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人魚殺し  作者: 星来香文子
第三章 翠

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澪(二)

 三つの選択肢の中で、みんなが選ぶのは一番だった。

 徒浜から別の村や町、国へ移り住む人魚もいたけど、ほとんどみんな幼い頃からこの徒浜で育ち、一生を終える。

 徒浜にやって来る人間の数より、徒浜に住んでいる人魚の数の方が圧倒的に多いのだから、人魚の姿を仮に見られたとしても、村の人魚たちみんなが結託するから、殺すのは簡単。

 やられる前に殺れというわけ。


 人魚が人間を殺すところを直接見たことはない。

 子供の内は。

 でも、大人になるにつれて、私たちは殺す側に回ることが増える。

 よそ者が見ていないか見張りをさせられたこともあったし、殺害現場の証拠を消すのを手伝うこともあった。


 そうやって、ここではみんな人殺しの共犯者だった。

 母上は、潮は体が弱いからという理由で、いつもそういう場には私が駆り出される。

 双子とはいえ、私は姉で、潮は妹。

 元気な時は莫迦ばかみたいに元気なくせに、長続きしない、体力のない妹。


 父上も母上も、いつも私ではなく潮のことを心配して、「澪はしっかりしているから大丈夫」だと言う。

 何処が大丈夫なんだろうか。

 潮と違って、私は何をしても傷つかないと思われているのだろうか。

 母上も、父上も、私の事なんてどうでもいいんだと思っていた頃、あの人が徒浜に来た。


「――浩助こうすけさん」

「澪……」


 浩助さんは、人魚であることを隠しながら、港町で生活していた商家の後継ぎだった。

 私より五つ年上で、母方の祖母が徒浜の人魚であることから、年に数回、徒浜に来ていたらしい。

 私の祖母と浩助さんのお祖母様が幼馴染で、私は十五歳の時に浩助さんと初めて会って、それで、お互いに惹かれ合って、婚約までした仲だった。

 後から知ったけれど、実は私が生まれた頃から、祖母は浩助さんの許婚に私か潮のどちらかを……と、約束していたのだとか。


 私は本当に浩助さんが大好きだった。

 商家の後継ぎとして働きつつ、寺子屋で先生をしていたらしくて、子供が好きで、優しい人。

 村でも小さな子たちを集めて、文字の書き方を教えたりしていた。


 この人と一緒になれば、私はもう、大丈夫になれる。

 潮の事ばかりを優先して、私の事なんて全く見ていない家族と暮らすのは辛かった。

 欲しいものはいつも潮に取られてきた。

 私が譲らなければ、母上が悲しそうな顔をする。

 いつか捨てられてしまうんじゃないかって、それが怖かった。


 でも、この人と一緒になれば、捨てられるかもしれないなんて不安から解放される。

 私を愛してくれる人と、新しい家族を作ろう。

 そうして、幸せになれば、もう、私は大丈夫だと。


 でも――


「潮ちゃんは面白い子だね」


 顔合わせの時、初めて浩助さんが潮と会った瞬間、私は嫌な予感がした。

 潮は病弱とは思えないほど、調子がいい時は元気いっぱいに笑う。

 まるで男の子みたいに走り回ったり、泥だらけになって帰って来るようなところがあった。

 私と違って、いつまでも幼い子供のようだった。

 明るくて、カラっと晴れた日のような、お転婆娘だと他人はいう。


 不幸を張り付けたような顔をしている私と違って、「一緒にいるだけで幸せがやってきそうな娘だ」と、誰かが言っていた。


「潮ちゃんが言っていたよ。姉さまが大好きなんだって」

「この間、潮がさ」

「そういえば、潮が……」


 予感通り、浩助さんの口から、潮の名前を聞くことが増えていく。

 その上、浩助さんが潮といるところを偶然、見てしまった。

 その日は、私と一緒に隣町のお祭りに行く約束をしていたのに、潮と二人並んで歩いていた。


「――ごめん、その……俺、澪とは夫婦にはなれない」

「どういうこと……?」


 理由なんて、最初からわかっていた。

 聞きたくなかった。

 それなのに、気づいたら口が勝手に動いていた。


「潮が好きなんだ」


 過去にも同じことが、二度あった。

 忘れようとしていた。

 忘れたつもりで暮らしてきたのに……



「……ごめん」


 私が好きになった人は、私のことを好きになってくれた人は、潮と逢うと変わってしまう。

 潮の方がいいと、潮の方が好きだと言う。


 いつもそう、潮に奪われて終わる。

 一度奪われたら、もう二度と戻ってこない。


 莫迦な男たち。

 皆莫迦だ。


 潮の方が好き?

 ふざけないで。


 その恋は、その思いは絶対に成就しない。

 幸せになんてなれやしない。

 無理なのよ。


 最悪なことに、潮は私のことが大好きなの。

 他人に興味なんて微塵もないような子なのよ。



「姉さま、大好き」


 私は嫌いよ。


「姉さまは私のだもの。誰にもあげないよ」


 私は誰のものでもないわ。


「姉さまは私が守るからね」


 誰のせいで、こんな目に遭ってると思ってる。


「姉さま、私とずっと一緒にいようね」


 いやよ。

 あんたなんか、大嫌い。



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