プロローグ
今夜の男も、今までと変わらず今になって命乞いを始めた。
その光景に、彼の苛立ちが募る。
命乞いをするくらいなら、はじめから自分の行動に責任を持てばいい。永遠の命があろうが、後悔してからでは遅いのだ。
苛立ちを隠そうともせず、彼は深いフードの下から血のように赤い瞳で、目の前の男を見下ろした。
哀れにも男に以前までの美しさはない。
目の下は黒くなり、目は血走っている。正気ではないのは、誰の目から見ても確かだ。
同じような男を見つけたのは、今夜だけで三人目。
うんざりしながら、地面に両膝をついている男に近づいた。腐敗臭が鼻を突く。
思わず彼の喉から唸り声がもれた。
「終わらせてやる」
彼は男の頭と胸ぐらを掴んで引き寄せると、もっとも脈打つ首に噛み付いた。
噛み付いた瞬間に絶叫が響き渡ったが、喉まで噛み切ると絶叫は途絶え、ごぼごぼと大量の血を吐いて息絶えた。
男の体が糸の切れた操り人形のように力なく倒れると、胸元から一枚の紙が落ちてきた。
興味をひかれたのと証拠を残したくなかったことから、血で濡れた口元を袖で拭い、彼は紙を拾いあげた。
紙はメモではなく、写真だ。
誰にでも一人くらい大切な者はいる。仲睦まじく寄り添う二人の写真を想像しながら裏返して、彼は動きを止めた。
気がつけば、ただでさえ少ない呼吸すら止めていた。
写真に写っていたのは男女ではなく、一人の少女。それも、まるで隠し撮りでもしたのか、バスから降りた時の写真だ。
だか、そんな事は重要ではない。
彼は食い入るように写真を見つめた。
左右で異なる茶色と青い瞳。闇を残らず吸い付くしたかの漆黒の髪。口元は引き結ばれ、何かを警戒しているのが写真からでも分かる。
色白でも健康的な肌色でもない、中間の色合いをした肌のほとんどが服で隠れているが、温かくて柔らかいだろうと想像できた。
喉が渇いてくる。
もう一度、顔全体に視線を戻すと、心臓が鼓動を刻んだ。
まるで、何かを暗示するように――。