レジスタンスの居場所を聞きに行こう
以前訪れた時とは状況が様変わりしていた。建物は最悪の事態を想定して補強が成されている。四方八方に張り巡らされたバリケード、そして見張り台。物々しい雰囲気だ。
「見覚えのある人があんまりいませんね」
「住みよいところに離れて行ったよ。この辺は危険だからな、やはり」
グラウンドの辺りの変化が、一番著しいように思えた。
「野菜の栽培なんてやっているんですね」
「マーチラビットの繁殖も考えたんだがな。柵を破壊してしまう」
かつて自衛官たちが汗を流し、様々な訓練を行ったグラウンドは畑となっていた。いまが収穫の最盛期だからか、様々な人々が作業を行っている。防鳥ネットもかけられている、かなり本格的な作りだ。
「お前が出て行ってから一年か。なかなかサマになっているな」
「……どうも、ありがとうございます」
最初の一年は、ここの世話になった。
色々なことを習った。銃の撃ち方、効果的な隠れ方、格闘術。一番役に立ったのは各種の工作技術と、そして歩法だった。正しい歩き方はそれだけ人体にかかる疲労を軽減する。
「どうしてここに来たんだ?」
「少し話したいことがあるんです。出来れば、ゆっくり」
「分かった、いまの時間なら食堂は使ってないだろう。そこで話そう」
俺の意志を察してくれたのか、加山さんは俺たちを人のはけた食堂に案内してくれた。
「どうしてこんなところに? そちらのお嬢さんにも関係があるのか?」
ルカはフードを被ったままでビクリと震えた。彼にも分かっていたわけではないだろう、多分。カマをかけられたのだ。俺は彼女にローブを脱ぐよう促した。
「驚いた、あんたはアトランディアの、確か……」
「エルフ族のルカ=ヴィレットと申します」
折り目正しくルカは頭を下げた。
加山さんは驚きを隠せないようだった。
「アトランディアの人間が、どうしてこんなところに?」
「その件なんだけど、加山さん。レジスタンスについて教えて欲しいんだ」
加山さんは露骨に顔をしかめた。
当たり前だ、彼らと関わるのは非常にリスキーだ。
「ここを出る前、私は言ったはずだぞ、竜四朗。レジスタンスとは関わるな」
「分かっている。俺だって関わり合いになるつもりはなかった。でも変わったんだ」
「よせ、これ以上この話はするな。この話は終わりだ」
加山さんは無理矢理話を終わらせようとしたので、俺はその前に立った。
彼に掴みかかるのはリスクが大きい、肩を掴みでもしたら反射的に腕を折られるだろう。
「彼女はゾンビ化を抑制する手段を持っている。アトランディアには兵力が少ない、ゾンビがいなくなりゃ制圧された地域を取り戻すことだって……」
「出来んさ。お前は知らないだろう、アトランディアの力を」
そう言って加山は椅子に腰かけた。
彼の表情には恐怖が浮かんでいた。
「命令を無視して発進したヘリが、ドラゴンに食い潰された。
装甲車があっさり両断され、携行ロケット砲の直撃を受けた人間が傷一つなく立っていた。
目の当たりにして、信じざるを得なくなったよ。あいつらは、この世界の住人じゃないって」
昔まことしやかに語られていた伝説。それくらいは俺でも知っている。アトランディアは恐るべき力を持ち、他国の干渉すら跳ね除けて見せた。最新鋭の兵器を駆る最強の機甲兵団があっさりと撃退されたのだから。
だが、それを前にして膝を突くのとは、また違うのではないかと思った。
「あいつらが強いのは分かっている。けど、これは希望なんだよ加山さん……!」
「竜四朗、お前は少し冷静さを失っているんだ。
少し考えれば分かるだろう、レジスタンスは暴れたがりのガキどもの集まりだ。統率もなく、力もなく、ただシュプレヒコールを上げているだけだ。衛星リンクした艦隊だってあいつらには敵わなかったんだぞ? 烏合の衆が当たってどうなるかなんて、火を見るよりも明らかじゃないか」
「それでも俺は可能性に賭ける意味はあると」
「父の仇を討てると考えているのか、竜四朗」
図星だ。
俺はさすがに、言葉に詰まった。
「父親を殺されて、恨みに思うのは分かる。まだ一年だ、整理がつかないのも当たり前だ。だが、冷静になれ。恨みに囚われれば死ぬのはお前の方だぞ」
「……わかりゃしませんよ。親父はすべてだったんだ」
頭がカーッと熱くなって、俺は気付けば駆け出していた。
ルカの、加山さんの俺を呼ぶ声が遠くに聞こえた。
どこに走っているのか、それさえも分からなかった。
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「りゅ、竜四朗さん? どうしたんですか!」
いきなり走り出した竜四朗さんを、私――ルカ=ヴィレットは追い掛けられなかった。
その背中が小さくなっていき、曲がり角ですぐに見えなくなった。
「まったく、あいつ。一年経つのにまったく克服出来ちゃあいないみたいだな」
加山さんはポリポリと頭を掻いてつぶやいた。
「あの、もしかして竜四朗さんのお父様ってアトランディアに……」
「あの話の流れなら、分からんワケはないわな。あいつから聞いていないのか?」
「あの人と会ったのは、昨日のことですから」
私は正直に言った。加山さんは残念そうに頭を振った。
「あいつが復讐に囚われているのは、間違いなさそうだな。確かに、あいつはアトランディアに親を殺された。まあ、いまの世界じゃよくある話だ」
