ざんねんでした
静かな廊下に聞こえる俺の声は、思いの外低く冷たかったのだろう。
小さな肩をびくりと震わせ、か細い声で"嘘じゃない"と呟く坊ちゃんに隠しもせず何度目かの溜息を吐き出す。人間って本当に面倒くさい、あ、それはほかの生き物もか。
「だって此処旦那様の部屋じゃん、何でもないは嘘でしょ。坊ちゃんはまだ子供なんだし、悲しくなったり寂しくなるのを誤魔化す必要なんて」
「違う!!!!!!」
子供でも子供なりのプライドがあるのだろう、寂しのなら、悲しいのなら泣けばいいのに何を無駄な意地を張っているんだ。
そんな呆れた感情からペラペラと回る口を遮る様に響く大声に双眸を見開き目を丸める、坊ちゃんがこんな大声を出すのは初めて聞いた気がする。
ぽかんとした表情で坊ちゃんを見つめていれば、体を震わせ瞳からポロポロと大粒の涙を流しながら坊ちゃんは口を開く
「違う、違うよ…だって僕は、僕は父様の子供だから。だから、さびしくなんてない。悲しくなんてないよ、僕が、頑張るんだ。これからは、僕が強くなるんだ。…僕がやらなくちゃ」
坊ちゃんのふっくらとした丸い頬に沿って流れ落ちる涙は廊下のカーペットを濡らしていく、この人間はわかっているんだろうか、声を震わせ吐き出す言葉とその表情が一切合致していないことを。その言葉は俺に対して言っているのではなく、自分自身を言い聞かせる為に言っているのだと何故分からないんだろう。
嗚呼、なんて愚かなんだろう。
やっぱり、人間は馬鹿だ、馬鹿で、哀れで、脆い生き物なのだ。
「……アモン?」
「ねぇ、坊ちゃん。なんで急にそんなこと言うの?誰かにそう言われたの?」
不意に頭の上に置かれた手に気付き、不思議そうに己を見上げ名前を呼んでくる坊ちゃんに出来るだけ優しい声で問いかける。
すると坊ちゃんは首を緩く振りながら答えた。
「違うよ、僕がそう思ったんだ。それに、みんなも僕と父様はすごく似てるからきっと大丈夫だって言ってくれたんだ。」
だから、頑張るんだ。なんて言いながら坊ちゃんは小さな手には不似合な指輪を大切そうに握りしめる、その指輪は元々旦那様が持っていたものだ。俺はその場にいなかったが、確か執事長からは旦那様が坊ちゃんに託したのだと聞いた。
旦那様は、この指輪はこの屋敷の主の証なのだろ言っていた。自分の死期が近いと分かったからこそ、この指輪を託したのだろう。
「ふーん、そっか。…でもさあ、坊ちゃん」
柔らかな黒髪を優しく撫でてやる、そうすれば大きな瞳が心地よさそうに、安心するように細められていく。
ふふ、なんだか坊ちゃん猫みたい、そのうちゴロゴロなんて喉でも鳴らしそう。
なんて考えながら笑顔を浮かべたまま俺はゆっくりと口を開く
「旦那様に全然似てない坊ちゃんには無理だよ、だって弱いもん。」
静かな廊下に、ひゅ、と短く息を吸う音が聞こえた。