起⑸
♢♢♢♢♢
「いやー、桜が綺麗だねー」
「だな! 卒業式のときには俺んとこなんて全くってくらい咲いてなかった」
「おぉ」
麻美と秋宮は早くも打ち解けていた。川沿いに広がる桜並木の道を歩く3人は楽しげな会話を挟みながら帰路を辿った。
「そういえば秋宮、お前はどこに住んでるんだ?」
「学校から歩いて10分くらいのところだ」
「なーんだ思ったより都会暮らしじゃーん」
ここら一帯は、都会である。
「そんな2人はどこに住んでるんだ? 歩きみたいだし、電車かなにかか?」
「あぁ、走りで20分くらいの田舎だ。借りたアパートでしょうがなく2人暮らしなんだ」
「なによー仕方なくってー?」
秋宮は、首を傾げた。
「この辺には田舎なんてないと思うんだが?」
「あ? 走りでって言ったろ?」
「それじゃ言葉足らずだよー。私たち、風の魔法でアシストして走るんだよ」
秋宮は首を傾げ、考えて、唖然とした。
風魔法の20分操作付きの走りは高校生だって簡単に出来やしない高度な技術だからである。
じゃあ、と秋宮は続ける。
「なんで4組なんてところに入ってんだ⁉︎よくわからんが高度な技術の筈だ!」
「最初はここでいいんだ」
麻美はなにも言わなかった。ただ、少し悲しそうな顔をしているように秋宮の目には写った。
そこでなんだが場の空気は沈み、しばらく無言のまま桜並木を進んだ。麻美が時折見せる色々な表情が、とても豊かで可愛く、儚い命を思わせた。
静寂を崩したのは隼人だった。
「忘れ物をした」
「えー珍しい」
「じゃあ戻るか? 俺も付き合うぜ!」
「いや、いい。先に行っててくれ」
麻美は隼人の顔をじーっと見る。珍しく秋宮は口を挟まず様子を伺っていた。
麻美はフーッと息を吐いた。その息は隼人の顔に惜しみなくかかり、隼人は少し嫌がるように目を閉じた。
「いってらっしゃい」
「いってくる」
ただ学校に戻るだけなのに、2人はひとつひとつを大事にした。
この2人の絆の深さを改めて知らされる。これは、愛をも超えているようにみえた。
隼人はなおも大切に言った。
「秋宮、麻美を頼むぞ」
「お、おう! 任せとけよ!」
そして、麻美は次を続ける。
「私の風、使う?」
「よろしく頼む」
麻美は魔法発動体制に移る。
手を二回叩くと目を閉じる。そして詠唱を始める。
“風吹き風読み風纏う、我が身の思いに揺れ動け、舞え!風よ!”
麻美の周囲を取り巻くように桜は舞い散る。
それはとても美しかった。
閉じていた手を開くと、そこには風が広がっていた。
「はいどーぞー」
「ありがとう」
あまり表情には出さないが、隼人は嬉しそうにそう言った。
「何かあったら叫べ。いつでも駆けつける」
隼人はそう言い残してその場を去った。