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輝理と影臣  作者: 在江
第一章
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帝都見物

 「はああ。立派なものだねえ」


 輝理(きり)は、数年前に完成なったホテルを眺め、声を上げた。


 お堀に面して、アーチの連なる煉瓦(れんが)造りの威風(いふう)辺りを(はら)う建物は、外国人をもてなすため、との政府のお触れ通り、日本人とは見目(みめ)の異なる人が、多く出入りしていた。


 ホテルとは、異国様式の本陣(ほんじん)である。髪色の明るい人が多く、遠くから見ても区別がつく。


 「輝理さん、せっかく洋装なのに、それじゃ田舎者丸出しよ」


 (みお)が言い、影臣(かげおみ)に無言で(にら)まれ、下を向く。


 日頃和装で過ごす身であるが、一時期学校の制服が洋装であったこともあり、外国人の多い場所へ出るに当たって、出立(いでた)ちを合わせてみたのである。


 「田舎者は本当だもの。いいのよ。玄丈(げんじょう)さん、連れてきてくださって、ありがとう」


 「どういたしまして。輝理さんの進学祝と思って」


 「それと、澪の分も」


 付け加えたのは、姉の清可(きよか)であった。澪が顔を上げる。


 「そうだな、澪もお祝いだ」


 玄丈が引き取った。


 市内、日比谷(ひびや)の辺りへ来ていた。


 ホテルとやらは、その立派な建物に限らず、そのあたりにいくつか開業していた。幾分(いくぶん)小ぶりではあるものの、いずれも異国情緒を(ただよ)わせる造りである。


 堀を(へだ)てた向こう側の木立(こだち)は、練兵場跡地(れんぺいじょうあとち)である。公園にする予定を、意気込みが過ぎて仕様が決まらず、現在内部は空き地らしい。


 北の方を見やると、宮城(きゅうじょう)を脇にしたその(はる)か向こうに、如何にも異国風な丸い屋根を持った、何かの建物が、ぽつんと建っているのが見える。



 名目は、藤野家当主の輝理が、女子高等師範(こうとうしはん)学校へ進んだ祝いである。ただ、同い年の澪も進学しており、向坂家も祝われる側である。


 日頃(ひごろ)、寮生活と学業に真面目に取り組み、他校の寮祭(りょうさい)などにもろくに出ない輝理を、連れ出す口実であった。


 江戸から東京と名を変えた街は、看板ばかりか土ごと入れ替わる勢いで、変化を続けていた。法律や制度もころころ変わる。


 「澪が(うらや)ましい。私の頃には、女子の高等師範がなかったからなあ」


 清可が言う。師範学校を卒業し、すでに教職にある。輝理たちの先輩に当たる。


 「姉様も、一緒に試験を受けたら良かったのに」


 「また新たに奉職義務(ほうしょくぎむ)を負うのは御免(ごめん)だよ。ようやくあと一年までこぎつけたのに」


 女子師範学校を卒業した生徒は、最低五年間、そのうち二年間は文部省が指定した学校で、教師を務めなければならない。これを奉職義務という。

 

 「影臣様は、学校が近かったから、この辺りには詳しいのでなくて」


 澪が話題を変え、自らの(あるじ)に問いかけた。


 「移転して数年になる。その頃とは大分違う」


 主は穏やかに答える。その視線は、彼の(あるじ)である、輝理に据えられている。

 澪が手を伸ばすと、その指先が主に触れるより先に、清可が、すっと身を割り入れた。


 「ご当代様のお住まいに近くなられて、安心いたしました。私も卒業後は、しばし離れざるを得ませんでしたから」


 輝理がその昔、尋常(じんじょう)中学へ進学させるよう青柳家に説いたおかげで、影臣は私塾にも通わせてもらい、大学の予科へ進むことができたのであった。


 彼が上京したのはもちろん、主の輝理を追ってのことである。その後めきめきと学力をつけた守護人は、高等中学に合格し、現在大学生となっていた。今日も玄丈共々、制服で来ている。


 黒いマントが(ひるがえ)る度に、その下に並ぶ金ボタンが日差しに輝き、衆目(しゅうもく)を集めるのであった。如何に帝都に大学が増えたと言っても、まだまだその存在は珍しい。


