俺の欲望を詰め込んだだけのものであるが、人々の目を釘付けにするには十分なものだろう。
腰元まである煌びやかな銀の髪、それがより一層映えるような雪のように白い肌、その手足はすらりと美しく伸びて爪の先まで愛おしさで溢れているかのようだ。一度動き出せば今は閉ざされたその目が開き、美しいライトブルーの瞳が覗き、俺を魅了するだろう。声はちょっと耳にかかるくらいの甘い声。そして創造主である俺を無条件に愛して尽くしてくれるようにプログラミングされている。俺は一刻も早くそれに出会いたくてもう待ちきれなくなってしまった。
「さあ、アヌビスくん!今こそそのレバーを引くのだ!」
そこには一匹の狼。この世界でも有数の美しい毛並みを有すると言われるシルバーウルフのアヌビスくんだ。その中でもより一層惚れ惚れするほどに銀色が輝く一匹狼を野生から捕まえて手なずけたのだ。
「了解しました、テツジン様!」
俺の助手であり、ボディーガードも務める彼は会話も可能だ。ホムンクルス作成過程においては人格や知能を持たせることが大きな課題となる。その副産物としてアヌビスくんのような動物でも知能を持って会話させることができるようになった。
その肝となるのが「ソウルチップ」だ。高位魔導結晶とも呼ばれるそれは、古来からゴーレム等の無生物に命令を与えるために作られていたものだが、それを俺がさらに発展させて自立思考すらも可能にしたのだ。アヌビスくんにもそれが埋め込まれているが、それは思考や言語の記憶容量を増設させるためのものであり、言葉や常識などを一つ一つ丁寧に教えたのは他でもないこの俺だ。
アヌビスくんが御自慢の美しい尻尾を振りながら、俺の命令通りに培養槽脇にあるレバーをその口を使って器用に引っ張った。すると培養槽の中の液体が抜けていき、抜けきったところで蒸気駆動で槽が持ち上がり始める。
「いよいよですね」
「ああ、これまで本当に長かった… それもこれも君の助力があってのことだ、アヌビスくん。本当に感謝しているよ」
槽が上がりきるまで時間がかかる。そう言って俺はアヌビスくんの頭を撫でる。彼は目をつぶってそれを受ける。
「いえ、テツジン様の努力あってのことですから」
「ふふふふ… まあ、そうなのだがね。彼女が起きたら漬けておいた肉で祝杯を上げよう。勿論骨は君のものだ」
「いいですね! きっとしっかり漬かっておいしくなってますよ!」
一際尻尾の運動が大きくなった。普段は毛をまき散らさないように尻尾の振りは自重するように言っているのだが今日ばかりは仕方あるまい。そう言っている間に培養槽は完全に持ち上がって我が伴侶がそこに項垂れるだけとなった。
俺とアヌビスくんの間に緊張が走る。果たして彼女は本当に目を覚ましてくれるのだろうか。いや、この超常の頭脳と技術を持ってして成功しないはずがない。
俺はこの日のために手配した上質なシルクのシーツを持って彼女を包み込んだ。そして確かめる。トクントクンと微かに手から伝わる鼓動の音。
「よし、生きているぞ! 第一段階は成功だ!」
小躍りしたいような気分だ。
「いつ目覚めるんでしょうね?」
「ふふふふ… アヌビスくん、眠ったままの姫を起こすのはどういう方法がベストだと思うね?」
気持ちの悪い笑みがこぼれてしまうのが自分でもわかる。
「さあ?舐めてみてもいいですか?」
彼女に近寄ってアヌビスくんが匂いを捉えようと鼻を何度も鳴らす。
「確かにアヌビスくんはよくそうやって起こしてくれるがそれはちょっと違う」
近寄って来たアヌビスくんには申し訳ないがちょっと離れてもらう。
「それは熱いキスだよ! アヌビスくん! 愛する者の熱い気持ちのこもった接吻が覚醒せしめるのだよ!」
「えー、僕が見ててもいいんですかー?」
「かの何とか姫も7人くらいの背の低いおっさんどもに見守られながら王子様にキスされて目覚めたんだ。どうってことないさ」
アヌビスくんは頭上にクエスチョンマークのようだが無理もない、俺がもといた世界の童話だしな。そして実際、彼女の起動方法は俺の魔力を経口で伝えることに設定していたりする。悪趣味だろうな、だがホムンクルスで自分の嫁を作ろうとしている段階で大抵の羞恥心は捨てている。
「さあ、アイリ… 早くお目覚め…」
アイリという名前には5年くらい悩んだものだ。愛しい者の名前を呼びながら、親に見られたら首に縄のアクセサリーが尽きそうなゲロ甘なセリフを吐いて俺はその唇に引き寄せられた。
―――ドンッ
「ぐへっ!」
