とある騎士の回想
陽が沈もうとしている。それなのに、あの時と同じ色に染まらない。
幾度も駆け抜けたこの地にも、緑が侵食しようとしているのだろう。
この地に生まれ、この地で生きてきた。当たり前のように、馬に乗り、剣術を習い、騎士になることが自分の役割だと。
それはきっとここが争いの絶えない場所だからだろう。ある者はあの白木が境だと言い、またある者はあの花が咲いている辺りだと言う。その見えない境を巡ってこの地は、多くの時間と、多くの犠牲を払ってきた。
想定外の事が起きていると感じた。地鳴りと馬の嘶き。突発的に始まる戦い。怒号が飛ぶ。動揺が波のように広がってゆく。
意表を突く作戦だと聞いていたが、なぜ相手も同じ事をすると考えなかったのだろうか。
混乱が次の混乱を生み、隊をまとめるのは不可能だろうと経験が囁く。幼馴染みの名前を呼べば、焦った声が返ってくる。向かってくる者を凪ぎ払い、叫び、駆ける。留まれば死に近づくことは肌がよく知っている。とにかく駆けなければ。
唐突な話だった。
結婚の相手は仲の良い幼馴染みかと思っていたら、幼馴染みの兄の方だった。その男ならまあいいかと思った。
男は剣を教えてくれた。馬を操る方法を教えてくれた。いつも幼馴染みと一緒に大きな背中を追いかけていた。男は誰よりも背が高く、そして誰よりも強かった。
それなのに、、、
砦をくぐり抜けた先にいるはずの男の姿を見つけられなかった。
多分、そういうことなのだろう。
ゆっくりと陽が沈もうとしている。駆け抜けてきた大地が染まってゆく。砦の上からはよく見渡せた。乗り手を無くした馬が佇んでいる。ゆらゆら揺れる兵の、長く延びた影が近づいてくる。陽が昇れば“いろいろなもの”を回収する荷車の列を目にするだろう。この地はそういう場所なのだ。戦の匂いに慣れなければいけない。
隣で幼馴染みが綺麗だと呟いた。そうだね、と声にならなかった。
何となく彼がいてくれてよかったと思った。
あれからここは停戦をして小競り合いをし、また停戦をしては小競り合いをすることを繰り返している。束の間の休息が束の間にならなくなってきて、うまく笑えなくなった。落ち着かない、と正直に打ち明けると幼馴染みは「俺は恐いよ」と言った。
二人でたくさんの人を見送ってきた。親しい人も、愛する人も。墓地へと続く長い行列があった。嗚咽と啜り泣きがあった。この地へ多くの時間と多くの犠牲を払ってきた。
「でもきっと良いことなんだ」
そう言って幼馴染みは笑おうとしたのか、変な顔をした。
少しだけ思い出そうと思う。幼馴染みの兄であり、夫になるはずだった男のことを。そういう夕暮れを過ごそうと思った。