庄太郎(一)
人魚の死骸を裏山に埋めたのは、その罪から目を背ける為だった。
到底、認めることはできなかった。
俺のせいで、人が――人魚が死んだなんて。
あの女が、死んでしまったなんて。
何もかも覆い隠して、その罪の証拠を消そうとしていた。
見えなくなったからといって、無くなったわけじゃないのに。
心から愛していたわけではない。
けれど、それでも、あの女は俺の為にその身を捧げてくれた。
恩人だったのだ。
だから、その恩に報いるべきだと思っていた。
俺はあの女と夫婦になり、たった一人しかいなかった家族が、あの女を通してこれから増えるかも知れなかった。
それなのに、死んでしまった。
これから大切にしようと思っていたのに、残っていたのは頭と尾と骨だけ。
あの日、夜の海で見たこの世のものとは思えないほど美しい鰭。
月明りを反射して、きらきらと輝いていた鱗も、何もかも血の海の中に浸かっていた。
一体誰があんな姿にしてしまったのか、わからない。
いや、わかっていた。
本当は、わかっている。
でも、俺はそれを否定した。
そんなはずはない。
そんなこと、思ってもいけない。
あり得ない。
どうかしている。
それでも、確かに言えること。
――俺のせいで死んだ。
俺が、こんなところに連れて来なければ、こんな悲惨な最期を迎えることはなかったはずだ。
乾いて固まっていた血に水をかけ、必死にふき取り、洗い流しながら考える。
どうしてこうなった。
どうして、こんなことになった。
悪いのは、俺か。
そうだ、俺が悪い。
全部、全部俺のせいで構わない。
あの女にも、俺と同じように家族がいる。
あの村に残して来た家族が。
だから、
「――見つけたぞ、庄太郎」
あの女と似た風貌の少女が、刃を俺に向けているのを見た瞬間、もう終わりだと悟った。
「お前……潮……か?」
いずれ、こんな日が来るとは思っていた。
奪うつもりなんて、なかった。
「姉さまを返せ!」
俺は、人魚の肉さえ手に入れば、それでよかったのだ。
殺すつもりはなかった。
ただ、妹を助けるためには、そうするしかなかった。
俺はただ、妹を助けたかった。
だから――
* * *
「人魚の肉を持って来なさい。庄太郎」
「人魚の、肉……でございますか? 姫様」
一昨年の夏、姫様の侍女をしていた翠が、姫様の大切なものを壊してしまった。
このままでは首をはねられる。
翠は、俺のこの世でたった一人の妹だ。
両親も、他の弟たちもみんな戦で死んでしまって、唯一生き残ったのが、翠だった。
確かに翠にはどこかそそっかしいところがあり、頭もあまり良くはない。
けれど、それでも俺にとっては唯一の肉親で、大切な妹だ。
歴代の姫様の中でも、一番お美しいと評判の芳姫様より、ずっとずっと可愛らしくて、美しい。
大切な宝物だ。
だから、俺は翠を救う為なら、どんなことだってすると申し出た。
「そうだ。お前が人魚の肉を探し出し、妾に渡すのだ。そうすれば、この件は水に流そう。しかし、それが叶わなければ、お前の大切な妹がどうなることか……」
「……かしこまりました。では、その人魚の肉さえ手に入れば、よろしいのですね?」
そうして、姫様が出した条件が人魚の肉を手に入れること。
姫様は誰よりも美しく、誰よりも《《老い》》ることを恐れているという話は、城内では有名な話だった。
同時に、人魚の肉は不老長寿の妙薬であることも。
しかし、人魚なんて本当に存在しているはずがない、想像上の生き物だと、誰もその存在を信じてはいなかった。
俺もその一人で、存在しない生き物の肉をどう入手すればいいのかと頭を抱えていた時、とある噂を耳にした。
「その村には人魚がいるらしい。実際に見たってやつが何人かいるんだよ」
「何人も?」
「ああ、なんでもその村の住人は老いも若きも美男美女しかいないらしい。偶然流れ着いた者たちの話では、夜になると半分魚の姿に戻るんだと」
「その姿があまりに美しく、まさしく人魚なのだそうだ」
俺はすぐにその村へ行った。
海に面した小さな漁村・徒浜。
そこで出会ったのが、澪という美しい女――本物の人魚だった。




