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遥か彼方を目指して

 オーク。

 緑色の肌をした、人型の豚。ずんぐりむっくりとした体つきをしており、特に腹回りはその堕落を示すようにだぶついている。腕と足は太く短い。性格は粗野で粗暴、醜悪で俗悪。

 弱者をいたぶることを何よりも得意としている種族だ。


 俺の目の前に現れたオークは、大分筋肉質だった。そして、大きかった。

 身長は2メートル以上はあるだろうか、俺たちのことを見下ろしている。手に持った棍棒は太く、そして長い。オークは鈍器を好むが、その中でもこれは格別だろう。


「お前たちィ! お前たちで楽しめェッ! 今日は無礼講だァ」


 オークたちの勝鬨がそこかしこから上がった。そして、ゾンビたちの前にオークが飛び出していった。どこにこれほどいたのだろう。いや、ここだからこそか。


「お前たちィ、人間だなァ。どうしてこんなところにいるゥ?」


 片目の潰れたオークは左目を細めて俺たちを見た。この姿は(・・・・)……


「俺たちは、旅人だ。アトランディアに頼らず、各地を放浪している」


 内心の緊張が見破られないように祈りながら、俺は目の前のオークに答えた。ルカは日除けのためにローブを被っているが、それが気休めで終わらないように祈るだけだ。


「クックック、頼らずかァ。皇帝陛下のご厚意に縋っているというのにィ?」


 オークは厭らしい笑みを浮かべながら言った。先ほどルカが話したことを思い出す。

 皇帝にとって、俺たち地球人は格別の同情を抱くべき種族だという話。


「オークの領地に入ってきたことは謝る。すぐに出て行く、ただ……」

「ゾンビに追い掛けられたかァ? それは悪いことをしたなァ。まさか人がいるとは」


 オークは笑った。この口ぶり、やはりこいつらがゾンビを?


「いったいどういうことなんです、この有り様は」

「こいつらはァ、レジスタンスよォ。俺たちに逆らうゥ、不届きものよォ」


 レジスタンスという言葉を聞いて震えそうになったルカを、俺は手で押さえた。

 このオーク、さっきからまるで俺たちのことを挑発しているようだ。

 この時期に現れた人間、俺たちをレジスタンスの仲間だと思っているのかもしれない。


「そいつらは殺したァ。そして、そのまま置いておいたァ」

「それっていったいどういう……いや、死体を浄化もせずに置いておいた?」


 ルカに聞いたことがある。屍鬼術式のことを。

 オークは唇をめくれ上がらせた。


「レジスタンスの連中を一度殺して楽しむゥ。

 そいつらがゾンビになるのを待って、それを潰すのを楽しむゥ。

 いいだろうゥ、これはァ。俺は頭がいいんだよォ」


 死者を凌辱するような真似をしたと言うのか、この豚野郎。

 怒りが溢れ出しそうになるが、それはルカに押さえられる。

 ちょうど、さっきと逆になったようなかたちだ。


「しかしィ、関係のない人間がここにいるとはなァ。想像もしていなかったァ。

 誇りあるアトランディア帝国の一員としてェ、真摯にそこは謝らせてもらうぜェ」


 『真摯』なんて言葉を使うなら、死者に対しても真摯に対応しやがれ、クソ野郎。

 言葉が喉元までせり上がってくるが、何とか堪える。


「俺たちはこの先にある、人間の集落を目指している。通してもらえますか?」

「ああ、それは……残念だったなァ。それがこいつらの集落だァ」


 こいつら、すなわちゾンビたちの。

 集落一つを潰したというのか、こいつらは。


「恨まないでくれよォ。帝国に逆らうものはァ、一人残らず殺さにゃあならんのだァ」


 オークは悪辣な笑みを浮かべて、俺をニヤニヤと見た。

 俺は一礼し、その場を去った。

 オークは去っていく俺のことを見ていたが、すぐ興味を失ったようだった。


 オークが追い掛けてこないことを確認して、俺は大きくため息を吐いた。


「あのクソ野郎ども……! 人を殺すだけじゃなくて、あんなことまで!」

「あれがオークという種族です。

 殺すこと、他者の尊厳を破壊すること、奪うことを何よりも好んでいる種族なんです」


 ルカの気持ちが分かった。

 あんな連中を好きになれと言われたって無理だ。


「でも、レジスタンスの集落が壊滅しているなんて。これじゃあ手掛かりなんて……」

「いや、まだ希望を捨てるのは早いと思う。

 加山さんが言っていた場所と位置、襲撃を受けた時期も一致しない。

 だとすれば、そこじゃあないんだろう」


 もしかしたらオークは、本物のレジスタンスに逃げられ、別のところを襲ったのかもしれない。それだけでも十分におぞましいことで、許し難いが。


「当初の予定通り、進んで行こう。ここを抜けて行けば、目的地まですぐだ」

「分かりました。取り敢えず、行ってみましょう」


 歩き出し、俺は一度だけ振り返った。

 目の前に現れたオーク、あいつは確かに……




 地図で指定された場所にあったのは、マンションだった。

 港湾地帯には工場や倉庫が多いが、ここはそうした場所で働く人々が暮らしていた場所なのだろう。海が一望でき、駅や官公庁とも近い。残念ながら、ここを利用する人はもういないが。


 建物の入り口、そして裏口は既に破壊されていた。

 加山さんが言っていたアトランディアによる襲撃のためだろう。ガラスは割れ、手すりはひしゃげ、弾痕がそこかしこに穿たれている。激しい戦いがあったことが想像出来る。


「どうしましょう、ここかなり広いですよね。手分けして探した方がいいんでしょうか」

「いや、ゾンビがいるかもしれない。散るのは危険だ」


 俺はエレベーターを見た。三階で停止している。あの体格のオークたちが、人間用のエレベーターを使えるとは思えない。最後にエレベーターを使ったのがレジスタンスであることを祈った。

 ボタンを押して、三階へ。


 ビンゴ。

 思わずそう叫びたくなった。派手に壊された扉が目に付いたからだ。


「やっぱり、ここでレジスタンスの人が襲われたみたいですね」

「ああ、しかしレジスタンスはどうしてこんな……いや、考えても仕方ないな」


 取り敢えず、まずは現場を見てからだ。すべての証拠は現場にある。

 頭の中で考えを捏ね繰り返すより、現場百回。

 というのは刑事ドラマの理論だったか?


