庄太郎(三)
通された部屋は、窓から海が見渡せる部屋だった。
そこまで広いわけではないが、数日滞在するには十分で、何より波の音が心地よい。
一階は酒を呑みに来た村人たちや、最近増えてきている村人以外の男たちで夜中まで騒がしかったが、彼らが帰った後は、波の音だけが聞こえる静かな場所だった。
俺は人魚の噂の真相を確かめる為、この宿を起点として、村を数日探った。
朝、昼、晩と時間帯を変えて浜辺に行ってみたり、村人たちに話を聞きまわったり。
よそ者に対する警戒心を抱いている村人たちもいたが、話を聞いてみれば、「城下ではそんな噂が広まっているのか」とか「人魚なんて知らない。何十年もこの村で暮らしているが、会ったこともない」とか「そんなのはただの噂。何か大きな魚と見間違えたんじゃぁないか」と言われてしまう。
むしろ、俺のように人魚の噂を訊いてこの村にやって来た男たちの方が「あそこで人魚のようなものを見た」とか「岩場のところで見たといういう人が多い」という話を訊かせてくれた。
皆、人魚の肉を手に入れて一儲けしようと企んでいるようで、結局は宿が見つからずに数日野宿していた者がいたかと思えば、いつの間にか村から消えていた。
中には勝手に家に上がり込むような荒くれ者もいて、村人たちからも白い目で見られていたし、見つからないと諦めて、別のところに行ってしまったんだろう。
「どうして、庄太郎さんはそんなに人魚を捜しているのですか?」
そろそろ俺も諦めた方がいいのかもしれないと思い始めたころ、澪が俺に理由を訊ねて来た。
俺が人魚を捜していることは知っていても、この数日間、どうして捜しているのか、その理由を訊かれたのはこの時が初めてだった。
俺は一階の酒屋でいつものように夕餉を食べながら酒を呑んでいた手を止めて、応える。
「……妹を、助けるためだ」
芳姫様が大事にしていた鏡を壊した。
それは芳姫様が今は亡き母上から頂いた大切な鏡だったようで、いつも自分で手入れをしていたものだ。
誰にも触らせず、形見として本当に大切に扱っていたものであったのに、翠は芳姫様の真似をして、手入れしようとしたらしい。
その際、手を滑らせ、割ってしまった。
激怒した芳姫様は、翠の首をはねようとしていたそうだ。
城内で騒ぎになって、俺が止めに入った。
悪いのは確かに翠だ。
だが、芳姫様が鏡を宝のように大切にしていたように、俺にとって唯一の妹である翠は宝だった。
翠を守るためなら何でもすると言った俺に、芳姫様が命じたのが人魚の肉を持って来る事。
「俺が半年以内に人魚の肉を城に持ち帰らなければ、妹は殺されてしまう。戦で両親も他の弟たちも亡くした俺にとって、妹はたった一人の家族なんだ。家族を鏡を壊した罪なんかで殺されたくない」
俺たちは、戦で酷い目に遭った。
翠はまだ小さかったから、あまり覚えていないのがせめてもの救いだ。
俺は父から家族を守るように言われていたのに……
父は敵将の首を持ち帰ったが、そのあとすぐに傷口から体が腐って死んだ。
その功績のおかげで、俺は城を守る侍として、翠は芳姫様の侍女として碌を貰い、兄妹二人で暮らしていけている。
当番制の俺と違って、翠は殆ど城で暮らしているようなものだが、たまに休暇が貰えると家に帰って来る。
そういう生活を、もう何年も続けていた。
「妹が無事なら、俺はそれで充分だ」
酒が入っていることもあって、ついぺらぺらと過去の事まで一方的に話してしまった。
澪は黙って俺の話を聞いていたが、俺の話を聞いて同情したのか、急に泣き出した。
黒曜石のような大きな瞳から、ぼろぼろと涙がとめどなく流れていて、正直焦る。
「な、泣くなよ! これくらいで……」
妹の泣き顔なら何度も見ているが、他人の泣き顔なんて初めて見た。
なんだか自分がとても悪いことをしてしまったような気分だ。
誰も言葉を発してはいなかった。
だが、その沈黙と視線で、わかる。
女を泣かせるなんて最低なやつだと思われていただろう。
「すみません……でも、お話を聞いていたら、思い出してしまって――」
澪は涙をぬぐいながら、泣き声混じりに続ける。
「言ったでしょう? 私にも妹がいるのです。たった一人の。だから、その気持ちはよくわかります」
「妹……? ああ、そういえば、隣の村に行っていると言っていたか」
「ええ。もうそろそろ帰って来る頃ですが……妹は私と違って昔から体が弱くて……」
澪には、双子の妹がいる。
潮という名前で、生まれつき体が弱く、隣の村に行っているのもその治療の為らしい。
「もしも潮が死んでしまったら……と、つい考えてしまったのです。妹のことを思ったら、涙が止まらなくて」
体の弱い妹の顔を思い出しただけで泣けてくるとは……
俺は、澪は容姿だけでなく心も美しい女なのだと思った。