強烈に尻もちをついた自分がいる。突き飛ばされた?何に?いや、アヌビスくんはそんなことしないし、目の前にいたのはたった一人だ。
「アイリ? 一体どうして…?」
突き飛ばされたショックもあるが、何より彼女の中のソウルチップがまだ起動していないはずだ、動き出すはずがない。失敗したのか?そのショックの方が大きかった。
「ゲホッ!ゲホッ… あ~、この体の恋人の方でしょうか? す、すいません…奇跡が起こってあなたの恋人が感動的に蘇ったとかそういうんじゃないんです… えっと、完全な別人でして… い、いえ、死霊とかじゃ決してないんですよ? 怪しい者では決してありません! 少し体を貸してもらっているだけなんです…」
起き掛けに何を訳のわからないことをほざいてやがる。声だけはまさに自分が理想として思い描いたアイリの声だからこそに余計に腹が立つ。
「体を… 借りてるだと…?」
「はい、あの… 実は私ある方の使いの者でして… 不躾ですがお願いごとが」
「帰れ」
全部言い終る前に遮る。そんなものは聞きたくないし、聞く気もない。
「いや、違うな。出てけ! さっさとその体から出ていけ、この悪霊が!」
両肩を掴んで大きく揺さぶった。あまりアイリの体を乱暴には扱いたくなかったが、少し錯乱していたようだ。
「い、いや、悪霊じゃないですよ! それにもう無理なんです! なんかすっごくフィットしちゃってて! 離れられないくらいひっついちゃってるんです~!」
マジかよ…俺は思わず膝をついてうずくまってしまう。
「いや~、ホントになんででしょうね? 死体にしては体も綺麗だしすっごく動かしやすいんですよ~」
何を呑気な事をほざいてやがるんだこいつ。ん?待てよ、今こいつ何て言った?
「死体? お前それが死体だと思ってるのか?」
聞き捨てならない言葉に思わず立ち上がって抗議せざるを得ない。そういえば蘇ったのではないとかなんとか言っていたな。
「え、違うんですか? そんな生きてる人に取り付くような強引なことは流石にできませんよ? 丁度いい空の体を探して彷徨ってたんですが…」
「死体じゃねえ! 俺が長い年月かけて作り出したホムンクルスになんて言い方しやがる! ってか死体求めて彷徨うなんてやっぱり悪霊じゃねえか! アヌビスくん! 町に行って除霊師を呼んできてくれ! 金ならいくらでも払うって言ったら貧乏な聖職者が飛び込んで来るだろ!」
「まあまあ、テツジン様。少しこの方のお話を聞いてみましょうよ。」
アヌビスくんは特に警戒している様子もなく、落ち着いた様子だ。
「犬が喋った!?」
まあ、当然の反応だろうな。
「犬ではない。誇り高きシルバーウルフだ。何故喋れるかは… 説明が面倒だ。俺の発明だ」
「どうも、アヌビスと申します。テツジン様、この方はこの世に未練があるのかもしれません。それを果たしたら成仏してくれるかもしれませんよ」
「だから死霊でも悪霊でもないんですってば~…」
悲しそうな表情と仕草が俺の心に突き刺さるほどに可愛らしい。だがその中身が伴っていなければそれは理想の嫁とは言えない。これは完全な別物なのだと割り切らなければ。
「わかった、とりあえず聞くだけ聞いてやろう。まずこれを着ろ」
アイリに着せる予定だった白のワンピースを投げつけた。
「大事な体だ。風邪でも引かれるとこまるんでな。もう一度言っておくがそれは俺の命がかかった大っ事な体なんだ。傷付けたらタダじゃおかねえからな!」
「は、はい~」
怯えた目つきでそろりそろりと体を動かしながら服を着始める。俺は思わずまじまじと見つめてしまう。女性が服を着る動作というものは中々見る機会がない上に、美しい裸体が徐々に隠れていくという終わり行くものの儚さと美しさを思わせる。まるで桜吹雪や花火のように。
「あ、あまり見ないで頂けると助かるのですが…」
「さっきも言ったがその体の所有者は俺だ。お前に拒否権はない」
「そんな~」
服を着終えると何か落ち着かない様子で体を動かしている。
「すごくいい布ですね~…気持ちいい…」
純朴な少女のような振る舞いに思わずどきっとさせられる。騙されるな、これはアイリではないんだ。
「当たり前だ、王国から取り寄せた最高級品だ。とりあえずこっちだ、ついて来い。アヌビスくん、お茶の準備をしておいてくれ」
大人しくついてくる少女、特に害があるようにも見えないがいつまでもその体にいてもらっても困る。話を聞いたら何としてでも出て行ってもらわねばならない。
まさか自分のミスではないところでこんなハプニングが起こるとは…研究室に魔力結界を張っておかなかったことを心から後悔する俺だった。