039 ミザリー先輩の思惑とは……
――目の前にアークがいる。
高等部の入学式の日、卒業式で渡せなかった白い花束を持って待っていたが、アークが訪れることはなかった。
そして、次の日に高等部を休学して冒険者として武者修行の旅に出たことを知らされた。
すぐに私は父上にアークの捜索をお願いしたが、自分との決闘に逃げるような男に興味がないと一蹴されてしまった。
そこで高等部の実習で通っていた冒険者ギルドにアーク捜索の依頼を出した。
私自身もA級冒険者として活動しており、冒険者ギルドには顔がきく。
それに自国には世界最大の冒険者ギルドもある。そのギルドマスターであるベアモンドは私の師匠であり、父上の盟友だ。
そのベアモンドからの口添えもあれば、積極的に依頼を受ける冒険者も多いだろう。
そして、私は冒険者ギルドへの依頼とは別に、個人的にベアモンドにもアーク捜索を手伝ってほしいと手紙を書いた。
若くしてS級冒険者まで登り詰めたベアモンドは、その武勇と功績はいまだに語り継がれ、冒険者たちに強い影響力を持つ。
そのベアモンドであれば、何か冒険者同士の繋がりからアークに関する情報を得られるかもしれないと思った。
藁にも縋る思いだった。だが、すぐにベアモンドから自分のギルドにいると知らせがあった。
ベアモンドはアークが冒険者の町レーヨンでフウマとして活動していることを知らせると、それ以降、アークが何かする度に詳細な報告をしてくれた。
サラが抜け駆けをして、アークに依頼を出したときは、私も急いで何か適当な依頼を出そうか迷ったが、ベアモンドから「待った」がかかった。
すぐにS級冒険者に昇級させるので、そのタイミングで父上に将来有望な冒険者フウマとして紹介し、龍覇王虎武闘大会に推薦して欲しいと頼まれたのだ。
龍覇王虎武闘大会――武闘家なら誰でも一度は出場したいと思う。この世界で最も有名で栄誉ある大会。
この大会で優勝した者は、ベストレア獣王から褒美として何でも一つだけ欲しい物を頂くことができる。
――例え、それが一国の王女であったとしても!
ベアモンドの見立てでは、今のフウマの実力なら優勝も狙えるらしい。それに優勝を逃しても、私に勝てば父上は婚約を許すはずだ。
中等部のときにアークがプロポーズしたことは、父上にも報告してある。
だから、もし父上の目の前でアークが私に勝ったなら、きっと私たちの婚約を認めてくれる。
獣人たちは生来、魔法が得意ではない。それ故に魔法より武術を重んじ、武力が高い者を尊敬する傾向にある。
我が父も、その高い武力をもって獣王の地位に就いた。その父上が、それ相応の実力を見せたアークを無下にする事はできない。
婚約後は、アークにちゃんとした地位を用意してくれるはずだ。
――何から何まで完璧な計画だ。
これでやっと、幸せな家族計画へ向けた第一歩を踏み出すことができるにゃ!
