潮(四)
「――人魚の肉を捜している男?」
「そうだ。額に傷のある男で……庄太郎というんだが」
私は待ちきれず、姉さまを探しに出た。
けれど、厄介なのが庄太郎がどこの城から来た侍なのかわからないということだった。
徒浜で出来るだけ庄太郎に関する情報をかき集め、庄太郎が城のなんとかという姫様の命令で人魚の肉を捜していたことはわかったものの、城なら至る所にある。
隣の国かもしれないし、もっと遠い国から来たのかもしれない。
言葉が通じるのだから、大海の向こう側ではないはずだけれど、それにしたって手がかりがなさ過ぎた。
けれど、しらみつぶしに捜し続けて、ようやくわかった。
「男はわからないけれどね、人魚の肉を欲しがる姫様には心当たりがあるわ」
「本当!?」
「ええ、芳姫さまと言って、とても綺麗なお姫様らしいわよ」
茶屋の女将の話によれば、芳姫様というその姫様は老いることを極端に嫌っていた。
色々な地から肌や髪、体に良いとされる薬や食べ物を取り寄せていることで有名なのだとか。
「うちで扱っているお茶も、肌によいとかでよく侍女が買いに来ていたんだけどね、ここしばらく買いに来なくなって――なんでも、お茶なんかよりとても良いものを得たから、もう必要がないって、まったく買いに来なくなったのよね」
その話を聞いた後、芳姫がいる城の近くで話を聞くと、やっと庄太郎を知っている人物にたどり着いた。
見つけるのに一年半もかかってしまったけれど、これで姉さまの居場所がわかる。
「庄太郎といえば、あいつ、結婚したって聞いていたんだが……本当だったのか?」
「それは本当だよ。俺、庄太郎の家の風呂場を作るの手伝った時に会ったぞ? 両目の下に泣き黒子があって、やたら綺麗な女だった。」
「ああ! それなら俺も知ってる。見たことのない美人だったから声を掛けたら、庄太郎の妻だって言っていたな」
何人か、姉さまらしき女に会ったという人もいた。
風呂場を作るのを手伝った男の話によれば、姫様から結婚祝いでも貰ったのか、ものすごく大きな風呂を増設したらしい。
一度に五人くらいは入ることができる大きさらしい。
人魚は数日に一度、必ず全身を水に浸からなければならない。
そんな大きな風呂を作らせたなら、それは姉さまの為に違いないと思った。
「でもよ、最近見ないよな」
「逃げられたんじゃねーか? ほら、あいつ、妹が」
「ああ、翠ちゃんか」
「翠ちゃん……?」
「庄太郎には、妹の翠って子がいるんだよ。それこそ芳姫さまの侍女をしていてなぁ、ほとんど城にいるが、たまに家に帰って来て食事の用意がなぁ」
なんでも、その翠という妹は、小柄なのだが大食いで有名らしい。
一度、庄太郎に縁談話が持ち上がったことがあるが、その妹が大食いすぎるせいで破談になったこともあるそうだ。
「大食いで破談って、なんだそれは……」
「それが、まぁ、詳しくは知らねぇけどさ、嫁になるはずだった女が用意した夕餉を翠ちゃんがほとんど一人で食いつくしちまったって聞いたな。その食べっぷりが異常で気持ち悪いとかなんとか……」
その翠というのが器量は良いが、どこか変わっているところがあるらしく、とても一緒に暮らせないとこれ以外にも逃げられたことが二度あるのだとか。
庄太郎にとって妹は唯一の肉親で、普通の兄より妹にかなり甘いらしい。
庄太郎にとっては妹が最優先。
妹が何か間違ったことをしても常に妹の味方で、女なんて二の次なのだとか。
「でも最近じゃぁ全然見ねぇな。そりゃぁ、結婚したばっかりの時はしょっちゅう一緒にいるのを見たけどよ」
もしかしたら、姉さまはもう庄太郎のところにはいないかも知れない。
徒浜に戻った可能性もあったが、私は教えてもらった庄太郎の家に向かった。
「姉さま、潮です!」
私が辿りついたのは昼を少し過ぎたあたり。
庄太郎の家は長屋が並んでいる町の中心より少し離れた場所にあり、近くを川がと通っているようで、川のせせらぎが聞こえてくるような静かな場所だった。
城の警護をしている侍だと聞いているし、おそらく働きに出ているのだろう。
戸口に立って声を掛けたが、中からは返事もないし、物音も聞こえなかった。
ここで帰って来るのを待つしかない。
ところが、玄関の扉に鍵は掛っていなかった。
勝手に中に入るのもどうかとは思ったが、姉さまがここで暮らしている確証が欲しかった。
下駄や草履は男物と女物どちらもあるが、姉さまではなく庄太郎の妹のものである可能性があった。
衣も同じ。
姉さまと暮らすようになって増築したという大きな風呂場は一番奥にあった。
普通のどこにでもあるような浴槽と、聞いた通り五人位一度に入れそうな大きな浴槽が並んでいる、妙な作りをしていた。
大きな浴槽の方は、ほとんど使っていないように見える。
その浴槽の隅に、何か光る小さなものがあるような気がして、顔を近づけ、手に取ってみてわかった。
――鱗だ。
人魚の鱗は、人間でいう気のように、気づかぬうちに剥がれ落ちて、自然に生え変わる。
この色は、姉さまの鱗。
妹の私にはわかる。
これは、姉さまの鱗だ。




