晩夏の仕事場
「良いか。お主は人一倍自惚れておる。それは己の身を滅ぼしかねんことをよく覚えておけ」
旧市街の先にある古びた小さな教会は、権力を誇示するかのような壮麗な金の十字架を屋根に抱いていた。その教会は人々から忘れ去られたのか、所々にひびが入っている。日の光を浴びれば、貴婦人のように輝く聖像のステンドガラスもあまり掃除の手は行き届いていないらしい。だからこそ、教会によく来るお主は良い働き手なのだと、教会の老シスターがよく言っていた。
だが、彼女の忠告は少年の心にまでは届いていない。老シスターがいくら口を酸っぱくしても、少年はほとんど聞く耳を持とうとしなかったのだ。
少年は自分が自惚れていることをよく知っている。それでも自分が自惚れていることを認めようとはしなかった。それを認めてしまったら、周りに負けた気がして仕方がない。だから彼は自分が世界で一番偉いのに何でそんなことを言われないといけないのか、いつも不満に感じていた。
街の中に建つ教会で、聖像が刻まれたステンドガラスが正面に見える一番前の長椅子に、三人集まっていた。一人は他の二人に向き合う形で長椅子に座っている。両腕を背もたれに置き、目の前の老シスターたちを見る紅い髪の少年は退屈そうだ。
「お主は良くも悪くも真面目な子だ。だからこそ道を踏み外さぬよう、この婆たちが見守っておる」
老シスターに懇々と諭されているお主と呼ばれているアランは、一所懸命彼女の言葉を聞いているふりをしていた。そうしていれば彼女たちの気を損ねることはないだろう。アランはそう考えていた。彼はいつの頃からか相手に合わせて、話を聞くふりをするようになっていた。話さえ聞いていれば誰も文句は言わないと分かっているのだろう。とはいえ、彼はまだ十三歳の子供にすぎず、ヒュウガ家出身の行商人の若様だった。
アランは何故自分は他の人とは違って火を操れるのか、いつも疑問に思っていた。それがわからないのに、周りの大人たちは彼が火を操れるからか、皆ちやほやしてくる。よほど珍しいのか、遠方からわざわざ訪れる科学者もいるほどだ。そのせいか、アランは小さい頃から少し自惚れていた。自分は他の人とは違って特別なんだとずっと信じて疑わない。そのことを危惧したアランの父親、ボリス・ヒュウガは常日頃から彼に自分は特別ではないと言い聞かせている。しかしアランは周りの大人たちに流されて、自惚れ屋に育ってしまった。
「アラン、ここにいたのか」
アランの後ろから突然、長い真紅の髪に夜が近づく曇った空のような瞳をした男が現れた。彼は行商人をしているとは思えないほど、上品な雰囲気をわずかながら醸し出している。やはり、生まれもった風格を完全に消すことは出来ないのだろう。
「ボリス、ようやく来たか。たった今、お主の息子を諭しておったところじゃ」
「それはすみません。帰ったらぼくからもよく言って聞かせます」
ボリスは苦笑いを浮かべながら、老シスターに穏やかに言った。そんな父にアランは教会の椅子にもたれ掛かりながら、不満げに唇を歪める。全く面白くない。
「それにしてもお主たちの目は光沢がないのぉ。流石、ヒュウガ家の血筋じゃの」
「代々光沢のない目が特徴的なんですよ」
ボリスは拗ねたアランの頭に手を置いて、二人の顔を近づけた。二人はそれほど似ているわけではない。アランが父から受け継いだのは、肩にかかる長い真紅の髪と光沢のない瞳だけだ。その瞳ですら、父とは正反対の澄んだ夏山の木の葉のような色をしている。もちろん、二人とも人間だ。光沢のない瞳などあり得ない。瞳は水分で潤っているのだが、なぜか光が当たると一点だけ現れるあの白い光が二人には現れないのだ。それゆえに光沢のない瞳だと言われる。それがなぜだかアランには分からなかった。
「父さま、なんでぼくがここにいるって分かったんですか」
「そりゃ、お前がこの教会に入り浸っているからじゃないか。見当たらないと思ったら、大抵ここにいるってロイくんが教えてくれたよ」
「……ロイのばか」
幼馴染みの仕打ちに苦虫を噛み潰す。教えなかったらもう少しここに居れたのに。ますます不機嫌になった息子に、ボリスは肩をすくめた。こうなるとアランはなかなか機嫌を直してくれない。それが出来るとしたら彼の母親くらいだろう。