庄太郎(七)
近頃、奇妙に感じることがある。
翠の様子がおかしい。
どこか、違和感がある。
一瞬、両目の下に黒子のようなものが見えたような気がしたあの日から、何かがおかしい。
「兄さま、どうかしました?」
「いや、何でもない……それより、今日の晩飯は決まったのか?」
「うーん、それが、まだ決めかねていて……」
翠は自分の顎に右人差し指を押し当て、少し左側に頭を傾けながら、少し考えて言った。
「やっぱり、兄さまが好きなものにしましょう。私、決められないわ」
その瞬間、あの女の姿が重なって見えた。
「……」
「兄さま? 聞いてます?」
そんなはずがない。
そんなわけがない。
あの女は死んだ。
あの女の頭と骨と尾鰭は、あの日、あの時、俺がこの手で葬った。
違う。
違うはずなのに、そうとしか思えなかった。
目の前にいるのは、翠だ。
あの日、芳姫様に献上したせいで、左手の小指がないあの女と違って、翠の左手には、ちゃんと五本の指がある。
人魚の肉は、不老長寿の妙薬で……
――薬は取りすぎると毒になってしまうものなのですよ。
今さら、どうしてそんな言葉を思い出したのだろう。
翠は、人魚の肉を食べたじゃないか。
それも、指一本じゃない。
体のほとんどを……
「……うっ」
あの惨状を思い出したら、吐き気がした。
俺の妹が、翠が、そんなことをするはずがないと、俺はあの時、絶対に認めないと、そんなことはあり得ないと、必死に否定して、全部飲み込んだはずなのに……
「兄さま? 大丈夫ですか?」
俺を心配している、この女は、誰だ。
翠の顔をしている。
翠の声をしている。
それなのに、どうして、
「澪……?」
そう思わずにはいられないんだ。
(人魚殺し 了)
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