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夜の大運動会

 夜のうちに二人は出発することにした。夜間はゾンビが活発化するが、しかしリスクを負っても行く価値はあると判断した。学校はオークの生息域に近く、何かの間違いで発見されてしまうかもしれない。レジスタンスが目を光らせていた時ならともかく、いまはそうではない。

 出発の準備を整え、二人は早速出た。


(この旅で一番ありがたいのは、トイレに困らないことだな……)


 清潔さを保てるのはありがたい。体の汚れは不快なだけではなく病気の原因にもなる。完全に文明が崩壊していたら、俺はこれまで生きていられなかっただろう。


「ルカ、これを。ここを押すと、ホラ」


 予備のL型ライトをルカに渡してやる。俺のは胸ポケットに固定してある。


「あいつらは光に敏感だ、ゾンビの近くじゃ消すようにしろよ」

「わ、分かりました。着いて行きますからね、竜四朗さん」


 夜の街に出るのは久しぶりだ。拳銃を握る手にじっとりと汗が滲む。

 頼りない電灯が照らす中、俺たちは身を屈め慎重に歩く。

 そこかしこに気配を感じる。


「ぞ、ゾンビってこんなにたくさんいたんですね……」

「夜のゾンビは俊敏だ。息を潜めてじっと待て、動かないものにはほとんど反応しない」


 そんなことを言っている間に、お出ましだ。

 架線の下、ほとんど灯りのない場所にゾンビがいる。

 そいつは、置き去りにされた車のドアを引き続けている。


「あれ、いったい何をやっているんですか?」

「知らないのか? ゾンビは生前の行動を繰り返す習性があるみたいなんだ。

 あいつなんかは、車で逃げようとしたところを捕まって殺されたんだろう。

 待ってろ」


 深呼吸を一つして、俺は車の影から飛び出した。なるべく音を立てな異様にしてゾンビの背後に接近し、頭頂部目掛けてバールを振り下ろした。くぎ抜きの部分が頭部に突き刺さり、脳を破壊した。

