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ゾンビハントをしていたと思ったらエルフの少女が目の前に現れた

 2018年、夏。

 それは突然の出来事だった。


 空が割れ、地が裂け、そして1つの国が日本に降って来た。


 その名は『アトランディア』。

 異界より侵略を仕掛けて来た敵性国家である。


 アトランディア帝国軍は日本への転移と同時に攻撃を開始した。

 命を持たぬ傀儡(ドール)歩兵隊。

 勇猛果敢なオーク突撃隊。

 天空を支配する飛龍(ドラゴン)攻撃隊。

 そしてこの世界に存在しない技術、魔法を操る魔法使いと万物の精霊に守られた騎士たち。


 初動の遅れは致命的であった。

 早々に命令系統を欠いた自衛隊は、満足に異界からの侵略者に対応することも出来なかった。

 現場指揮官の独断により北陸の隊は北海道に、大阪以西に属する隊は九州へと撤退を行った。

 本土に住まう数千万人を残して。


 幾度も奪還作戦が計画された。

 だが、それらはすべて失敗に終わった。アトランディアが展開した大規模な気象術式によって海と空は荒れ、艦船や航空隊を派遣することすら出来なくなってしまったのだ。途切れ目のない防御を前に、日本本土は立ち入ることすらも出来ない、彼らの言うところの『聖域』となってしまった。


 そして――ある理由で、帝国を除く事実上すべての国家は滅びることなった。


 それから2年、2020年7月5日。

 アトランディア建国記念の日物語は動き出す。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 国土の多くが森に飲まれ、異界の生物に浸食された。

 かつては慎ましやかな住宅街だったここにも、いま住まうのは獣だけだ。

 すっかり見慣れた光景。ため息が出てしまう。


 やたらと狂暴なウサギを仕留め、俺はため息を吐いた。

 アトランディアから流入した動物であり、マーチラビットと呼ばれている。こいつに限らないが、アトランディアの生物は見た目通りの凶暴さと強さを誇り、在来生物をすっかり食い尽くしてしまった。おかげさまで、現代日本は一昔前にはゲームの中にしか存在しなかった生物で埋め尽くされている。


 取り敢えず、こんな見た目でも食えば美味い。

 その場から立ち去ろうとした時、ドタドタという足音を聞いた。

 ウサギを投げ捨て、素早く物陰に隠れる。


 まず見えたのは、全身をすっぽりと白いローブで覆った人間。

 怪我を負っているのか、足取りはフラフラしている。

 やがて割れたアスファルトに足を取られ転倒した。

 それを追い掛けて来る生き物が――否、生き物ではない。ものがあった。


 ヨロヨロとした足取り。

 白濁した眼球。

 どす黒く変色した皮膚。

 中には身体の一部が欠損しているものもいる。

 それはある意味、おとぎ話の生き物よりも俺たちにとっては身近な存在だった。

 誰だって、あれをそう呼ぶだろう。ゾンビ(・・・)と。


 アトランディアは本州制圧から三か月後、『屍鬼術式』の展開を全世界に宣言した。

 各国首脳に従わねば死者の軍勢がお前たちを襲うだろうと宣告した。

 誰もがせせら笑ったが、しかしそれが嘘でないことはすぐ分かった。

 制圧されているはずの日本にさえ、ゾンビが現れた。


 喰われたものがゾンビとなり、ゾンビとなったものが生者を喰らう無限のループ。

 帝国元首は自らの支配下に入ることで、ゾンビを無害化すると宣言した。


 それからどうなったかは分からない。

 俺は二年間都市から離れて生活してきた。

 だが、都市がゾンビに襲われることはなくなった。

 きっと世界各国でも同じことが起こっているのだろう。

 二年もの間他国から支援が来ないことが、何よりの証明であるように思えた。


 ともかく、ゾンビだ。奴らは鼻は利かないが目はすごくいい。

 逆に言えば視界に捉えられない限りは安全だ。

 あんなところで転んだなら、ゾンビの餌になるのは明白。

 運が悪かったと諦めるがいい、残念だったな。


(……なんてことを言って見捨てられれば良かったんだがな)


 背負った狩猟用のライフル銃を手に取り、呼吸を整える。

 そしてきっかり一秒後、俺は影から飛び出した。


 ゾンビは俺に気付いただろうか?

 いずれにせよ、頭を吹っ飛ばされたあいつに聞くことはもう出来ない。

 ボルトを引き、次のゾンビを狙う。


 銃を持った俺を危険な相手だと認識したのだろうか、ゾンビは倒れた奴を無視してこちらに向かって走って来た。昔見た映画よりはぎこちない走り方だ。それならば十分、狙える。上体をほとんど動かさない奇妙な走り方をするゾンビの頭を撃ち抜いた。


 残ったゾンビは一体、これ以上弾丸を使うのはもったいない。俺は足下に視線を落した。コンクリートの破片がいくつも転がっている。俺はそれを拾い上げ、走り来るゾンビ目掛けてそれを投げつけた。コンクリートの破片は足に当たり、不安定な体勢で走っていたゾンビを転ばせた。そこに向けて、俺は跳びかかる。


