巻き戻しの中で
レジスタンスからの離脱者、通称『避難船』のメンバー全員で街から脱出。
「それは、なんて言うか……とんでもないプランですね」
「ところがそうでもない。全員を収容してもお釣りの出るものがあるのさ」
そう言って、熊谷さんは柵の外、すなわち地上を指さした。
彼の指す先にはバスロータリーがあり、大型の観光バスと思しきものが鎮座していた。
しかも、ただのバスではない。かなり装甲化が施され、有刺鉄線も巻き付けられている。
「すごいですね、あれ。まるでドーン・オブ・ザ・デッドだ」
「銃眼が付けてあるから車の中からでも接近してくるゾンビを狙えるし、跳ね飛ばすことも出来る。
有刺鉄線はオークや、ないだろうが暴漢を想定してつけたものだな。
あれを使って関東を無理矢理突破して……そうだな、北陸にでも行こうかな」
「北陸ですか」
「寒ければゾンビたちの動きも鈍るんじゃないかと思ったんだが、どうだろう?」
俺は熊谷さんの言葉に曖昧に頷いた。
ゾンビの生態なんぞ知らないし、興味もない。
もし寒さに弱いのなら、関東圏の冬でも活動が鈍化するんじゃないか、とぼんやりと思った。
まあ、結局のところここでなければどこでもいいのだろう。
「あれを使って関東から脱出、ですか。でもほとんど完成しているように見えますが?」
「ほとんどさ。肝心のガソリンや電源ケーブル、あとはオイルや整備用工具の類がない」
北陸まで行くとなれば、かなり長い旅となるだろう。
一筋縄にはいかない、出来る限りの整備を行い、その上で余剰も欲しいということだろう。
「燃料なんかは近場で手に入るんだが、整備用品なんかがなぁ……」
「なるほど、つまりこの小僧は俺たちにそれを取りに行けって言ってるワケだ?」
「取りに行けなんて言わないよ。案内してやるから荷物持てって言ってるんだ」
なんですと?
意外な言葉に驚いたのは俺だけではなかったようだ。
「何を言っているんだ!」「そうよ、危険すぎるわ!」「どこの馬の骨とも知れない奴に」
かなり辛辣な意見がたくさん投げつけられて泣きそうになってくる。
「こいつらが信用出来ないなんて当たり前だろ。言い出しっぺだからやるだけだ」
その一言で反論は封殺された。
どうにもみんな、このガキに甘いのではないか?
「どいつもこいつも変わらねえよ。役に立たねえって意味じゃ……」
物憂げに言う彼を、誰も叱りつけはしなかった。
むしろ触らないように距離を取っているようにさえ思える。
熊谷さんは仕方ない、とでも言うようにため息を吐いた。
「気を付けて行きなさい、満。何かあったら連絡をするんだぞ。
くれぐれも、自棄にはならないようにな」
「……もうなってるよ」
それだけ言って、満は柵から身を投げた。
何してんだ、あのクソガキ!?
と、思ったが杞憂だったようだ。
柵にはロープが掛けられており、滑り降りられるようになっている。
それにしても、身軽な身のこなしだ。サーカス団員かよ。
「仕方があるまい。満くんはキミたちをご指名だ。くれぐれも気を付けて」
「ガキのお守りなんて趣味じゃねえんだけどな……仕方ねえか、な」
ルカと顔を見合わせ、苦笑する。
何だか流されるままに状況がおかしくなっている。
「心配はありますまい、満の腕はいい。500m離れた場所からでも正確に的を射抜く」
それは分かっている。
見通しのいい直線道路とはいえ、動き回るオークの頭を正確に狙撃したのだから。
もっとも、あのガキとは仲良く出来そうにはないが。
とにかく、こんなところでじっとしていても仕方ない。
俺とルカも満に倣ってロープから滑り降り、浜に降り立つ。
潮騒の音と漂う潮の匂いが心地いい。
向こうにも海はあったが、しかしこんなにきれいな海と浜ではなかったから。
「間抜け面晒してんじゃねえよ、オッサン。さっさとついて来い」
「クソガキめ。礼儀正しくしろってご両親に教わらなかったのか?」
クソガキは体格に合わない小銃を背負い、俺の言葉を無視して歩く。
各部は使い込まれ、磨き抜かれている。スコープも取り付けられた狙撃仕様。
あまりにも不釣り合いだ。
「そんなこと言ってねえでさ、礼を尽くすに値する大人になったらどうなの?」
「とことん可愛くねえ野郎だな、このクソガキめ」
「クソガキじゃねえ、満だよ。人の名前も満足に呼べないのか、あんた」
可愛くない。
ゾンビに囲まれたら見捨ててやろうか、と思ったがこいつを見捨てたらそれこそ殺される。
仕方ないからこのクソガキを守るしかない。
「ねえ、満くん。あなたの上の名前は何なのかな?」
「……谷敷。谷敷満。それと、馴れ馴れしく名前を呼ぶなよ。特に、お前」
満はルカのことを睨んだ。
子供とは思えないほど鋭い視線だ。
「アトランディアから逃げて来たような奴を、俺は絶対に信じない」
どいつもこいつも信じていないような気がするんだがなぁ。
何だこのガキ。
「別に信じてくれなくたっていいさ。それより、どこに行けばいいんだ?」
「4キロくらい離れたところに整備工場がある。そこなら必要なものがあるはず」
「工具類持ってくるならかなりの大荷物になるぞ。車とかはないのか?」
「そんなものはねえさ。だから人手がいるんだ、ちょっとは考えろよ」
まったく可愛くないな、このクソガキ。
親の顔が見てみたいものだ。まあ、理屈は通っている。
車があるならばわざわざ俺を使う必要なんてないものな。
「んじゃ、チャッチャと行ってチャッチャと帰って来ようぜ。その方がいいだろ?」
「そんな簡単じゃないんだよ。国道を進んで行けば着く、けど道のりに問題がある」
どういうことだ?
