表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人魚殺し  作者: 星来香文子
第二章 潮

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/23

潮(五)

 鱗はもうすっかり乾いていて、おそらく何か月も前のものだと思う。

 よく見れば、大きな浴槽の周りはまったく手入れされていないようで、普通の風呂の周囲だけが綺麗だった。

 こちらは水が入っている。


 人魚は水に浸からなければならない……が、全身だ。

 それも人間のように暖かいお湯には入れない。

 おそらく、姉さま用に大きな浴槽にはお湯ではなく水が入っていたはず。

 その証拠に、どんなに周りを見渡しても、大きな浴槽の方には、お湯を沸かすかまどがついていない。


 私の家は徒浜に唯一ある宿屋で、小さいが人間用の風呂がある。

 母上が人間を泊めるなら必要だと設置した、釜風呂だ。

 私も何度か火を起こすのを手伝ったことがあるから、知っている。


「姉さま……」


 やっぱり、姉さまはこの家にいた。

 いたはずだ。

 それなら、今はどこにいるのだろう?


 この鱗を手にした瞬間、何か、どこか嫌な予感がして仕方がなかった。

 双子の感――いや、これはきっと人魚の感だ。

 人魚は人間と違う感覚を持っている。

 嗅覚は人間より弱いと言われているが、直感が鋭く、普通の人間の目には視えないようなものが分かったりする。


「ん……?」


 風呂場から出て、次に見たのが台所だった。

 かまどの前……床には真新しい茣蓙ござが引かれている。

 普通、こんなところに敷くだろうか。

 土間の上に茣蓙……?


 まるで、何かを隠しているようにも思えた。

 どうしてそう思ったか――なんて、自分でもわからない。

 ただ、妙な気配を感じた。


 だから……


「……これ……は――――」


 茣蓙の下にあった大きな黒いしみ。

 それが、わずかに姉さまの鱗と同じ、光をまとっている。


 それを見た瞬間、私は姉さまの身に何が起きたか、一瞬で理解できた。



 姉さまは、自分からこの家を出て行ったのではない。

 死んだんだ。


 ここで、この場所で、殺されたんだ――と。




 * * *



「――見つけたぞ、庄太郎」


 私は庄太郎がこの家に帰って来るのを待ち構えた。

 短刀を握る手に、力が入る。


「お前……潮……か?」


 絶対に殺してやる。

 姉さまを返してもらう。


「姉さまを返せ!」


 私がそう叫ぶと庄太郎は、腰に差していた刀を鞘ごと抜き取って私の前に放り投げた。

 ガシャンと重たい金属の音が、私の足元に落ちる。


「……何のつもりだ。こんなもの――私は、姉さまを返せと言っているんだ!」

「すまない」


 頭に血が上っていた私に向かい、庄太郎は両膝を着いて、深々と頭を下げた。


「それは、できない。もう、ここにはいないんだ。澪は、死んだ」

「死んだ……? 殺したの間違いだろう」


 やはりこの男が、姉さまを殺したんだ。


「そうだ。俺が、澪を…………殺した」

「なんで、どうして、殺した!? 騙したのか!? 姉さまの手紙では、愛しい人と一緒になったと書かれていた。お前は、姉さまを騙したのか!?」


 庄太郎は額を地面に押し当てたままだった。

 姉さまを殺した男の顔など、見たくもなかったが、これでは何もわからない。

 姉さまがどうして、殺されたのか。

 なぜ、殺す必要があったのか。


「そうだ……俺が――――」



 憎くて憎くて仕方がない。

 姉さまを殺したこの男が……

 私から、姉さまを奪ったこの男が……



「この、人魚ひと殺し!!」



 私は短刀を捨て、足元に転がっていた刀を手にした。

 鞘から抜いて、庄太郎に刀を振り上げた瞬間、こちらに向かって歩いてくる女と目が合う。

 一瞬、時が止まった。


「――潮……?」


 女は真っ青な顔で、私の顔を見て確かに、そう、言ったのだ。


「誰……?」


 私はこの女を知らないのに、どうして、この女は私の名前を知っているのだろう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