 ゾンビの全身から一気に力が抜ける。


「いつもこうやる瞬間は、気が抜けないんだよな……!」


 ゾンビの頭からバールを抜き、ゾンビをゆっくり横たえる。しばらくの間ぴくぴくと痙攣していたが、やがてまったく動かなくなった。ルカを呼び寄せて、先へ。


「家に帰ろうとするゾンビも、いるんでしょうか」

「きっといるだろうな。あいつらにとって、俺みたいなのは不法侵入者なんだろ」


 ゾンビにはまだ朧げながら意識が残っていて、彼らの認識の中ではまだ生きている。

 彼らの世界の中で、俺は単なる犯罪者。まだ生きている彼らの頭を、バールで……


 妄想を振り払う。

 こいつらはゾンビで、生きていない。

 俺たちのことを腹の中に収めようと躍起になっている。

 そんなことをさせてたまるか。


「一体なら簡単だ。だけど、気付かれると厄介なことになる。声で仲間を呼ぶんだ」

「声で……それは叫んで、周りに入るゾンビを呼び寄せるってことですか?」

「ああ、呼べば来てくれるなんて仲いいだろ。ご近所トラブルなんてなさそうだ」


 元の世界では例えナイフを持った暴漢に襲われたって、誰も助けてくれなかった。

 それを考えると、ゾンビとは大層社会的な生き物なのではないかと思ってしまう。

 とにかく、あいつらの吠え声が届く範囲で下手な真似は出来ない。


「急ごう、じっとしていたっていいことはない。歩いてすぐの場所にあるんだ」


 架線を越えると、ホテルが見えた。

 かつては高級ホテルだったのだろうが、いまは。


「ゾンビホテルってわけか。ぞっとするな……!」


 バスロータリー、コンビニ、マンション。様々な場所に、様々なゾンビがいた。

 サラリーマンらしいゾンビ、学生らしいゾンビ、子供のゾンビもいる。

 彼らは虚空を仰ぎながら道路を渡り、来ることのないバスを待ち、何かを貪っている。


「あれって、まさか……他のゾンビを食べているんですか?」

「ああ、エサが極度に少なくなるとああいうことを……いや、ありゃ違うな」


 彼らが食べているのは鹿のような生き物だ。逞しい角があり、追い込むとあの先端から電撃を放って相手を気絶させる。サンダーディアーとか呼ばれる生き物だ。


「領域に迷い込んだ生き物を、ああやって食うんだ。連携してな」

「ううッ……何だか、ちょっと気分が悪くなって来ちゃいます」


 捨てられた車の影を通って、俺たちはゾンビたちに気付かれないようにして進んだ。

 自然と呼吸が荒くなってくるが、それが聞かれることはない。

 前方にはゾンビがいない、ここさえ切り抜ければどうにか無傷で……


 そんなことを考えていたからだろう。何かを踏んだ。

 ザリッ、という大きな音が立つ。


「……ああ、チクショウ。ルカ、立て!」


 砕けたガラスを踏んでしまった。それを劣化した安全靴で踏んでしまったため、そこに仕込まれた金属プレートとこすれ合って不快な音を立てたのだ。その音を、耳聡くゾンビたちは聞いた。かなり遠い、ロータリーにいたゾンビまでがその音に気付く。


 車の裏にゾンビがいる。

 ここから走り出したのでは、追いつかれてしまう。


 覚悟を決める。

 俺は息を吐き、立ち上がり、車の裏にいたゾンビの頭を撃ち抜いた。


「走れ、ルカ! まっすぐ走って行けばすぐ着く!」


 俺とルカは走り出した。背後でゾンビが恐ろしい咆哮を上げた。架線の下にあった茂みからもゾンビが飛び出してくる。広場にいたゾンビたちは一斉に俺たち目掛けて走って来る。こういう時、本能しかないゾンビどもは連携に迷いがない。


 走りながら背後に銃弾を放つ。出鱈目に撃った弾丸はゾンビの肩を抉り、体勢を崩した。よろけたゾンビに引っかかり、何体かが転ぶが、洪水のような勢いは止められない。マシンガンでもグレネードでも持っていれば、ズタズタにしてやるのに!


「待て、ルカここだ! 柵を昇るんだッ!」


 小学校の門はピッタリと閉じられている。

 チェーンと南京錠が掛けられているので、ちょっとやそっとで壊せはしない。俺は膝を突き、ルカを登らせた。俺も昇ろうとしたが、背後から迫るゾンビの方が速い。登り切る前に追いつかれる。


「ルカ、中に入れる場所を探すんだ! 俺は後から合流する!」

「ちょっと、竜四朗さん!?」


 悲鳴を上げるルカを無視して、俺は走り出した。

 いくらかは正門のルカに気を取られ、門を叩いている。だがほとんどは俺を追いかけて来ている。ふざけやがって! 野球グラウンドを横目に、俺は全速力で走り続けた。


 肩越しに弾丸を放ち、ゾンビを牽制する。

 さすがに偶然は二度も続かず、当たったのはゾンビの腕を撃ち抜いた一発だけだ。5発の弾丸をすぐに撃ち切り、ホルスターに収め直そうとしたところで俺は何かに足を取られた。盛り上がったアスファルトだ。幸い転倒はしなかったが、しかしリボルバーを取り落してしまった。


「ああ、チクショウ! これを始めてからいいことなんて実はないんじゃないのか!?」


 あいつに会ってからは散々だ。

 ゾンビに追い回されて、ゾンビに追い回されて、ゾンビに追い回されて!

 ああ、いいことはなかったがいつもと変わらなかった!


 角をほぼ直角に曲がり、スピードを落とさずに走る。

 裏門があるはずだ、そこならば……そう思った俺の視界に、閉じられた門が映った。グリーンのネットですっぽり覆われており、使われていなかったであろうことは明らかだ。反射的にネットを潜る。


 柵に足を掛け昇る。ゾンビは俺に噛みつこうとして来るが、緑色のネットに阻まれて俺に歯を突き立てられない。絡め取られ、反動で俺から離れて行く。ザマァ見やがれ!

