オーディションを開きましょう
「陛下、まずは『オーディション』を開きとう存じます」
アークダインの玉座の前に平伏し、俺は魔界アイドルプロデュース計画第一弾を語っていた。
「『おーでぃしょん』とは?」
「アイドルにふさわしい美しさ、歌唱力、カリスマなどを備えた女性を発掘する選抜試験です」
「なるほど…我が名を用い、帝国全土に布告を出すことを許そう。ただちにかかるが良い」
「ははっ!」
俺は一礼し、アークダインの前を退出する。
アークダインの勅命を受けた俺は、皇帝直属の特務親衛隊少佐の階級と、皇帝の宮殿の片隅に一室を与えられた。
他の魔物たちからは、新参者がどうしてと訝る声もあったようだが、アークダインの威光の前に逆らえる者はいない。
「アイドル」結成計画は既に、帝国の国家プロジェクトとして承認を受け、帝国全省庁のバックアップが約束されているのだ。
部屋に戻ると、副官のアイスハルト少尉に早速指示を出す。
金髪の吸血鬼アイスハルトは、一見好青年の優男だが、超一流の戦闘力を持つ戦士だ。
アークダインに心酔しており、その勅命を受けて動いている俺のことも信頼してくれていた。
「アイスハルトさん、陛下のお許しが出ました。ただちにオーディションの布告を出さないと」
「いよいよですね…少佐殿。文案をいただければ、自治省に命じて各州政府にデュラハンを飛ばさせましょう」
デュラハン…ってあの、首なしのデュラハンだろうな、きっと。
うん、たしかに足は早そうだ。
俺は筆を片手に机に向かい、布告の草案を書き上げた。
「アークダイン1278年 紅の月吉日
帝国臣民に告げる。
余は国威発揚のため、また愛する臣民の慰撫のためにその身を捧げる『アイドル』を募集する。
『アイドル』とはすなわち、歌謡や舞踏を以って人々を楽しませんとする技能集団である。
応募資格:美貌、歌声、教養など、何か誇るべきもの持つ全ての魔族の女、身分及び種族不問
応募方法:帝国規定の魔導紙に、特技、志望理由を記入し、姿写しの術を添付の上、各州政府の窓口に提出
待遇:帝国軍特務親衛隊所属の正規軍人として相応しく遇するものとする
募集人数:四名 今後追加募集の可能性あり
帝国臣民が奮って応募することを期待する。
ディアボロス魔帝国第三代皇帝アークダイン」
「よし…こんなもんでいきましょう」
「はい、陛下の御決裁を頂いて参ります」
草案を捧げ持ち、アイスハルトが駆け出していく。
数十分後には、皇帝のサインと花押が記された正式版の写しが、デュラハン便で各地へと送り出されていった。
「応募…ありますかね?」
「それはもう…多いでしょう。アークダイン様直属の親衛隊待遇ともなれば、平民が望みうる最高の地位ですから」
「あれ…じゃあ、俺のポジション結構すごいです?」
「…それはもう、暗殺されてもおかしくないほどには」
「マジっすか…」
「それゆえこの《閃光》のアイスハルトがお護りしているというわけで」
「一応、不死者なんだけど」
「超高位の魔族であれば、不死者を殺すなど造作もないことです」
そういってアイスハルトがウィンクする。
…男だけど、美青年だけにドキッとしてしまう。
まぁつまり、アイスハルトぐらいの力あれば俺の不死能力は無いも当然ということらしい。
《閃光》のアイスハルトの名を知らぬものは、およそ帝国軍にはいないだろう。
数年前の国境での戦闘において、隣国アインガルドの軍勢に包囲され、窮地に陥った帝国第三軍団を救った英雄。
精鋭の吸血鬼部隊を率い、鬼神の如き働きで、第三軍団を指揮するエーゼンベルク伯を包囲から救い出したというが、本人は涼しい顔で「たいしたことないです」という。
…付け焼き刃ではあるが、帝国軍に属する今、軍や帝国に関する最低限の知識は身につけるようにしているのだ。
そう、俺の属するディアボロス魔帝国は強大ではあるが、唯一無二の国家ではなかった。
魔皇帝アークダインが治めるディアボロスは、ここガラリア大陸のおよそ東半分を占めている。
残りの西半分を、いわゆる人類が統治するアインガルド連邦と、エルフの支配するエレンディラ王国が二分しており、この両国が同盟を結んでいた。
大陸に覇を唱えんとするディアボロスと、アインガルド及びエレンディラの連合軍が一進一退の攻防を繰り返し、はや数十年の時が経とうとしている。
「って、完全にファンタジーの世界やな…」
思わずそんな独り言が飛び出すが、自分の置かれた状況をくよくよ悩んでいる暇はない。
今はとにかく、陛下のために「アイドル」事業を為さねばならぬ時なのだ。