起⑶
♢♢♢♢♢
「俺は、無視をされているのかー⁉︎」
アホそうな男は今もなお叫び続けていた。みんなが可哀想という顔をしている。心なしにか他のクラスメイトたちの会話が控えめな気がする。男は叫びを辞めない。
「違うな⁉︎ 俺の声が心に響いていないんだ! まだいける、いけるぞー!」
善く言うなら、元気が空回りしている。
悪く言うなら、正真正銘のアホ。
これでも甘いのかもしれないが、会ったばかりの他人。隼人は優しいのだ。
しかし、いつになったら妥協点を見出すのだろう。誰かが声をかけないと止まらないだろう。
クラスメイトの思考は出会って数分にも関わらず一致していた。麻美とアホを抜かせば。
隼人は思う。
まぁ、みんなが俺に視線をぶつけてきているのには気付いている。しかし、だけども、いや、厳しいですよ。
頭で言葉にしても、視線はますます激しくなるばかりだった。
俺の妥協点もこの辺りか…
腰を上げたその時だった。
「脱ぐしかないのか? 脱ぐしかないのかー!」
浮いた腰を上げそこねる。が、すぐに立ち上がった。止めなくては!なんていう体裁は取ったが、到底間に合わない。
無駄にベルトを外すのが早い。
見たくもないものが姿を表す。
その時だった。
ガラッ
「囲、どういう状況なの?」
ドアを開けると同時にその女性は詠唱を唱えて囲を存在させた。唖然とする。
クラスの生徒全員が口をだらしなく開けて呆然とする中、女性はことの成り行きを求めた。
「だせー! なんだこれはー!」
「服を着なさい。話はそれからよ」
おそらく、このクラスの担任教師のようだ。隼人はことの成り行きを話すと同時に自己紹介を提案した。
彼女は快く快諾し、簡単な説明が終わると話を始めた。
「なるほどね。もう出てきていいわよ」
デリート(削除)を詠唱するとその囲は消えた。
余談ではないが、デリートはその魔法を理解し、想像し、分解するという高度な技術である。並大抵のものでは使いこなせないが、自分が存在させた魔法を分解させることは簡単とされる。
彼女は続ける。
「私はこのクラス1ー4を担当することとなった、魔法詠唱科の野田だ。ついでに部活は軽音楽部よ。任務等も私がこのクラスの指揮を担当するわ」
野田先生は、とにかく大人びた雰囲気を醸し出している。露出度が高い中で黒のスーツが引き締まり、その中に上品さを見せている。何より目を引くのは胸である。ワイシャツのボタンを第二ボタンまで開けているため、時折見えるその胸元が刺激的で教育に悪そうであった。とにかく、美人である。
雑学という程のものではないが、任務はときによって必要となる場合がある。毎年恒例のクラス対抗戦はもちろんだが、風高と呼ばれるこの学校は実戦でも先頭に立たされる。テロ、戦争、紛争、あらゆる場面で彼らは戦力扱いとされる。これも裏の顔のひとつだ。知らずに入る者も多い。
そしてもうひとつ、と野田先生は続けた。
「隼人君だっけ?彼の友達をやりなさい。これは命令よ。いいきっかけになると思うの」
「…え?」
「これは命令よ。大人しく従いなさい。」
「………はい」
有無を言わせぬその表情に隼人は反論をとうとう言えなかった。
麻美はバカにするように笑っていたが、目がどこかさみしそうだった。