 乱暴に破壊された扉を潜り、部屋の中に。全面フローリング張りの2LDK、ここを借りようとすれば結構な値が付くだろう。胸いっぱいに部屋の空気を吸った。


 しかし、日本の狭い家屋に入るためにオークはかなり苦労しただろう。彼らが壁を擦った跡が見て取れる。部屋の家財や柱は彼らが暴れ回ったのか破壊されているが、しかし血痕はない。

 ここでレジスタンスとの戦闘はなかったのだろう。


「オークの襲撃を察知して、事前に場所を移しておいたのかな?」

「でも、どこに逃げたんでしょう? 何か残っていないでしょうか……」

「簡単には見つからないだろう。

 オークだってバカじゃない、この部屋を徹底的に調べたはずだ。だが、あいつらはレジスタンスを見つけられず、憂さ晴らしで別の集落を攻撃した、と俺は見ている。もしかしたら本物かもしれないが……」


 むしろそうであってほしい、などと思うのは不謹慎か。

 一応全室の安全を確認し手から探索を開始。色々な場所をひっくり返してみた。電灯の傘や点検用ハッチ、コンロの下まで見てみたが、それらしいものは一つとして存在しなかった。


「取り敢えず、レジスタンスの逃走経路が分かっただけでも収穫かな?」


 彼らはベランダにフックのようなものを掛け、そこから下に降りて行ったようだ。

 訓練していれば数秒で地面に着く。鈍重なオークからは十分逃げられるだろう。


「今日はここで休むことにしよう。食べるものを作るから、ちょっと待っててくれ」

「ごめんなさい、竜四朗さん。何か役に立てればいいんですけど……」


 申し出はありがたいが、彼女はこちらの世界での調理に慣れていない。先ほどコンロを調べようとした時、火傷をしかけたほどだ。住人が食べようとしていた缶詰や乾麺の類もある、今夜はそれを使わせてもらおう。


 缶詰に食器、それから鍋の類。彼らが持ち込んだものは、それほど多くない。せいぜいが食料くらいだろう。家財道具はそれなりに使い込まれていたからだ。

 ならば、彼らはここでいったい何をしていたのだろう? レジスタンスはお料理教室ではない、オークや帝国軍と戦うための装備も用意しなければならなかったはずだ。それも大量に。


 だが、このマンションでそれほど多くの装備を管理することが出来るだろうか?

 各部屋ごとにバラせばそれなりにため込めるかもしれないが、しかし襲撃に遭った際迅速に脱出することが出来ない。装備を装備するためのタイムラグも発生してしまうだろう。


(本当の拠点として使っていた場所があるのか? なら、それはいったい……)


 考えているうちにパスタが出来上がった。

 ざるに取り上げ、皿に盛りつけ、その上に缶詰のミートソースを乗せる。

 トマトと肉の匂いが鼻孔を刺激した。


(あれ、エルフって森の民だから肉食とかってするのかな?)


 そう思ったが、マーチラビットの干し肉も問題なく食べていたので大丈夫だろう。

 問題はこちらの世界の料理が口に合うか、だが。


「お待たせ、ルカ。それじゃあ食べよう……って、何見てるの?」


 机の片づけをしていたルカは、コルクボードを手に取ってそれを眺めていた。


「竜四朗さん、これってシャシンですよね。私、聞いたことがあります」


 コルクボードには何枚かの写真が貼り付けられていた。城郭や古い家屋を映した写真、はたまたまるで関係のない工場の写真など、統一性は皆無だった。


「ああ。幸せな時、写真を撮る人は多い。昔の写真、捨てちまったんだよな」


 幸せだった時のことを思い出すと、辛いから。

 そんな考えを、俺はすぐに振り払った。


「それより、食べよう。キミの口に合うといいんだけど」


 幸い、そこを心配する必要はなかったようだ。

 彼女はミートソーススパゲッティを美味そうに平らげた。

 出来合いの品だが、美味しいと言われると嬉しくなる。


「……皆さんどこに行ってしまったんでしょうね」

「何か見落としているものがあるのかもしれない。明日探そう」


 どこかあるはずだ。

 逃げやすくて、モノを置きやすくて、そしてバレ難い……


「……うん? この写真」

「どうしたんですか、竜四朗さん。その写真、そんなに珍しいものなんですか?」

「これ、撮られた場所も時期もバラバラだ。ほら、写真の端を見て」


 フィルムカメラには撮影日時が記録されるようになっている。中には50年以上前の写真もある。何となく、見えてきた気がする。

「どういうことですか? これ、元の住民の方が撮ったものじゃ……」

「そうかも知れない。けど、それなら家族写真が一枚もないのは不自然だ」


 恐らく、これは後に続く地球人のために残された暗号だ。アトランディア人には、写真の持つ意味合いもフィルムカメラとデジタルカメラの違いも分からない。


「一つだけ最近撮られた写真がある。これだ」


 そこに貼られていたのは、近隣にある小学校の写真。

 学校名以外は何も映っていない。


「ここは子供が通う施設。家族写真なら、その子供と一緒に映るはずだ」


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