 柵の上から身を投げ出し、グラウンドに転がった。風が心地いい。


 だが、リラックスしていられるのもそこまでだった。

 ルカの甲高い悲鳴が聞こえて来た、正門の方から。

 休憩おしまい、俺は立ち上がり門の方を見た。


 ゾンビが柵を倒し、中に侵入して来ていた。

 多少のことでは壊れないと思っていたが、甘かった。キョロキョロと辺りを見回していたゾンビが、俺のことを見つけた。胸ポケットで光っていたライトを発見したのだろう。クソッタレ。


 ゾンビの数は3、距離は80。夜のゾンビはかなり俊敏で、反応速度もいい。

 振り切ることも、やり過ごすことも無理。ならばやるしかない。

 肩にかけていたライフルを取る。


 スコープを覗き込む。先頭のゾンビに狙いをつけ、放つ。

 頭を狙った弾丸は僅かに逸れ、頭頂部を抉った。

 このライフルはいい、ほとんど狙った場所に弾が当たる。


 先の一射を経て弾道を修正。少し下にを狙い、放つ。

 34mまで接近していたゾンビの頭を穿つ。


 ボルトを引き次弾を装填、その横にいた43m地点のゾンビを撃つ。

 眼孔から入った弾丸が脳を粉砕。


 ボルトを引き次、24m地点まで接近してたゾンビの頭を狙う。


 ゾンビの頭を狙うのは簡単だ。

 だいたいのゾンビは頭と肩を固定し、足の力だけで走って来る。

 一番の弱点を自分から晒してくるのだ。

 当たる、絶対に。


 発砲音とともに、ゾンビが倒れた。

 三体とも頭を撃ち抜かれ、即死。


(さーて、ルカちゃん。ちゃんと生き残ってるよな……!)


 俺はライフルを肩に戻して走り出した。残った弾丸は一発、もう役に立たない。

 なるべく抜かないようにしていた拳銃を手に取り、正門広場へと向かった。


 破壊された門から、何体ものゾンビが流入してくる。

 相手にするには手が足りない。


「竜四朗さん、こっちです! 来てください!」


 ルカの声が聞こえた。まだ生きていたのか、と安堵するとともに、彼女の声に反応しゾンビがこちらに気付いた。ルカのいる方向を一瞥し、走った。彼女は上にいた。


 彼女は白いプリウスの上に昇り、そこから屋根に昇ったのだ。

 だがゾンビだって同じことをしてくるだろう。奴らに考える力はないが、こちらがとったルートをトレースしてくることはある。ならばあいつが追い付いてこられないようにしなければ。


 奴らはまだ遠い。ならば、やれることがある。

 グリップを叩きつけ、車の窓を割る。


「ちょっと、何してるんですか竜四朗さん! ぞ、ゾンビ来てますよ!?」

「離れていろ、ルカ! 危ないぞッ!」


 シートの下を探って、給油口を開ける。

 後ろ手にバッグを探り、マッチを取る。

 ゾンビが走り、すぐそこまで来ている。

 早くしろ、早くしろ。


 三度擦ってようやくマッチに火が付いた。俺はそれを、給油口の中に近付けた。

 周りに残っていたガソリンと引火し、炎がタンクの内側へと奔っていく。


 予想外に速い。

 ボンネットを昇り、縁に手をかけ、死に物狂いで上に昇った。

 俺を捕まえようとするゾンビの手が、ほんの少し下で空振ったのが見えた。


「伏せろ、ルカ!」


 ルカに跳びかかり、押し倒す。

 直後、車が大爆発を起こした。

 破片が空に舞い上がる。


「キャアァッ!?」


 彼女の口を塞ぎ、爆炎が収まるのを待った。

 下からは亡者たちの悲鳴が聞こえる。


「す、すごい……な、何とかなりましたね……?」

「ああ、本当にな。とにかく中に入ろう、いまなら安全なはずだ」


 幸い、鍵が開いている窓があった。

 俺たちはそこから校舎の内部へと侵入した。


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