俺は勇者じゃない
「異世界に転移されるまでは良いとしよう。」
俺は同じ趣味の友人にそう話し始めた。
「だが、ステータスオープン?で自分のステータスが確かめられる?意味が分からない。」
友人は「またこの話か」とばかりに少し嫌な顔をして返してきた。
「まぁまぁ、そこは『そういうもの』って感じで何となく流すのがお約束だろ?ゲームみたいにわかりやすいから主人公の現状が読者に把握しやすいじゃないか。」
俺は普通に働いているが、趣味で小説を投稿していた。そこは異世界に転生して活躍する物語が数多く寄せられ、面白い話が数多く夢中で読むうちに自分でも書いて投稿しているのだった。
「ああ、まあそこは納得いかないが納得しよう……。」
「納得してないじゃないか……。」
「ただ、そのステータスに『勇者レベル.1』と書かれていたからって『俺は勇者らしい。』とか納得できるか?俺には無理だね。」
「そうか?はっきりしていていいじゃないか。」
「お前は公務員だったっけ、お前が魔法が使えるからって職業の欄に「魔法使い」と書かれてたらどうする?…あ、あれとは別の意味でだぞ。」
「うっさいわ!それは「公務員」と書かれるんじゃないか?」
「う~んなんて言っていいかのな…「勇者」てのは職業じゃないんだよ。騎士なら使えてる国から給料が出る。魔法使いなら魔法薬や魔法を使った対価に報酬を得る。」
「勇者なら魔物を退治した報酬なんじゃないか?」
「それは「冒険者」の仕事でしょ。」
「あ、そうか」
「超強いとか?」
「誰でも強くなれるし、勇者だって最初は弱いんじゃねえの?」
「そうか…うーむ。」
「勇者ってのは結果だと思うんだよ。魔王を倒したからあいつは「勇者」だったってね。」
「でも、勇者としての自覚とか、勇者としての責任とか持たせる為なんじゃないか?」
「え~、耐えられない自分の実力が伴っていないと負担でしかない。」
「難しいな、俺はそこまで考えていなかったよ。「そういうもの」としか考えていなかった。」
「そうだろ。なかなか考えると深いんだよ。」
俺はそう言うとニヤッと意地悪に笑った、そこから仕事の愚痴やくだらない話をすると家に向かった。少々飲んだせいか夜風が心地よく頬をなでた。
先ほどの会話を思い出し笑ってしまった。あんな馬鹿話ができるなんていいものだ。
そう、いきなりステータスに「勇者」なんて書かれていても「俺は勇者だ」なんて受け入れられる奴なんていない。普通の人間なら戸惑うし何をやっていいかわからない。それが普通の人間で、それが普通の対応なのだ。突然旅に出たりできるわけながない。
そうでなければ困る。明日も普通に仕事があり、出社しなければならないのだ。
俺は夜空に重なる、触れない半透明の板に書かれた文字を見つめそう思うのだった。