さようなら
ザアアと激しい音を立てて雨が降り注ぐ。
上を見上げれば曇天の雲は重く、空を覆いつくしていた。
どうにも俺はこの天気と縁があるらしいとぼんやりとした頭で考える、そのまま視線を巡らせれば周りはみな棺の前で泣いていた。
ある者は泣き叫ぶように、ある者は声を殺して泣いている。沢山の生き物たちが旦那様の死を嘆いていた。そんな周りの様子を見つめながら俺は自分の心が冷えていくのを感じた。
(_____嗚呼、人間ってこんなに脆いのか)
何処か落胆するように、何処か納得するように頭の中で考える。
数か月前までは見えていたあの笑顔も、もう見れることはない。
最後に俺が見た旦那様の顔は、蝋の様に白く、体は氷や雪とは違う冷たさを持っていた。
ある生き物は言った、沢山の花に囲まれて穏やかに眠っているように見えるね、綺麗だね、と。
そんな声を鼻で嗤う、俺からすれば全くもって綺麗じゃなかったからだ。
偽善者め、"あの人の死"が美しいものだと信じたいだけだろうに。
俺からしてみればこんなにもつまらないものはない。
やむ気配のない雨音を聞きながらゆっくりと心が冷え切っていく、涙なんて出なかった。
それでも降り注ぐ雨のお陰で周りからみれば嗚咽を押し殺し泣いているように見えたかもしれないが。
そういえば、と視線を上げて墓の前に佇んでいる少年の姿を見つめる。
沢山の泣き声が聞こえるのに、目の前の少年からは涙も、嗚咽も、肩を震わせ耐えている様子も見えなかった。
ただ何か覚悟を決めた様に墓を睨みつける姿は、あのよちよちと覚束ない足で必死に歩いていた泣き虫の人間とは似ても似つかなかった。
「ルカ様、体が冷えてしまいます。そろそろ戻りましょう」
「…うん。」
執事長にそう声を掛けられ屋敷へと戻っていく少年の背中を見送りながらふと昔旦那様に言われた言葉が脳裏に過った。
『あの子を、頼むぞ』
なんでこのタイミングで思い出したのだろうか、理由なんて自分自身でも分からないがあの小さな背中を追う様に足が動く。
あーあ、なにしてんだろう俺。こんなバカバカしいお願いを覚えていただけじゃなくこうして動くなんてらしくないなあ。
溜息交じりに苦笑いを浮かべながら歩みを進める、雨に打たれ濡れた服が体に纏わりついて気持ちが悪いけれど、今はとにかくあの小さな背中を追わなければと思った。
屋敷の中に戻れば、あの小さな背中を見つけるのにそう時間はかからなかった。
静かな屋敷の長い廊下、その奥にある立派な扉__旦那様の部屋の前に、少年はいた。
なんとなく、彼が来るなら此処だろうと思った。肌が白くなる程握られた握り拳は微かに震えてて、もしかして泣いてるのだろうかとも思ったがここからではわからない。足音を殺しそっと傍迄近寄れば耳元に顔を寄せる
「坊ちゃん」
「…っわ!?…あ、…アモン」
小さな体が飛び上がり慌てて振り返る姿ににこりと笑顔を浮かべる。
どうやら着替えは済んでいるようだ、髪も乾かしたのだろう先ほど雨に濡れていた時よりも頬に血色が戻ったようだ。
わざとらしく小首をかしげ覗き込むように顔を見つめる
「こんな所でなーにしてるの?また勝手にいなくなったら執事長に怒られちゃうよー?」
「…別に、なんでもない」
唇を尖らせ、拗ねた子供のように顔を反らされる。
嗚呼、子供のようだなんて言ったがまだ目の前の人間は立派な子供だったなと改めて考えれば視線を合わせるべくしゃがんでみる。
そういえば昔、坊ちゃんと話すときは同じ目線で話す様に、なんて言われて怒られたのを思い出したからだ。
そんな俺と視線を合わせない様に顔を反らす坊ちゃんににこり、と笑顔を浮かべる。
「うそつき。」