003 王女捜索
「何かあったようだな。アーク、どうする?」
「アルスさんが寮に帰るように言ったんだ。帰る以外にないと思うよ」
スカイとジークの二人と一緒に、足早に去っていくアルス兄さんの背中を見送りながら、これからについて話し合う。
「……そうだね、今日は残念だけど帰ろうか。久しぶりにスカイとジーク、3人で遊びたかっけど仕方ないかな」
俺は肩をすくめると、スカイたちに今日は素直に帰ることを提案する。スカイは少し残念そうだが、改めて遊ぶ約束をすると機嫌を直してくれた。
ふと、アルス兄さんが去った方を見やるが、すぐにスカイたちの後を追い、一緒に寮へと向かった。
――――――――――――
スカイたちと寮の前で別れると、すぐに部屋に戻り荷物を纏めて再び町に戻った。
アルス兄さんに何か耳打ちしてたい男は、やはり部下だったようだ。彼の口の動きから第五王女――フォルテ殿下が攫われたことが分かった。
誰にも知られたくないなら、口元を隠すのは当然のことだ。あまりにも無防備すぎる行動に呆れてしまった。
ただ、たとえ口の動きが見えずとも、いくらでも知る方法はあったが……。
とりあえず、俺は王女を探すために行動を開始した。
年が離れたアルス兄さんは、いつも俺のこと気にかけてくれた。
ミューズネイト学園に入学すると分かってからは、わざわざ仕事を休んで家庭教師役を買って出てくれたほどだ。
王女が攫われた責任をすべて兄さんが背負うことはないと思うが、それでも上級職の兄さんの責任は重いだろう。
前世では殺伐とした世界で生きてきた俺だが、今度は出来る限り周囲の人たちを守り助けたい。
絶えず疑心暗鬼で過ごしてきた俺に、安心して頼ることを教えてくれたアルス兄さんを助けるために、俺は第五王女を探すことにした。
王女の容姿を知らない俺は、まずは各国の大使館に向かった。
受付で適当なことを喋りながら身体強化魔法を発動する。教えてもらった魔法は全身の能力を底上げするため効率が悪い。
魔力量が少ない俺では長時間維持することができず、出力を上げることも難しかった。
悩みに悩んで俺の身体強化魔法は、体の一部分のみを集中して強化することに特化したものにした。
この一年間は魔法の訓練といえば、ひたすら魔力操作を磨き上げることに費やしてきた。……気が付けば、瞬時に必要な箇所に魔法を施せるようになった。
俺は受付で親が移住を検討しているから、条件を教えてほしいなどと適当な嘘を並べながら、聴力を一気に強化した。
……ここには、王女はいないようだ。
俺の祖国ババルニア王国と敵対している国は残り三つ。とりあえず、残りの大使館をしらみつぶしに周ることにした。
――――――――――――
怪しいと思われる順に周ったが、二カ国ともおかしな気配はなかった。俺は最後にシュバルツ帝国の大使館に向かう。
入口から聴力を強化して受付に向かう。微かに小さな女の子のすすり泣く声が聞こえた。
最後の最後に思惑が当たり、ひとまず安心する。
だが、このまま救助まで行うのか、それともアルス兄さんに知らせるのか、迷っていると受付の女性が話しかけてきた。
「ボク、どうしたの? 迷子か、なにか。ここは大使館って言って、あなたが来るところじゃ無いわよ」
「あぁ、すいません。親がシュバルツ帝国の移住を検討しているようなので、資料を取ってくるように頼まれました。ちなみに僕はゼニスガルド共和国出身です」
女性の声に、聴力強化を止めると、適当な嘘をつきながら周囲を確認する。……怪しそうなヤツは居ないようだ。
ゼニスガルド共和国は悪政を敷いていて国外に亡命する国民が多いらしく、彼女も怪しむ様子はない。
俺は受付から見える奥の扉が少し開いているのを確認して、視力強化を行う。そこには大使館に似つかわしくない軍服を着た男たちの姿があった。
俺は受付の女性から資料を受け取り、お礼を言うと一旦大使館から離れて、周囲の建物を物色していく。
大使館の三つ隣によさそうな宿屋を見つけて中へと入った。かなり古い造りだったが、中は奇麗に掃除され落ち着いた雰囲気が漂っていた。
俺は受付にいる老夫婦に話しかけると、親に頼まれたことにして最上階の部屋に宿泊するための手続きをする。
かなり古い宿屋とはいえ最上階の部屋は、一泊で金貨一枚だった。手痛い出費に、また来月から貯金をしなければと溜息をつく。
俺は足早に部屋に入ると、鞄から必要なものだけ取り出し腰袋に入れる。すぐに窓を開けて屋上に素早く登った。
身体強化を発動した俺は、誰にも見つからないように隣の屋根へと飛び移る。もちろん、着地の瞬間、下半身と体幹を集中して強化し、音を殺すことは忘れない。
大使館の屋根に辿り着くと周囲を警戒するが、さすがに目立つような物々しい警備はしていなかった。
適当な露台を見つけて、そっと覗き込むと、そこにはベットなどの家具が置いてあった。高価な調度品もあることから来客用の部屋だと察した。
誰も居ないことを確認して露台に飛び降り、窓を軽く押したが、開く気配はなかった。
錠がかかっていると分かり、腰バックから薄い紙を取り出す。物質強化魔法で真っすぐ伸ばして窓と窓の間に差し込む。
形を保つだけの弱い強化を施して、そのまま振り下ろす。錠に当たる直前に一気に魔力を上げると、スパンと錠が切断される。
静かに押すと、窓は何の抵抗もなくゆっくりと開いた。
――どうせ、これから侵入して王女を救うのだから、侵入の形跡を隠す必要はない。
俺は聴力と視力を強化しながら慎重に大使館の地下を目指す。受付で捉えた少女の鳴き声は、床下から聞こえてきた。
地下に捕らえられていると思って、まず間違いない。一階まで降りると、周囲を警戒しながら、ゆっくりと進んでいく。
――受付のときに見た軍服を着た男たちが入っていった部屋が見えてきた。
俺は部屋の前に立つと誰も居ないことを確認して中に入る。物音を立てないのはもちろん、親指が床から離れないよう慎重に歩く。
周囲を見渡すが、地下室に通じるような扉は見つからない。
俺は聴覚と触覚――とくにつま先に強化を集中させて部屋の中を調べると、足下に小さな違和感を感じた。
床に耳を付けて軽く叩くと、音が下の方へ抜けていくのが分かった。間違いなくこの下に地下室への通路がある。
そう確信した俺は絨毯を捲ると、そこには小さな扉があった。慎重に扉を開け、暗く先が見えない通路に踏み入ると、地下室へと歩き出した。
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