だが、説明しないで満は進んで行く。
俺とルカは再び顔を見合わせ、着いて行く。
どうせあいつに着いて行くしかないのだから。
少し進んで行って、俺たちは国道に辿り着いた。
空き地が広がっており、民家はまばら。
その光景を目の当たりにして、俺は満の言う『問題』に気付いた。
「……なるほど、ここはオークの放牧地ってわけだ」
「地主に相談してこいつらを退けてもらうしかないな。いるんならだけど」
物陰に身を潜め、俺たちはそれを見た。
そこにいたのは、ゾンビオーク。それも一体や二体ではない、群れを作っている。
視界に映るだけでざっと二十はいるだろう。
「お前たちが殺したオークのなれの果てか? そういや俺たちも襲われたな」
ルカは死後適切に処理をしなかった生き物は全部ゾンビになると言った。
ならば、自衛のために殺したオークたちがゾンビになるのも当たり前だろう。
それにしても、面倒なことになった。少しなら強行突破の目もあるが、これだけの数となると。
「で、どうやってここを突破するつもりなんだ? お友達になりに行くか?」
「いいアイディアだな、ちょっと挨拶して来いよ。お前」
「りゅ、竜四朗さん。満くんも。言い争っているような場合じゃないでしょ?」
それは分かっている、ただこのガキに乗ってやっただけだ。
「真面目な話、ここしか道はないのか? ここを通るのはぞっとしないぞ」
「遠回りになるけど道はある。ただし、そっちはゾンビが多い」
「なるほどな。豚どもを相手にするよりはまだ希望がありそうだな」
駐屯地で見たような化け物ならば話は別だが、通常のゾンビなら三人もいれば問題はないだろう。
よっぽど数が多ければ話は別だが。
「この辺りの人口は少ないからな。人間のゾンビ相手にする方がマシだ」
そういうと、満は歩き出した。
俺たちも慌ててそれに続いて行く。
満が遠回りになると言った道は、なるほどまさにその通りと言った感じの道だった。
田舎の裏道という風情がプンプンする。
背の高い雑草で視界は遮られ、高く伸びた選定されていない木々で陽の光も届かない。
かなり気を付けて行かないとヤバいだろう。
俺が先頭、満が真ん中、ルカが最後尾についた。
行き先は逐一満に指定してもらっている。
グリップを持つ手がじっとりと汗で濡れるのが分かる。
ガシャン、というガラスの割れる音がして、俺は弾かれるようにしてそちらを見た。
目の前にあったのは一軒の民家、中からは悲鳴のようなものが聞こえて来る。
俺はほっと胸を撫で下ろし、警戒を解いた。
「あの、竜四朗さん。あれいったい何なんですか?」
そう言えば、ルカは見たことがなかったか。
「『巻き戻し』って俺は呼んでる。
ゾンビはかつての生活様式に沿って行動するって、確か前説明したよな?
あれはその最たるもの。かつての生活を再現しているのさ」
「再現って、ゾンビがですか?」
「ああ。
昔住んでいた家で暮らして、昔したような行動をとって、んで夜には人の血肉を求めて彷徨う。
あいつらは過去に囚われて、逃げられなくなっちまったのさ」
人間も、オークも、ゾンビとなればこうなってしまう。
俺も死ねばああなる。その時、俺はどんなことをするのだろうか?
あまり楽しい想像は出来ない。
「死人のパーティ、か。楽しけりゃいいんだけどな、せめて」
「あんなのただの肉塊だろ。同情なんか必要ねぇ。いますぐにでも潰したい気分だ」
「辛辣だな。俺もあれに同情しているわけじゃないよ。ただ……
ただ、どうしてあんなことをするのか。
それが気になっているだけだ。
「下らねえこと言ってないで、さっさと進むぞ。まだ先なんだ」
「そりゃ確かに。さっさと終わらせて、さっさと帰りましょう」
ゾンビになったらどうなるか。
そんなことを考える必要なんてない。
俺はゾンビにはならない。
そして、俺たちをゾンビにしようとしている連中を、この手で……




