表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Alice in...  作者: 秋田 友
第一章:鏡の国のアリス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/4

第一章:鏡の国のアリス02

 アリシアは途方に暮れていた。

 右も左もわからないこんな場所でひとり残されて、一体これからどうしたらいいというのだ。

 とりあえず、赤の女王が去った方向へと歩き出して思い出す。


「うしろ向きに進まないといけないんだったわね。いちいち面倒なものだわ」


 悪態をつきつつも、うしろに向かって足を踏み出す。先ほどいくらか歩いたおかげか多少は慣れてきた。

 赤の女王は花畑の方へと去っていったが、アリシアが把握できているのはあくまでその場所から見える範囲だけの進路だ。見えなくなってからのその先はどうしたらいいのかわからない。

 いっそピーターを置き去りにしてアリシアだけが鍵を使って元来た扉から他の国へ行くこともできるが、それは薄情すぎるというものだろう。ピーターとの約束を反故にするつもりはない。


「お城っていったいどこにあるのかしら」


 花畑の真ん中でアリシアはぽつりと溢す。するとどこかからクスクスと控えめな笑い声が聞こえてきた。その声はどこか馬鹿にしているようにも思える。


「誰かいるの?」


 アリシアはあたりを見回すが話ができそうな存在はどこにも見当たらない。


「あらあら、まだ気づかないのかしら。おバカさんねぇ。ここよ、ここ。足元をご覧なさい。そしてその足を退けなさいな」


 言われた通りに足元を見ると、そこにはオニユリが咲いていた。アリシアが踏んでいたのはその隣に咲いている名前も知らない花の葉だった。


「痛いってさっきから泣いているじゃない。早く足を退けてちょうだい」


 どうやら先ほどから声をかけてくれているのはこの花のようだ。


「ごめんなさい、気づけなくて」

 アリシアは足を退ける。そして何もない場所にそっと足を下ろした。


「花の声は小さいものなの。よく耳を澄ませないと聞こえすらしないのよ」

「そうね。あなたの声はよく聞こえるけれども他の声は聞こえないわ」


 オニユリは得意げにその花弁を震わせる。


「アタシはアリシア。よろしくね、オニユリさん。ところで訊きたいことがあるのだけれど」

「アリシア。素敵な名前をありがとう。オニユリだなんて呼ばれたこともなかったわ。ええ、どうぞどうぞ。知っていることなら何だって教えてさしあげるわ」

「アタシ、お城に行きたいんだけどその道が分からないの。さっき赤の女王がここを通って行ったと思うんだけど、アタシはそれを追いかけているの。どうしても急いでチェスをしに行かないといけなくて」

「お城へ行く理由なんてみんなそんなものよ。誰かが罪を被ったのかしら? でもごめんなさい。生憎とワタシはここに根付いてから動いたことがないものだから、道順は知らないの。けれどこの道のずっとむこうに見えるあの棘を持つ方なら何か知っているかもしれないわ。たくさんの茎や葉を伸ばしていらっしゃるようだから」

「そうなのね。ありがとう。実は、アタシと旅をしている友達が罪人だって言って連れて行かれちゃったの」

「あのウサギさんかしら? そういえば赤の女王がハンプティ・ダンプティの誘拐犯を探していたわね。そのことかしら」

「そんなことを言っていたわ」

「あら。それなら早く行かないと。ご武運を。アリシア」

「ありがとう、心優しいオニユリさん」


 *


 オニユリと別れたアリシアは再び歩みを進める。先ほどオニユリが言っていた棘を持つ方、というのは恐らくバラのことだとアリシアは推測する。現に遠くに見えているのは花畑のマスを区切るように茨を伸ばしているバラだった。