「けど、帝国軍は抵抗しない人間に対して攻撃を行ったりは……」
「それがお題目になっているみたいだな。だが、それを無視する奴なんていくらでもいるさ。アトランディアに恭順を示したものの多くは汚染とゾンビを恐れて街から出て来ないが、オークは別さ」
私はここを出て来る前に見た、オーク軍団の醜悪な面構えを思い出した。
残忍で残酷で、人を殺すことを何とも思っていない卑劣な種族。汚れた場所で眠ることも、腐った食べ物を食べることも平気。ただ争いと死をもたらせれば元気いっぱい、という連中だ。
「レジスタンス狩りという名目で、街の外で物資を探していた俺たちが襲われた。自衛のために銃砲を持っていたことも災いしたんだろうな。あいつらは嬉々として俺たちに襲い掛かって来た。銃弾にも怯まず、丸太みたいな棍棒を振り回して仲間を殴り殺していった。俺も足を打たれて、いまも後遺症が残っている」
そう言えば、加山さんはここに来るまでの間も足を引きずっていた気がする。
「そして、探索には竜四朗も参加していた。
仲間が死んでいく中、何も出来ずにうずくまっていた。
あいつも殺されそうになったが、それを助けたのが……」
「竜四朗さんのお父様、なんですね」
加山さんは頷いた。表情はどこか誇らしげだった。
「佐川光一あいつはレンジャーだった」
「狩人?」
「いや、だがある意味ではそうかもしれない。あいつは自衛隊員の中でも限られた、高い知能と技量、そして体力を持った人間だった。単身で何か月間も極限状態でサバイバルを敢行し、素手で軍人を制圧し、百発百中の射撃術を持つ。そんな男だった」
最強の戦士。
それは誰よりも尊敬を集める存在だったんだろうな、と想像出来る。
「あいつは命を賭けて戦った。集団のリーダーを見極め、そいつを叩いた。
隊長は右目を潰され、這う這うの体で逃げて行った。
私たちは助けられたが、あいつは命を落とした」
残念そうに、加山さんは首を振った。
「酷い状態だった。私は応急手当程度だったが医術の心得があったけれど、それだけにあいつの傷の深さがよく分かった。それに縋りついて、竜四朗はずっと泣いていた」
ああ、それではまるで……
「だから竜四朗さんは、アトランディアを倒そうと……」
とんでもない人に、と言っては失礼かもしれない。
けれど、とんでもない人に情報をもたらしてしまったかもしれない。
竜四朗さんが持っていた復讐心に、私は火を付けてしまったのかもしれない。
「あの、加山さん。すみません、私……」
「竜四朗のところに行くのかい? いまは止めておいた方がいいと思うが……」
「いえ、何て言うか……心配なんです。早まったことをしてしまわないか」
「竜四朗は大丈夫さ、あれで聡い子だ。本人としては、それが歯痒いかもしれないが」
彼がそう信じるのならば、そうなのかもしれない。けれど。
「すみません。これは、私がやらなきゃいけないことだと思います」
私は加山さんに頭を下げて、竜四朗さんを追い掛けた。
どこに行ったのかは分からない。
どの道がどこに繋がっているのかも分からない。
それでも私は探した。
◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆
時計が間違っていなければあと五分で交代か。鶴見王司は嘆息した。
世界がまともでなくなってから二年、死に物狂いで生き続けて来た。
救援はなく、敵は減る気配も見せない。
だからレジスタンスから抜け出して、ここに来た。
帝国は離脱者に寛容だった。歯牙にもかけていないだけかもしれないが。
ここはいい。水があり、飯があり、弾がある。何より安心して眠れる寝床がある。レジスタンスのヤサには、そのいずれもなかった。かつて誰かが使っていたどこかで眠れればいい方で、危険な廃工場や下水で眠ったこともあった。助けが来るならばともかく、いつ果てるとも知れない戦いを続けながらでは精神が保たなかった。
加山はレジスタンスを暴れたがりのガキだと評していたが、あながち間違っていないと鶴見は思っていた。その場その場の目標を立て、人の心を奮い立たせるのは上手い。だが、大目標を立てるのは苦手としていたように思える。
(戻れって言われたって、二度とあんなところには戻りたくねぇ……)
ぼんやりと考えながら、イカンイカンと頭を振るう。
そろそろ交代時間、陽も落ちかけている。万に一つもゾンビが壁を破ったり、扉を開けたりする危険はないだろうが、しかしそんな慢心で死んでいった連中は片手の指では足りない。常に用心せよ。
そんなことを考えながら見張りをしていると、通りで何か黒い影が動いたような気がした。目を凝らして見返してみるが、しかしそこには何もいなかった。
(なんだこりゃ……俺、もしかして疲れてるのかな……)
苦笑しながら目を伏せた鶴見は、聞いた。
それは、何かが屋根を蹴る音だ。
音のした方向を見る。何かがいた。
赤黒い乱杭歯を、彼は最期に見た。
彼が応戦せず、警報装置に手を伸ばしたことは駐屯地内の人間にとって幸運だった。なぜなら、彼が銃を上げるよりも早く跳びかかってきた生き物が鶴見の首筋に噛み付き、食い千切ったからだ。重要なものをまとめて喪失して、鶴見の体が力なく崩れ折れていった。
警報装置に伸ばされた手が、偶然にもそれに引っかかった。