誓いません! ~ウェディング作戦決行~
「新郎、マイケル・トーミウォーカー。
あなたはここにいるリリー・カサブランカを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います」
理想の王子様を、ちょっぴり残念にしたような金髪蒼眼のマイケル・トーミウォーカー公爵令息22歳は、恭しく頷いた。
白いタキシード姿で、新婦の隣に立っている。
「新婦リリー・カサブランカ。
あなたはここにいるマイケル・トーミウォーカーを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「いいえ、誓いません」
「そうですか。それでは誓いのキ……え?」
「誓わないと言いました。
マイケル・トーミウォーカー公爵令息とは、結婚いたしません」
「え……と?」
神父が困惑している。
「何を言い出すんだ? 頭でも打ったのか?
誓いの言葉など、もういい。
さっさと婚姻届にサインしろ」
と、マイケルが目の前の書面を指差す。
場所は大聖堂。
今日はマイケル・トーミウォーカー公爵令息とリリー・カサブランカ伯爵令嬢の結婚式。
突然の婚姻拒否に、列席者たちが固唾を飲んで見守っている。
式の規模は王族に匹敵するほど盛大で、ドアの外には野次馬が詰めかけている。
「それですね。
婚約契約書は当主のサインで成立しますが、婚姻届は本人のサインがないと成立しません。
ですので拒否します。書きません」
「さっきから寝惚けたことを。
伯爵令嬢ごときが、美貌と財力と権力を兼ね備えた俺様と結婚できるのだから有り難いだろう。
それを、このようにケチをつけるとは……万死に値す!
公爵邸に帰り次第、みっちり叩き込んでやるからな!」
「そうよ!
あなたなんて使用人として朝から晩まで、こき使ってやるんだから!
せいぜい屋根裏部屋で泣くことね!」
純白のドレスを着た平民のサリーが、立ち上がって叫ぶ。
親族席にマイケルの父母と並んで座っていた。
「『こき使う』?
まるで、あなたが邸の女主人のような発言ですね。
何故、縁戚でもないあなたが新郎の親族席にいるのですか?
しかも白いドレスで」
「そんなの、私がマイケル様と真実の愛で結ばれてるに決まってるからでしょ!
マイケル様の本当の妻は私よ!
お飾りの妻はお飾りの妻らしく、黙って従ってればいいのよ!」
マイケルの両親が慌ててサリーを止めようとしたが、後の祭り。
「皆さん! お聞きになりましたか?」
リリーが参列席に向かって、声を張り上げる。
「『貴族は結婚してから恋愛する』と言いますが、それは嫡子が生まれてからです。
王族も『結婚して3年、正妃が子に恵まれない場合のみ側妃を娶ることができる』と決まっています。
すなわち3年間の不妊か、嫡子をもうけた後でないと、愛人を囲うことは許されません。
にも関わらず、堂々と不貞を宣言されました。
これは婚約破棄事由に相当します!」
会場がざわめく。
マイケル達へのブーイングが木霊する。
リリーの言う通り、貴族には貴族のルールがある。
しかしマイケル一派は、まだ余裕のよう。
「リリー! 貴様!
さっさとサインしろ!
婚約契約書には、トーミウォーカー公爵令息の愛人を許容する旨も記されている。
お前が結婚しないと、我が家は莫大な違約金を支払うことになるんだぞ?
うちを潰す気か?!」
リリーの父カサブランカ伯爵が、立ち上がって怒鳴る。
「違約金どころか支度金も、借金返済と豪遊で遣ってしまいましたものね。
ですが、あなたの契約は、あなたが責任を持つべきです。
カサブランカ前伯爵」
「……は?」
「あなたのずさんな領地経営の証拠と裏帳簿の写しを、陛下に上奏しておきました。
裏取りが終わり次第、逮捕状が出るはずです」
まだ当主交代してないのでリリーの父は"現"伯 爵だが、リリーは嫌味で"前"伯爵と呼んでいる。
「お、お、親を裏切ったのか?!
この親不幸もの!」
「そうよ! 信じられない!
あなたなんか産むんじゃなかった!」
と、カサブランカ夫人(リリーの母)も顔を真っ赤にして夫に寄り添う。
「私が、いつ『産んでくれ』と頼みましたか?
私が『産まれたい』と願ったわけでもないのに、カサブランカ前伯爵がカサブランカ前伯爵夫人の腟内に射精したせいで、私は生まれたのです。
勝手なことしないでもらえますか?
それに、血が繋がっているというだけで親気取りですか?
とても迷惑です。
あなたの言う"子"とは"奴隷"と同義語ですが、法律上では違いますよ」
リリーの圧倒的な返しにシンとなった会場から、徐々に失笑が増え始める。
そしてそれは、やがて爆笑の渦になる。
「ぐ、も、もう式は中止だ!
今日はーー」
と、マイケルが逃げようとするが。
「いいえ、続行します」
リリーは毅然と胸を張る。
「はあ?」
「トーミウォーカー公爵令息と結婚します。
気が変わりました」
と、婚姻届にサインする。
「さ、あなたもサインなさって」
と、ペンをマイケルに押し付ける。
「い、嫌だ!
誰が、お前なんかと結婚するか!」
「それでは婚約契約不履行になります。
違約金を払いますか?」
「払う!
払ってでも、お前など妻にしない!」
「そうですか。
では続きましてーー」
「まだ何かあるのかよ?!
いい加減にしてくれ!」
リリーは、マイケルを無視して花嫁衣装の裾から鞭を取り出す。
「平民サリー。
あなたは私に許可なく話しかけ、侮辱しました。
よって貴族法に則り、不敬罪で鞭打ちに処します。
背中を出しなさい!」
と、サリーに近づく。
「ひぃぃいい! いやぁああ!」
「やめろっ」
サリーに鞭打とうとするリリーを、マイケルが後ろから羽交い締めにする。
揉み合いの末、マイケルがリリーを突き飛ばす。
「きゃっ」
「おのれっ!
俺の愛しいサリーを傷つけようなどと、悪女め!
お前のせいで何もかも無茶苦茶だ!」
尻餅をついたリリーを、マイケルが更に殴ろうとする。あわやーー
「そこまでだ! 我々は私服騎士団だ!」
入り口近くに潜んでいた男達が、一斉に走り出てきて身分証を掲げる。
「マイケル・トーミウォーカー公爵令息!
リリー・カサブランカ伯爵令嬢への暴行の現行犯で逮捕する!」
「そ、そんなバカなっ」
「目撃者は大勢いるぞ! 神妙に縄につけ」
愕然と項垂れたマイケルは、騎士団によって連行されて行った。
騎士団が去ると、すぐにリリーはサリーを捕まえてボコボコにした。
その上、不貞の慰謝料も請求した。
後日。
リリーは、婿をとりカサブランカ伯爵家を継いだ。
婿は、今回の捕物劇を演じた騎士団員のうちの1人。
トーミウォーカー公爵家は、これを機に衰退していった。
マイケルが、どうなったか?
マイケルは廃嫡され、サリーと共に辺境へ送られた。
◽完◽