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RUN、RUN、RUN!

 スーパーで長めの休憩を取り、俺たちは出発した。

 夏は陽が長い、だが体力を温存するために四時くらいには行軍を止め、その日の宿を探した。高速を挟んだところに、かつて農家が使っていたであろう民家が点在していたので、そこを使うことにした。周辺は灯りが少なく、開けている。ゾンビから逃れるにはうってつけの場所だった。



 翌日。

 俺たちは再び歩き出した。

 時折茂みの中や、木陰になった場所にゾンビがいたが、それらは速やかに頭を叩き潰し排除した。一対一で人間がゾンビに負ける道理はない。群れになれば危険になる。吠え声で仲間を呼ぶことだってある。


 やがて俺たちは、都市部へと続く小高い丘へと到着した。

 かつては高速のジャンクションがあり、車通りの多い場所だった。

 いまは廃車が列をなしているだけだ。


「このまま真っ直ぐ行けば、目的の場所へと辿り着けそうですね」

「だが問題が一つだけある。まっすぐ進めばオークの領地に入っちまうってことだ」


 俺は地図を広げ、『問題』をルカに説明した。


「ここから真っ直ぐ進んで行くと、駅やデパートのある商業地域に辿り着く。

 かつては人でごった返していた場所だが、いまはオークが占領している。

 知っているよな?」

「そう言えば……この辺りをオークたちの領地とすると聞いたことがあります」


 聞けば、オークは帝国との戦いで故郷を物理的に喪失している。皇帝の魔力によって島一つが沈められたのだそうだ。聞けば聞くほど暴君だの、魔王だのという言葉が浮かんでくる。

 当時のオーク族の長は、自分の首と引き換えに部下の命の保証を願った。部下はすべて帝国に従属し、武功を立てた暁には新たな領地を用意すると約束させた。


 皇帝はその覚悟天晴れ、と族長の首を刎ね、部下たちに寛大な処置を与えた。

 すなわち、既存の軍体型にオークたちを取り込んだのだ。帝国としても使い勝手のいい歩兵隊を欲しがっていたので、かなり重宝されたそうだ。


「そして、オークたちに与えられた領地が地球の国土というわけか。ふざけやがって。

 手前のところの領地じゃ豚小屋を用意出来ないから、こっちに置くってわけかい」

「まあ、オークは八面六臂、獅子奮迅の活躍で敵地を制圧しますからね。悪辣で不快な彼らの、死をも恐れぬ猪突猛進な行軍は向こうの世界では有名ですから。こちらの世界を制圧する際にも大きな活躍をしましたから、いつまでもかわせなくなったのでしょう」


 どうやらルカはオークに対してあまりいい印象を持っていないようだ。

 俺だってそうだし、向こうの世界で長いこと付き合って来たならなおさらだろう。


「問題は、どうやってオークの領地を突破するかだな」

「たった二人で突破なんて出来ませんよ。迂回しなきゃいけません」


 そのうち一人は非戦闘員だし、妥当な判断だ。


「オークの領地がどこからどこまでか、覚えているか? 大まかでいい」


 ルカにペンを差し出すと、彼女は大まかな位置をマークしてくれた。


「オークは定期的に狩りに出かけますから、あんまりあてにならないんですけどね」

「いや、これがあるのとないのとじゃ大違いさ。見たところ、大回りして行けばオークの生息域から外れることが出来る。行ってみよう、ルカ」


 俺はバッグを背負い直し、歩き出した。

 少し遅れて、ルカが続いて来る。


「そう言えば、お前魔法って使えるのか? アトランディア人なんだろう?」


 丘を降りてしばらく歩いたところにある交差点を右折。

 真ん中で車の残骸が折り重なっている。

 炎上したのか、どれも真っ黒に焦げていた。


「もしかして、私たち全員が魔法を使えるとか思ってませんか?」

「違うのか? 魔法なんてものを見たことがないんでな、すまん」


 漠然と『魔法使いというものが存在する』ということは知っている。

 一年間の旅の中で、日本を覆う『風結界(ウィンドウォール)』と呼ばれる大嵐も見た。日本列島全土を、まるでカーテンのような大風と雨雲が覆っているのだ。あれでは爆撃機だって航行不能に陥るだろう。


 だが、魔法使いというのがどういう存在なのかはよく分かっていなかった。


「世界に存在するものは、どんなものでも魔力(マギウス)を持つ。

 自然の持つ魔力に働きかけ、この世に存在する法則を操る存在。

 それが魔法使いです」

「例えば、豪雨を発生させたり、台風を起こしたりする?」

「『風結界』のことですね。その最大級が、ああいうものだと考えてください。

 だいたいの魔法使いは皮膚を切る程度の風を起こしたり、薪に火を付けられる程度です」


 それくらいできれば十分じゃないか、と思ったが彼女の口ぶりでは違うのだろう。


「そして、それが出来るものも限られています。

 魔法とはこの世界の法則に干渉する作業。この世界の法則を理解するだけの知能と、変えた後のこと(・・・・・・・)を考える想像力と計算力、そして何より自然と対話することが出来る感応力が必要なんです」

「つまり、自然と感応することが出来る人間がそれほど多くないってことか」

「ええ。エルフは森の民と言われており、魔法使いが多いんですけど私はさっぱりです」

「なるほどな。ん、となるとキミはどうやってゾンビを無力化するつもりなんだ?」


 てっきり彼女の魔法を使ってゾンビを排除すると思っていた。


「私には魔法は使えないんですけど、一部例外があるんです。それが呪書(スクロール)


