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人魚殺し  作者: 星来香文子
第二章 潮

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潮(一)


 私の姉さまは、とても優しい人だった。

 双子だけれど、私と姉さまは違う。

 姉さまは大人っぽくて、お淑やかで、優しくて……

 反対に私は子供っぽくて、男の子と間違われるようなお転婆で……

 そういう違いはあるけれど、好きなものはいつも一緒。


 だから、私は姉さまが大好きで、いつも姉さまと一緒にいたかった。

 けれど、私は生まれつき体が弱くて、熱ばかり出しているような子供だった。

 その分、元気になったら嬉しくて、泥だらけになるまで遊びまわって、よく母上には「また熱が出ますよ」と注意されているくらいだった。


「私も姉さまみたいになりたいな。いいなぁ、姉さまはいつも素敵で」

「そんなことはありませんよ。私なんて……」

「姉さまは素敵だよ!! 私の自慢の姉さまなのだから」


 姉さまは自分がどれだけ美しいか、愛らしいか、素晴らしい存在か、全然わかってない。

 みんな姉さまは綺麗だねって褒めてくれるのよ。

 将来は姉さまをお嫁さんにしたいっていう人たちだって、この村にはたくさんいる。


 私の自慢の姉で、姉さまはこの村の宝なの。

 だって、この村の人たちはみんな人魚。

 人魚は人間と比べると、みんな美しい。

 そんな美しい人魚の中で、一番美しいのが、私の姉さまなんだもの。


 私は、姉さましかいらない。

 姉さまがいれば、それでいい。

 そう思っていたのに……


「――姉さま……?」


 姉さまは、私の前から姿を消した。

 やっと姉さまに逢えるとのが嬉しくてたまらなかった私を置いて、姉さまは、男と出て行った。




 * * *



 ——徒浜に人魚がいる。

 そんな噂がどこかから広まってしまい、私の暮らしていたこの村に、よそ者が増えた。


 ——人魚の肉には、不老長寿の力がある。

 それは古くから言われている伝承で、事実だ。

 実際、私たちの先祖は最初に暮らしていた国では暮らせなくなって、この徒浜に流れ着いたらしい。

 人間は、不老長寿の妙薬である私たちを捕まえて、肉を剥いで、食べるのだそうだ。

 だから、決して、村の人たち以外に、自分たちが人魚であることは知られてはならない。


 仮に知られてしまっても、その場合は外に漏れないように、排除――というか、殺してしまうのが、この村の掟だった。

 死体には浮かんでこないように重石をつけて海に沈めてしまうから、やがて魚達の餌になる。

 死体が見つからなければ、死んでいることには誰も気づかない。


 そうやって、秘密を守ってきた歴史がある。

 それでも、秘密というのはどこかから漏れ出し、時折、こういうことになる。

 いないと分かれば、諦めて帰っていく。

 私たちはそれをただ、じっと待つだけ。

 ほとぼりが冷めてしまえば、いつも通りの徒浜にもどる。


 だから決して、彼らの見ている前で魚の姿になってはいけない。

 けれど、人魚は何日かに一度は、魚の姿で水に浸からなければ死んでしまう。

 そういう生き物だ。


 生まれつき体の弱い私は、その期間が他の人魚より短い。

 四日に一回は水に入らなければならない、弱い体だ。

 双子なのに姉さまより上背がないのも、この弱い体のせい。

 母上は、「弱い体に産んでごめんね」と、いつも悲しそうな顔をする。


 私はそれがとても悲しくて、「母上のせいじゃないよ」と笑う。

 父上は「そうだ、そうだ」と言って、私と母上をいっぺんに抱きしめる。

 姉上はその様子を、少し離れたところから見て微笑んでいる。

 それが、私たち家族のいつもの日常だった。


 でも、村によそ者が増えたことによって、私は落ち着いて水に浸かっていられなくなった。

 母上も私も、そのせいか体の調子が悪くって……


 ――誰かに見られたらどうしよう。

 そんな不安で頭がいっぱいになった私たちは、ますます体調が悪くなった。

 それで、母上と一緒に隣の村に行くことになった。


 なんでも、隣の村には私たちのような人魚や河童、天狗、猫又――妖怪と呼ばれている存在の病気を治してくれる医師くすしがいるらしい。

 私はひと月ほどその人のところで治療を受けることになった。

 姉上と離れるのは嫌だったけれど、ひと月の我慢。

 ひと月我慢すれば、私は皆と同じように元気な体になれるはず。


「姉さま、行ってきます」

「いってらっしゃい、潮。無事に帰って来るのを、待っていますよ」


 ひと月の我慢。

 たったひと月。

 ひと月経てば、また、姉さまに逢える。

 ずっと一緒にいられる。


 そう信じて、母上と一緒に徒浜を出た。

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