 守護人の影臣がおらずとも、その配下である澪が同級生で、姉の清可も常に先輩として近くにあったので、輝理には不便を感じなかった。


 清可の卒業後は、澪が一人で任を負うことになったが、女ばかりの寮生活において、命の危機を感じたことはない。

 それに清可も、今は隣の附属女学校に奉職している。


 どのみち男の影臣は、寮にも学校にも立ち入れない。

 側近は優秀な方がいい、と言ったのは確かに輝理ではあるが、思った以上に守護人が発奮(はっぷん)したことは、少々計算外であった。



 当主の輝理は、地元に弟の次春(つぎはる)を残している。幼き頃より(よろず)に秀で、尋常中学へ上がった今でも、その才は衰えない。


 母などは、未だ次春の当主に未練を残すように思われる。これも、輝理が女で弟が男であるからである。気持ちはわからぬでもない。


 例えば、つい先ごろ行われた選挙である。政治に直接参加する議員を、国民の代表として、票を投じて決めるのだ。


 その選挙で投票できるのは、税金を十五円以上納めた二十五歳以上の、男子、と法律に明記されている。これでは、いくら輝理が家産を増やしても、藤野家は政治に影響力を及ぼせないではないか。


 儀式にて輝理が戸主(こしゅ)となったのも、例外的な措置(そち)であった。本来戸主は男子、とこれも法律に定められている。


 初めて選挙が実施されると決まった時、輝理は既に上京しており、師範学校へ進学する予定であった。当面は郷里へ戻れない。そこで、父の輝晃(てるあきら)と話し合って、戸籍上の戸主を父へ戻すことにした。


 藤野家として、投票権を持つことが重要である、との認識で一致したからである。理解はしたが、輝理としては屈辱を覚えずにはいられなかった。

 以来三回も実施されたが、ころころ変わる学制や徴兵制と違い、選挙制度はそのままである。


 現在に至るまで輝理が東京で勉学を続けるのも、同程度の女子の教育機関が、郷里にないからである。

 それもこれも輝理が女だからで、次春が当主であれば、あれもこれもせずに済んだ、と母が思ったとしても、道理である。母を責める気にはなれない。が、当主を譲る気もない。


 己を取り巻く状況を考える度に、輝理は腹立たしさを覚えるのであった。



 父の代に起きた、(そなえ)の一斉死亡事件について、今の輝理は、当時より少しだけ事情を知っている。


 叔父の継尚(つぎなお)が、藤野家当主になるためには、父だけでなく、輝理と次春をも(めっ)する必要があった。

 彼は、己の守護人を使って、ほとんどそれをやり遂げるところだったのだ。当主の守護人である影治(かげはる)が防がなければ、死んだのは輝理の方である。

 成功していれば、間をおかずして、影臣も殺されただろう。


 彼の忠義が過ぎる部分は、その頃の経験から発していると見られた。輝理は全く記憶にないが、当時の(おのれ)が、彼に何かしらの感銘(かんめい)を与えたらしい。


 側に控えることを無意味とは言わないが、輝理としては、一人ぐらい地元に残って、次春や母の動向を見張って欲しかった。

 今や守護人も、その配下二人も、主の側に(はべ)っているのである。



 「そろそろ吹上御苑(ふきあげぎょえん)へ向かおうか」


 宮城(きゅうじょう)の一角が、週に一度、有料で公開されていた。


 玄丈の一言で、一行は人力車へ乗り込んだ。玄丈が、それぞれに妹たちを乗せてやる。澪は素直に手を預けたが、清可は自力で飛び乗るようにした。代わりに手を貸そうとした車夫(しゃふ)が、慌てて梶棒(かじぼう)を押さえる。


 「そのような振る舞いでは、嫁の貰い手がないぞ」

 「ご心配なく、兄様。予定はございません」


 やれやれ、と妹たちを見た玄丈は、輝理をチラリと見てから自分の車へ乗り込んだ。


 「お気になさらず」


 輝理に手を貸しつつ、影臣が(ささや)く。目敏(めざと)い。


 玄丈が暗に、輝理へ結婚を急かしたことに気付いている。

 輝理の子が十歳となれば、当主を引き継げる。影臣は隠退(いんたい)し、主を失った清可と澪も解放される、という訳だ。


 「言われるまでもない」


 短く返す。向坂の娘二人は、影臣の配下である。理屈の上で、彼女らの進退は、輝理と関わりのないことである。


 「失礼しました」


 守護人は、嬉しそうに口角を上げ、己を待つ人力車へ向かった。その背に尻尾が見えるようだった。やはり犬に似ている。

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