 もう一つコンクリートブロックを拾い上げ、それを何度もゾンビの頭に振り下ろした。

 頭が潰れるまで何度も、何度も、何度も。痙攣さえしなくなるまで、念入りに。


「ふぅ……ようやく終わったか。大丈夫か、あんた」


 俺はローブの人物に話しかけた。それはビクリと震え、ローブを取った。


「……驚いたな、あんたまさか……」


 白雪のような肌に、絹のように綺麗な金髪。

 そこまでは人間でも有り得ただろう。

 だが尖った耳は人間にはありえない特徴だ。


「あんた、エルフだったのか」


 俺が助けたのは、アトランディアがこの世界に持ち込んだ外来種だった。




 夜が迫っている。

 ゾンビは夜ほど活発になる。特に今日みたいな満月の日は。

 危険を避けるために避難所として使っている廃屋に退避した。


 多くの家財が置き去りになっており、開けっ放しになっていた窓からは風雨が入り込んでいた。

 そのせいで全体的に痛みが激しいが、それでも雨風を凌げる分マシだ。

 家のところどころに付いている血痕さえ無視すれば住むことだって出来るだろう。


「それで、どうしてあんたはゾンビどもに追われていたんだ?」


 俺は彼女と距離を取り、壁にもたれかかった。

 ソファに座った彼女に奇襲されても対応出来るように。

 ゾンビに追いかけられてはいたが、油断は出来ない。

 地下組織狩りのエージェントかもしれない。


 エルフの少女は不安げに俺の方を見上げた。

 人間で言えば十三、四くらいの身長だが、エルフは長命のはずだ。

 こんなナリで数百年を生きていてもおかしくはない。

 ファンタジーの知識が正しいのならば、だが。


「私、その、レジスタンスを探しているんです」


 反帝国を掲げるレジスタンスはいる。

 支持も受けていないし成果もないが。


「何のために? 帝国で生きているなら、無縁のはずだが」

「私は……帝国の研究員でした。魔法使い、なんです」

「目の当たりにしてみると、俺たちとそんなに変わらないんだな」


 俺たちには認識できない力を操り、物理法則を操作する魔法使い。

 実際に見たのは初めてだ。アトランディアでも重宝されているため、滅多に下には降りてこない。


「帝国のために、戦ってきました。

 領土を拡大して、すべてを帝国の傘下に置けば争いの起きない世界が出来上がる。

 そう信じて、いままで戦ってきました。でも……」


 そこで一旦、彼女は言葉を切った。

 強い苦渋が滲んでいる。


「子供に、会いました。

 両親をゾンビにされて、そのゾンビを帝国の兵士に殺された、という子供に。

 彼に言われたんです。返してくれ、って。自分で何をしたのか、その時気付きました。

 世界から争いを無くすと言いながら、私は苦しみを生み出していた」

「戦争をしている以上は犠牲が出る。それは当たり前のことだろ」

「分かっています。

 でも、私が生み出したのは犠牲なんて、そんな簡単な言葉で片付けられることじゃない。

 私が作り出してしまったのは、悪夢です」


 強い後悔に彼女は囚われている。それが分かる。例え末端とはいえ、そこに携わって来た人間の苦しみを、本当の意味で理解出来る人間はいるのだろうか?


「それで、レジスタンスに会ってどうするつもりだ? お詫び行脚でもするつもりか?」

「アンギャ……? えっと、意味は分かりませんが、言葉だけで終わらせはしません」


 そう言って、彼女は茶色くなった紙のようなものを懐から取り出した。

 昔見たファンタジー映画に出てきた巻物のようだ。羊皮紙に似ているような気がした。


「これは屍鬼術式を無効化する術式です」

「なんだって? じゃあ、ゾンビを人間に戻すことが……」

「それは出来ません、残念ながら。でも、新しいゾンビを生み出すことはなくなります。

 この世界の概念で言うと、血清とかそう言うのが正しいかもしれません」


 先に薄めた毒を投与することで、より強い毒に耐性を持たせるということか。


「帝国の戦力は、実はそれほど多くないんです。

 屍鬼術式で戦力を増やしたり、損耗した戦力をゾンビ化して再運用することが多いんです」

「かなり悪夢的だな、それ。不死身の軍隊、ってことか。だが……」

「耐性術式を使えば、どんなものでも屍鬼術式は通用しなくなります。

 これを全世界規模で発動させることが出来れば、帝国の戦力を大きく削ることが出来るんです」


 少女は誇らしげにそう言ったが、しかしすぐに顔を曇らせた。


「ただ、これは私一人の力じゃ発動させられないんです。ある場所に行かないと」

「そのためにレジスタンスの力が必要だ、というわけか。ふむ……」


 悲劇を繰り返さないだけでなく、対帝国戦線に対して大きな効果を持つ、ということか。

 レジスタンスなら、いや各国だって喉から手が出るほど欲しいだろう。しかし。


「イマイチ信じ切れないな。お前が本気かどうか、俺には判断出来ない」

「そんな……いや、でも当たり前かもしれませんね」


 彼女はそう言われることを覚悟していたのだろう。

 だがしゅんとしている。


「だから信じるか、信じないかはレジスタンスに一任する。

 俺はレジスタンスの居場所は知らないが、知っているかも知れない人は知っているんだ」

「えっ……」

「案内する。ただ、その間にお前のことを信じられない、と感じたら……」

「そこでおしまい、というわけですね。分かりました」


 少女は立ち上がり、深々と頭を下げた。


「俺は佐川(さがわ)竜四朗(りゅうしろう)。キミの名前は?」

「……ルカ。ルカ=ヴィレットです。よろしくお願いします、竜四朗さん」


 いきなり呼び捨てか、と思ったが苗字を呼んでいるつもりなのだろう。

 特に気にしたそぶりを見せず、俺は差し出されたルカの手を取った。


「……ところで、キミの心を変えた子供の名前って知ってるか?」

「え? 詳しくは聞いてませんけど。たしか、峯田と名乗っていました」


 なるほど、これも天恵か。


 この家の表札は『峯田』だった。


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