◆
突然、現れたミザリー先輩に驚き、俺は立ち尽くし彼女を見つめる。
そんな俺を無視して、ミザリー先輩は俺の顔をまじまじと見ると、胸の前で腕を組んで何やら考え始めた。
俺は声をかけようとするが、ニヤニヤと笑ったり、真剣な顔になり一人で頷いたりと、様子がおかしい。そんな先輩に何もすることができない。
どうしたものかと様子を伺っていると、急に「幸せな家族計画……」と呟き、拳を握り締め、天に向かって突き上げて天井を見つめる。
……何が何だか分からないが、ミザリー先輩を現実に引き戻そうと、俺は勇気を振り絞り、恐る恐る声をかけた。
「……ミ、ミザリー先輩、お久しぶりです。ど、どうして俺の部屋にいるんですか?」
「それは、二人の幸せのためにゃ」
真剣な顔でミザリー先輩が訳が分からないことを言う。しかし、とにかく会話を続けることが大事だと思った俺は、諦めずに語りかける。
「そうですか。……じゃ、どうして俺がここに泊まるって知ってるですか?」
「それは、アークに会いたかったからにゃ」
……どうやらミザリー先輩は、あくまでどこで俺の情報を得たのかを教えるつもりはないらしい。
前世でも尋問するときに敵の忍びが使った手法だ。なまじ質問をはぐらかすような発言をするより、むしろ意味不明な答えを返す方が、相手に情報を与えない
……まさか、ミザリー先輩が、こんな高等な技術を使ってくるとは思わなかった。それだけ情報の出処を教える訳にはいかないのだろう。
「わかりました、ミザリー先輩もいろいろと事情があるようですね。俺も、これ以上は詮索しません。ただ、ここにいる間は、俺の事はフウマと呼んでください。もちろん、二人だけのときは、アークで結構ですので」
「了解にゃ、アーク。それで今からどうするにゃ? 食事にするにゃ、それとも、お風呂かにゃ? まさか、いきなり私にゃ!?」
いまだに俺を警戒しているのだろう。もうこれ以上は詮索しないと言ったはずだが、ミザリー先輩は意味不明な言葉で俺を混乱させる。
何と答えていいか分からず、困っていると外の窓がいきなり開いた。
「ミザリー先輩、どうしてアッくんの部屋にいるんですか?」
振り向くと、露台からサラが入ってきた。サラの部屋は隣だが、露台は繋がっておらず、五メートル以上離れているはずだ。
どうやって露台を移動したのか不思議だ。けれど、理由を聞くのが怖かったので、そこには触れずにおく。
サラはミザリー先輩に近づくと、改めてなぜ俺の部屋にいるのか理由を尋ねる。
顔こそ笑っているが、全身から滲み出る殺気にも似た雰囲気が漂い、思わず背中に冷たい汗が伝う。
ただ恐怖で動けない俺をよそにサラはミザリー先輩に尋ねる。
「ミザリー先輩、どうしてアッくんの部屋にいるんですか??」
「それは、二人の問題にゃ。おまえには関係にゃい!」
その迫力に物怖じせずに、ミザリー先輩は堂々と胸を張って回答を拒否した。
俺なら、すぐに答えてしまうが、さすがは高等部の武術大会を二連覇しているミザリー先輩だ。……胆力も常人ではない。
ただ、二人の雰囲気が険悪なものになってきたので、俺はなけなしの勇気を振り絞り仲裁に入る。
「二人とも、少し落ち着いて下さい。サラ、ミザリー先輩にも何か事情があるみたいだ。答えたくないのに無理に聞くのはよくないよ」
「……そうね、分かったわ、アッくん。でも女性を部屋に入れるのはどうかと思うわ」
俺が声をかけるとサラも少し落ち着き殺気を抑えるが、部屋に女性を入れたことを非難される。
俺が入れた訳ではないが、ここで否定しても話が拗れるだけだと思い、素直に謝る。
「悪かったよ、サラ、今度から気を付けるよ。それにミザリー先輩も、色々と事情があるのは分かりますが、少しは説明してもらわないと俺たちも困ります。素直に言って頂ければ、力になれることもあるかもしれません」
サラに詫びてミザリー先輩の方を向く。事情があるのは分かるが、あまりにも説明がないことに注意する。
俺たちに相談することで解決できることもあるかも知れない。望んでなった訳ではないが、仮にも世界に二十人しかいないS級冒険者だ。
少しはミザリー先輩の力になれるはずだ……。
いつでも相談に乗るし、後輩だがS冒険者でもある俺を少しは頼ってほしいと願った――その瞬間、ミザリー先輩は急に険しい顔になり俺を睨んだ。
「……なんで、サラは呼び捨てなんだ。それに敬語でもない。……一体どういうことだ!」
ミザリー先輩はサラとの会話を激しく非難すると、瞳孔を開き、獣人訛りも忘れて俺に詰め寄った。
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