225 精霊領域、そして火の道
ちと長いです<(_ _)>
一王の部屋で休憩することになった。まだ昼前だが、ライデンとアークの提案だ。地図のないこの遺跡では、計画的に動くことはほぼ不可能。
安全な場所が確保できたときは、少しでも休んだほうがいい。最悪、この先は休憩が取れないかもしれない――。
先を急ぎたい俺を、二人はそう諭した。自らの役目を思い出す。俺には六人をまとめ、導く責任がある。感謝を述べ、全員に伝えた。
……魔物や魔獣が侵入する気配はない。さすが玉座の間だ。安心して休める。腰を下ろすと、サラがコップを差し出した。
その手の指輪が青く光る。思わず凝視すると、彼女は苦笑し、軽やかに天へとかざした。
水が滴る小さな音が波紋のように広がり、サファイアから紺碧の女騎士が現れる。彼女は金色の髪をなびかせ、地に降り立つと、胸に手を当てて頭を下げた。
「ガリュウ、彼女は湖の女騎士――ヴィヴィアン。最上位の水の精霊よ」
サラがそっと彼女の肩に手を置く。女騎士は部屋の中央へ進み、背の大剣を抜き放って、地面へと突き立てた。
その瞬間、室内が青く満ちて静寂が降り、床面は薄いさざ波の光を揺らめかせ、安らぎをもたらした。
目を見開く一同にサラが肩をすくめる。再び右手をかざすと、湖の女騎士は、碧眼を煌めかせ、光の粒子となって吸い込まれていった。
「これで一時的に、ここは精霊領域。邪悪なものは一切入ってこられないわ。気にせず休んで」
息を吸うたび、身も心も癒やされる。玉座の間が聖なる部屋へと変わった。ふと気持ちが緩む。そんな俺を見てサラは続けた。
「ただ、半日ほどで消えるから、魔物たちが追ってこないよう錠はかけておいてね」
スカイが頷き、入口に向かった。その背を見送りながら思う。まだ一王を倒しただけだというのに、立て続けに奇跡を見せられた。思わず口元が綻ぶ。
とりあえず少しでも体力を回復させようと、コップの水を飲み干す。一瞬で肩の鉛が抜ける。俺は背嚢を枕にしばしの休息を取った。
◆
一王の部屋を出てしばらく歩く。突然、薄暗く狭い通路から、煌々と松明が照らす広い回廊へ出た。
そこには大型のオーガやトロールが物陰にも隠れず、堂々と練り歩いている。今度は、奇襲や罠ではなく、力でねじ伏せようとしている。
一体一体が一騎当千の気配を放つ。オーガは身の丈を超す鉄棍を軽々と背負い、トロールも全身が隠れるほどの巨大な盾を携えている。
負けることはないが、厄介な相手だ。どうすべきかガリュウをうかがうと、アークが音もなく走り出した。
大きな柱の影に滑り込み、壁に背を預けて様子をうかがう。オーガたちの視線がそれた瞬間、アークは人さし指で照準をとり、水魔法を放った。
細く絞られた水弾は影を置き去りに飛び、魔物たちの隙間を抜け、松明に着弾する。
直後、回廊に影が差し、一斉に視線がそちらへ集まった。その隙にアークは、素早く俺たちを誘導した。
先は長い。極力、戦闘は回避したほうがいい。ガリュウはアークに駆け寄り感謝を述べ、先導役を頼んだ。
その後もアークは、微動だにしないオーガを土人形でおびき寄せたり、横一列で行く手を塞ぐトロールに風魔法で睡眠薬を乗せて飛ばし眠らせたりして、戦わずに俺たちを導いた。
だが、無数の魔物がひしめく巨大なホールが現れ、道を阻む。身を隠す場所はなく、回避は不可能に思えた。
皆が立ち止まり、戦いに備える中、アークが俺に近づく。
「スカイ、ちょっと考えがある。協力してくれる?」
手招きするアークに眉をひそめて近づくと、そっと顔を寄せて耳打ちした。隠す必要はないが、不意打ちで見せたほうが面白い内容だった。
ぜひ試したいと思った俺はニヤリと笑って頷く。アークも笑みを返し、皆に声をかける。
「みんな、提案がある。俺とスカイで道を作る。合図したらまっすぐ出口まで走ってほしい」