 遠くに見えているバラの垣根は見かけほど遠くはなかった。


「ねえ、お城までの道を教えてくれる?」


 赤い花弁を撫でながらアリシアが声をかける。しかしバラからの返答はない。声が小さいのかと思って、アリシアはよく耳を澄ませる。


「あなたは話せないの?」


 その問いにもバラは答えない。


「困ったわ」


 アリシアは垣根沿いに咲いている花々に手当たり次第声をかける。しかしどの花からも返答はない。


「そいつらに話しかけたって無駄さ」


 唐突にした声の方を見ると、一輪だけ白いバラが咲いていた。オニユリとは違った低い男性的な声だった。


「お前さん、さっきからそうやってずっと話しかけ続けているんだろ? 向こうから歩いてくるのが見えたよ」

「ええ。でも誰も答えてくれなくって」

「赤い奴らは高慢ちきだからな。小娘と口を利くのはプライドが許さないんだろうよ。気高いことで、結構結構」

「あなたはアタシと話してくれるのね、白バラさん」

「ただの気紛れさ。飽きたら止めるよ。俺のことを白バラなんて奇妙な呼び方をするんじゃない。俺は俺さ」

「ごめんなさい。アタシはアリシア」

「そうかい、お前さんは名前があるんだね、アリシア。赤の女王の城へ行きたいんだって?」

「ええ。でもどうやって行けばいいのかわからないの」


 白バラは不意に沈黙する。


「俺はそれを知っている。知っているけれど、ただで教えるわけにはいかないな。俺の頼みを聞いてくれるなら教えてやるよ」

「わかったわ。何をしたらいいの?」

「俺を赤く染めてくれ。俺は赤い奴らの中でひとつだけ白い。赤の女王に見つかれば切られちまうだろうよ。秩序を乱したって理由でね」


 あの物言いをする人ならそうしかねないとアリシアも思う。


「白を、赤に……」


 アリシアは腕を組んでしばし考え込む。ここは花畑であたりにはペンキも絵の具もない。赤バラの花弁を搾り取っても赤い汁が出るわけではないし、何より意思を持つ花を摘み取るのは抵抗があった。


「赤の女王は、白を目の敵にでもしているのかしら」


 ピーターも白ウサギだし、このバラだって白い。白が罪になる国なのだろうかとアリシアは考える。

 染めるものがないのなら、持っているものでどうにかするしかない。


「アタシが持っているものの中で赤いものっていったら――」

 少し唸っていたアリシアは急に閃く。


「わかった、こうすればいいんだわ」


 アリシアは手近な茨を力いっぱい握りしめる。トゲが刺さって顔を顰めるアリシアに、白バラは動揺した。


「おいおい、何をしているんだ。血が出ているじゃないか」

「何って、あなたを赤くするのよ」


 アリシアは血の滲む左手で白バラの花弁を撫でる。

 みるみるうちに花弁は染まり、白は赤へと変貌を遂げる。


「これであなたは白じゃなくなったわ」


 アリシアは得意げに微笑む。元白バラは予想外の解決方法に絶句していた。


「ああ、ああ、なんてことだ。まさかこんな形で頼みを聞いてくれるとは思わなかった。傷が痛むだろう」

「痛くないと言えば嘘になるわね。でも大したことはないわ」


 アリシアはポケットから取り出したハンカチで器用に傷口を覆う。


「赤は赤でも同じ赤じゃない。奴らよりも数段深い、いい色だ。ありがとうアリシア。気分がいいからおまけも教えてやるよ」


 元白バラがフルフルと花弁を震わせると滴った血の残りが地面に落ちる。


「そんなに喜んでもらえるならアタシも嬉しいわ」

「お前さんは見たところ、この国の住人じゃあないな」

「ええ、白ウサギの友人と旅をしているの」

「そうかそうか。じゃあどうして赤の女王がチェスなんかで白黒決めようとしてるのか知らないよな」

「ええ。友達が連れて行かれちゃったこともね」

「そっちの理由はよくわからないが、チェスについては教えてやるよ」


 赤の女王は何かにつけて罪をでっち上げるんだ。そうしてチェスで有罪か無罪かを決める。勝った方の言い分が通るんだ。有罪になったら首を刎ねられるから、みんな必死にチェスに挑むんだが、未だかつて赤の女王に勝ったって話は聞いたことがないな。


「相当強いってこと?」

「俺はチェスに詳しくないから知らないが、そうなんじゃないか? あとは噂話程度にしか知らないが、負けが迫ってきたせいで焦って指し手を間違えて、それをルール違反として首を刎ねたという話も聞いたことがある」

