227 背の眼、王冠は息づく
目の前に立ちはだかる独眼の巨王を見上げる。通常のサイクロプスの倍はある巨躯。異常に発達した筋肉が全身を覆い、皮膚をはちきれんばかりに膨張している。
ふと地面に転がる王冠を見やる。金と宝石で装飾され豪奢だ。とくに中央の巨大なルビーは異様な存在感を放ち、巨王の威厳が滲み出ている。
だが、それよりも半ば地にめり込んだ王冠に、物質的な圧力と微細な魔力の揺らぎを感じた。視線を戻すと、じっと見下ろす巨王が目に映る。
その眼差しで悟る。先手は譲ってくれるらしい。
王としての矜持だろう。同じ王族として敬意を払い、軽く頭を下げてから、銃口を向けた。
すぐに万物変化魔法で魔弾を作り装填する。初手から全力でいく。炸裂の力を込め、引き金を引いた。
火花が閃き、乾いた破裂音が響き渡った。その瞬間、巨王の左肩が弾けた。
大量の血が降り注ぐ。すぐに空気を物質化して、紅のにわか雨を防ぐと、周囲は鉄の匂いで満ちる。
深紅の霧の中、仰ぎ見る。巨王は肩を押さえ、苦痛で顔を歪める。
だが、柘榴のように弾けた肩は、瞬く間に骨が繋がり、肉が覆った。驚異的な再生力に絶句する。
痛みもすでに引いたのだろう。怒りに燃える深紅の瞳でこちらを睨むと、復元した左腕を振り下ろした。
巨拳が大気を裂き、轟音をとどろかせる。眼前に迫る一撃を十枚の翼で前面を覆い、防ぐ。
直撃するが、漆黒の翼は拳を優しく受け止め、すべての力を吸収する。だが、微動だにしない私に向かって、巨王は再び拳を振り下ろした。
――苛烈な猛撃が続く。巨大な拳は隕石のように降り注ぐが、漆黒の翼がすべてを防ぎ、音もなく衝撃を飲み込む。
さすがの巨王にも疲れが見え始める。わずかに膝が折れる。その一瞬の隙をつき、翼を広げて飛び立った。
影を置き去りにして消えた私を見失い、巨王は呆然と前だけを見ている。その姿にほくそ笑むと、一気に背後に回り込む。
がら空きの背中が見え、銃口を向けたそのとき――突然、強烈な衝撃が襲い、吹き飛ばされた。
◆
漆黒の翼で独眼の巨王の攻撃を防ぎ切ったフォルテは飛び立つと、一瞬で背後に回り込んだ。
その速さに彼女を見失い困惑する巨王。がら空きの背中を見下ろす彼女は、静かに銃口を向けた。
直後、巨王が裏拳を薙ぎ払った。大気を切り裂いて迫る拳は、正確に彼女を捉えて撃ち飛ばした。
息を呑み、すぐに駆け出そうとした。そのとき、フォルテは壁に激突寸前でふわりと止まり、こちらに笑顔で無事を伝えると、巨王の背を見据えた。
視線をなぞる。そこには真っ黒な強膜に深紅の虹彩を浮かべる巨王の姿があった。独眼と思っていた巨王は背後にも目を備えていた。
――双顔のサイクロプス。独眼の巨王と思い込んでいた魔物は、前後に顔を持つ異形の巨人だった。
死角に回り込んだと思い込んでいたフォルテ。しかし、実際は真正面で無防備になり、強烈な一撃を受けた。――背面の眼で見切ったのだ。
壁際まで飛ばされた彼女は、双顔の巨王を見据える。
ゆっくりと近づき、地に降り立って仰ぐと、彼女はホルスターから一丁の拳銃を抜いた。たしかあれは神銃のレプリカだ。
二つの銃口を向けるフォルテ。巨王は振り返ることなく、ゴキッと音を立て、四肢を強引に捻じり、正面となる。
再度、対峙すると同時に、双方が動き出す。猛然と突っ込んでくる巨王に、フォルテは容赦なく銃弾を撃ち込む。
二丁の拳銃から何度も火花が迸り、虚空を貫く。無数の魔弾を浴びる巨王。だが、すべてを弾き、かすり傷を生むだけだ。
明らかに先ほどよりも、皮膚が硬質化している。何十発も魔弾を浴びても、肌をわずかに裂くことしかできない。
――浅黒く変色した皮膚。かすかな進化を感じる。
猛然と迫る巨王を前に、彼女は薄く笑みを浮かべる。直後、足元に向かって魔弾を放った。爆音が室内に轟くと、彼女を襲う巨拳が軌道を変え、通り過ぎていく。
目を細め注視する。巨王の足元の地面は穿たれ、巨体の足が見事にはまり、地面に倒れ込んだ。
覆い被さらんとする巨王を軽く跳んで躱し、そのまま翼を広げて宙を舞う。地面を滑り倒れる巨王に視線を落とした彼女は、二丁の拳銃を直列に繋いだ。
金属同士が噛み合う音を立て、二丁の拳銃はライフルに変わる。彼女は両手でそれを持ち、照準を合わせ、そっと引き金を引いた。
その瞬間、大気は振動した。巨大な閃光が放たれ、双顔の巨王の顔を一瞬で蒸発させた。
ただの巨大な骸に化した無頭の巨王を見つめる。誰もが勝利を確信した。だが、フォルテだけは警戒を解くことなく、銃を構えたままだった。
◆
肉の焦げた匂いが鼻を刺激する。完全に消し飛んだ頭部だが、消し炭と化した切断面がわずかに蠢き出した。
やがて無数の肉腫となり、膨れ上がると禍々しい双顔へと変じた。驚異的な再生力を見せられ、舌打ちをする。
醜く復元された頭を起こし、ゆっくりと立ち上がった双顔の巨王。その肌は黒く染まり、光沢を帯びて金属のようだった。
だが、前後の瞳は変わっていない。強膜は白と黒、虹彩は黎と深紅だった。
目の前に立つ巨王は意識が戻っていないのか、呆然と佇むだけ。攻撃する気配がない。
その隙を見逃すほどお人好しではない。容赦なく銃口を向けて熱線を放つ。
再び双顔を捉えるが、蒸発することなく、わずかに火傷を負っただけだ。明らかに耐性がついている。
その熱傷もすぐに治り、元どおりになると、深紅の瞳がこちらを睨みつける。
驚異の再生力と進化。それに圧倒的な膂力。これほどの能力を併せ持つ魔物が存在するはずがない。変異種と言っても説明がつかない。
――複合魔物で間違いない。よく見ると異なる系統の組織片がいびつに絡み合っている。
ふとタルロスが戦った悪魔――メフィストのことを思い出した。ヤツは自らの体を施術で強化していたらしい。
おそらく関係ない。だが、心にだけは留めておく。
気持ちを切り替え、先ほどの攻撃でさらに硬質化した巨王を見やる。その動きはぎこちない。過度な進化に、他が適応できていない。
急造の張りぼて――そんな印象を受け、苦笑いを浮かべる。ただ、このまま戦い続けても、いずれすべての攻撃が通じなくなる。
ブリキのおもちゃのように動く巨王を見やる。ふと、足元の王冠がかすかに揺らいだように見えた。
ふいに魔弾を撃つ。だが、わずかに金属音を響かせるだけで反応はなかった。
――しかし、それは呼吸のような生命の気配を滲ませていた。
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