一同、首を傾げる。目の前には無数の巨大な魔物が立ちはだかっている。俺もアークも超特級魔法は持っていない。
この数を一瞬で殲滅するなら、それほどの魔法が必要だ――誰もが分かっているからこそ、困惑の色が浮かぶ。
誰も口を開かない中、ガリュウが告げた。
「分かった、任せた。だが無理だと思ったらすぐ言え。全員で対処する」
俺とアークは大きく頷いた。
ガリュウとライデンさんが女性陣の荷を受け取り、すぐ走れる態勢を整える。それを確認し、俺は腰を落として重律槍を構えた。
アークが穂先に油を垂らす。俺は水魔法で薄膜を張って油を固定し、さらに魔力を槍へ込める。
かすかに切っ先が震え、魔力が大気に滲み、火花を散らす。ほんの少し神気も混ざっている。
限界近くまで魔力を溜めた槍に、アークが水魔法を重ねる。穂先の油が水渦に巻かれて周囲で回転を始めた。
俺とアークの視線が重なる――その瞬間、渾身の力で槍を突き出す。
切っ先が閃き、大気を切り裂く。油をまとい螺旋を描く刺突は、砂塵を巻き込みながら巨大化していく。
魔物の群れに届く刹那、アークが魔法を展開した。
「火炎の柱」
突如、凶悪な暴風炎へと変わり、オーガやトロールを飲み込み、切り裂き、燃やし尽くす。
炎の竜巻は勢いを衰えさせず突き進み、出口の巨大な扉に激突――大爆発。
轟音のあとの静寂。焦げた匂いが鼻をかすめ、我に返る。熱波で頬がひりつき、突き出した腕が痺れていた。
呆然と佇む俺の隣で、アークも合図を忘れ、放心していた。
◆
茫然自失の二人を見て舌打ちする。だが、それより今はここを抜けるのが先決だ。すぐに魔法を展開する。
「風陣の防壁」
大量の魔力を込めた防壁が、俺たち六人を風の膜で包む。煙と熱が遮られたのを確かめ、大声で叫ぶ。
「ぼうっとするな、走れ! すぐに部屋の空気がなくなるぞ!」
その言葉にアークが反応し、膝をついたスカイを起こして肩を貸す。ガリュウもサラとフォルテに声をかけた。
全員を見渡した俺は、魔法を維持したまま指示を飛ばす。
「俺は先頭だ。殿はガリュウ。フォルテはもし俺の結界が解除されたら代わりに展開してくれ。サラは、スカイが大丈夫か走りながら見てくれ。
それとアーク、合図のことは気にするな。フォローは俺の役目だ。行くぞ!」
皆が頷くのを確認すると、すぐに黒煙の渦巻く闇の中へ突っ込んだ。
――――――――――――
走り続け、やがて出口へ着く。運よく瓦礫は吹き飛び、道は開けていた。急いで通り抜け、煙の届かない場所まで来てから魔法を解除する。
全員が肩で息をする中、俺はスカイとアークを呼んだ。
「おい、お前たち。どういうつもりだ。なぜあんな魔法を使った。……いや、使うのはいい。だがな、あんな危険な手は必ず伝えろ!」
アークはすぐに頭を下げて謝罪した。だがスカイはどこか納得がいかない顔だ。どうやら、どれほど危険だったか分かっていない。
ため息をこらえ、スカイを見据える。
「スカイ、あのままいたらどうなったと思う。俺たちは全員、酸欠か煙の毒で倒れていた。空気の流れが悪い密閉空間での火は危険だ。魔力だけを燃料にするならまだしも、さっきのは違う。酸素が奪われ、空気が燃え尽きかけていた」
ようやく気づいたようで、スカイはアークの隣に並び、深々と頭を下げて詫びる。
「すみませんでした、ライデン団長! 普段から教えてもらっているのに、気づきませんでした!」
その言葉に安堵する。まだ若いが、すぐ間違いを認める素直さがある――俺は息を吐き、二人に告げる。
「分かったならもういい。これからは、必ず一声かけろ。……まあ、結果的にはあの部屋の魔物は全滅したわけだがな」
肩をすくめて、二人の頭を軽く叩く。かすかな風が通り抜け、焦げた匂いをさらっていった。
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