「酷い話ね」


 まったくだ、と元白バラは震える。

 ルール違反は即処刑――厳格なルールだとアリシアは思う。


「それで、城への行き方なんだが、複雑だからよく聞けよ」


 元白バラは一本の茨を伸ばして方角を示す。


「この垣根を越えると駅がある。列車に乗り込んで二マス分進むといい。そのあとは真っすぐ進むだけだ。誰かのマスで運悪く捕まるかもしれないが、そいつらはだいたい無視していい」

「わかったわ。」


 何が複雑よ、進むだけじゃない、と思ったがアリシアは言葉を飲み込んだ。


「気をつけろよ。赤の女王は冷淡にして冷酷で残酷な女だ。お前さんが考えもしないような卑劣なことをしてくるかもしれない。お前さんの無事を祈るよ、アリシア」

「ご忠告ありがとう」


 *


 アリシアは先ほど聞いた通りにバラの垣根を越える。少し歩けばすぐに駅は見つかった。

 駅は無人で車掌がいなければ切符を売っている様子もない。アリシアは停車している列車にそのまま乗り込んだ。

 すぐに列車は動き出す。

 乗客はまばらに座っている。

 新聞を読んでいる紙の服を纏った老紳士風の人や、草を喰むヤギ、果てには樹液の瓶を大切そうに抱えたカブトムシまで座席で静かに座っている。

 アリシアはそのうちのひとりに目が留まる。肌も髪も服も純白の老女。彼女は品のいいドレスの上にショールを纏い、頬杖をついて開いた窓の外を眺めている。

 アリシアも空いている座席に座って外を眺める。列車はすごい速さで景色を送っていく。大河を渡るそのときの景色は圧巻で、アリシアは見惚れた。


「お嬢ちゃん、いいにおいさせてるね」


 不意に聞こえた声にアリシアは通路側を見る。しかしそこには誰の姿もなく、アリシアは首を傾げた。


「相席失礼するよ。ねえお嬢ちゃん、急ですまないが、少しばかりその血を分けてくれるかい? 食事のタイミングを逃してね、この通り腹が減っちまったのさ」


 ふわっと風が起きて、アリシアに向かい合う席に声の主が座る。それは大きな蚊だった。


「さっき止血したばかりだから少しだけね。代わりに話し相手になってくれる?」

「そのくらいなら、喜んで」


 蚊は差し出されたアリシアの手をまじまじと見て、まだ血が止まっていない場所から静かに血を吸い出す。慎重に吸い出してくれたおかげで痛みはほとんどなかった。


「ありがとう、お嬢ちゃん。おかげで生き倒れなくて済んだよ」

「力になれてよかったわ」

「お嬢ちゃん、見ない顔だけど他の国からやってきたのかい?」

「ええ、友達と旅をしているの。でも到着早々、赤の女王に友達が連れて行かれちゃって。ハンプティ・ダンプティがどうのって言っていたのだけれど、ハンプティ・ダンプティってなんのことかあなた知っている?」


 蚊は腕組みをして答える。


「あまり詳しくは知らないけど、確か落ちた玉子だったかな」

「落ちた?」

「そうさ。壁だか塀の上から落ちたらしい。割れたって噂もあるね」

「それが罪になるの?」

「知らないよ。誰かが突き落としたのか、自分で落ちたのか。でも赤の女王はそのことで誰かを捕まえたがってはいたね」

「赤の女王は誘拐犯って言っていたけれど」

「落ちたあとに誰かが運んだんなら、そりゃあ誘拐犯だと思うかもね」

「落ちたことと誘拐されたことは別のことだわ」

「詳しいことも難しい話も私にはわからんよ。何にせよ、赤の女王が誘拐って言ったのなら誘拐なんだろうよ」


 そういうものかしら、とアリシアは口を噤む。

 列車が速度を落として停車する。そのときに巻き起こった風で純白の老女が纏っていたショールが飛ばされた。アリシアは思わず立ち上がってそれを掴む。


「ありがとう。助かりました」


 老女はゆっくりとアリシアのもとへやってくる。


「いいえ、お役に立てて光栄よ」


 ショールを受け取り肩にかけた老女は、また同じ席に戻ってぼんやりと外を眺める。


「あんたは優しい子だね」

「そうかしら」

「城に行くならここで降りな。あとは真っすぐ進むだけさ」

「ここでいいのね。ありがとう」

「気をつけて行きなね」

「ええ」


 アリシアは蚊に手を振ると列車を降りた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