 そう言って、彼女は懐から一枚の薄汚れた紙を取り出した。


「これは『魔法の使い方』と『使ったらどうなるか』、そして『大自然へのメッセージ』が書き込まれています。然るべきところで使えば、魔法を再現出来るんですよ」

「凄いじゃないか、それ。っていうか、それなら魔法使いなんて要らないんじゃ……」

「手書きじゃないといけないんですよ、これ。自然の精霊が嫌がるそうなんです。

 それに、使い切り。二度同じものは使えない。だから使い勝手はかなり悪いんです。何らかの魔力が籠もっていないと使えないし。魔法使いでもほとんど使いたがりません」


 何事もあまり上手くはいかないということか。

 しかし、何となく分かった。彼女がレジスタンスを探し出す理由が。彼女は魔法を使うことが出来ないが、それを実現する呪書は持っている。だがその然るべき場所とやらが、恐らく帝国の手に落ちているのだろう。だからそこを解放するために、どうにかして協力者が必要なのだ。


「……それを作った魔法使いは、いったいどうなったんだ?」

「……死にました。謀反が帝国にばれて、その場で殺されてしまいました」

「そうか。すまない、悪いことを聞いてしまったな」


 彼女はきっと背負っている。

 自分の思いだけでない、呪書を作った魔法使いの願いを。

 だから彼女はこうして、必死になってレジスタンスを探しているのだ。


 どこを目指しているのか、聞きたくなった。

 だが、それは出過ぎた真似だろう。


 架線を潜りその先の大通りを左折。このまま真っ直ぐ行けばオークの領地を越え目指す港湾地区に辿り着くことが出来る。まだ陽が落ちるまでに時間がある、距離を稼がねば。


 ところが。坂を上り終え、十字路に立った時のことだ。

 異変が起きた。


 まず聞こえたのは、叫び声。低く唸るような、不快な声だった。

 次に、足音を聞いた。一つや二つではない、大量の足音。

 それらが振動となり、地面を揺らしているようにさえ思えた。

 左手の方向を見ると、音の正体が分かった。大量の――ゾンビ!


「クソ、冗談だろ! 走れ、ルカ! 真っ直ぐだ!」


 点在する廃車を避けながら俺たちは走った。

 ざっと見ただけでも二十体程度のゾンビがいた。いったい何があったのかは分からないが、しかしあれは異常だ。ゾンビの波に飲み込まれれば、二度と這い上がれない。俺たちは走った、だが。


 遠目に見ているうちは気付かなかったが、大通りではトレーラーが横転し道を塞いでいた。しばし立ち尽くすが、しかしこうしてはいられない。背後からゾンビが迫る。


「路地を抜けていくぞ!」

「で、でもオークの領地に入っちゃいますよ!?」

「そんなことを気にしている場合じゃない! まずはあいつらから逃げないと!」


 ルカの手を引いて路地に入る。なるべく太い道を選んだ。狭い道では挟み撃ちに遭った時逃げ場がなくなってしまうし、広い道なら前後を挟まれても横に逃げることが出来る。


 路地から飛び出して来るゾンビに警戒しながら、俺たちは走った。

 競艇場と墓地の隙間を抜けて、公園へ。

 かつては人で賑わっていた場所にいるのは、もはやゾンビだけだ。


「こんなに昼間から……! こいつら、いったいどうなってんだ!?」


 足を変な方向に捻じ曲げたゾンビが、鬼気迫る表情で迫って来る。俺はそれをバールで殴り倒し進んだ。止めを刺している時間はない、後ろから、前から、横合いから。ゾンビはどんどん増えていく。はっきり言って、異常なペースだ。


 ゾンビはアトランディア侵攻で死んだ人々が大半だ。

 それらは二年の間に変質し、夜の間だけ活動する種となったはずだ。

 それとも、こちらでは違うのか?


 そんなことを考えてしまうほど、冷静さを失っていたのだろう。

 俺は広い道を通るという原則を忘れ、湖畔の小道へと入り込んでしまった。横は昇り辛い擁壁、湖に出口はない。自分から袋小路に飛び込んでしまったも同然だった。


 前方から迫るゾンビの集団、その数は7。慌てて引き返そうとするが、背後からは数え切れないほど大量のゾンビが集まって来ていた。俺たちは息を飲む。前方のゾンビは俺たちの姿を見つけて、走り出した。


 距離を詰め過ぎた。

 バールを捨てて銃を抜いたとして、7体のゾンビを一撃で殺せるか?

 後戻りは出来ない。だが前に進むのも絶望的だ。


 主観時間が鈍化する。銃を抜こうとする腕の動きが、遅い。

 ゾンビの動きが速い。防弾ベストを着けたゾンビの汚い口が、俺に、迫って――


「グワッハッハッハ! 死人どもめ、これでも喰らうがいい!」


 目の前に迫ったゾンビが、潰れた。

 俺の時間が元に戻る。


 俺の前に現れたのは、巨大な棍棒だった。

 俺の腕を二本まとめたよりも太いだろう。それを、そいつは片手で易々と振るい、迫り来る6体のゾンビを打ち据えた。棍棒の一撃で、壁に叩きつけられ、踏み潰され、ゾンビたちは動きを止めた。


「……ん? 何だ、お前たちは。まだ生きておるのか」


 白濁した瞳が俺を見た。豚のような鼻がフンと鳴った。


 俺たちを、オークが助けた。


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