僕は缶コーヒーで彼女を救うが、本当に救われたのは僕だった
僕はしがない会社員、好井恵瑠30歳。昼食後に缶コーヒー片手に喫煙所でぼーっとするのが日課である。
「好井先輩って、マジ終わってますよね」
そんな陰口というよりは表口も聞こえるが、反論する気も無い。だって、それは事実なのだから。辛うじて髭は毎日剃っているが、髪型などには無頓着。シャツも毎日変えているけれど、ちょくちょくクリーニングに出しているスーツは5年前の物だ。今はあの頃よりも痩せてしまっているので、着せられている感が半端ないのだ。
「恵瑠、いい加減しっかりしなよ。もうあの事故からは5年も経つのよ」
仕事終わりに同期の比魯院瑚乃子に無理矢理に飲みに連れて行かれた居酒屋で一方的に責められていた。僕は反論しない代わりに全てを聞き流すのだった。僕にとって喜美我巣貴代を失った痛みは少しも和らいでいないのだから。
「うっ、頭が」
頭が酷く痛い、瑚乃子の正論を酒に逃げて躱していたので飲み過ぎてしまったのだろう。正直、それすらもどうでも良い事に思えた。
「大丈夫? 顔色悪いよ。恵くん」
僕はハッとして顔を上げた。そこは酔っ払い共が満ちている安居酒屋ではなく、街灯に照らされた公園に変わっていたのだ。そして、どれ程焦がれただろう声を発しているのは間違いなく貴代本人であったのだ。
「なんだ。夢か。ははっ、でも、嬉しい。会いたかったよ。貴代ちゃん」
「何言ってるの。さっきからずーっと一緒じゃないの」
屈託なく笑う貴代を見れば夢でもなんでも良くなってしまった。
「なあ、童心に帰って缶蹴りしないか」
その声で今が5年前のあの冬の日である事に気付いた。高校の同窓会があって、三次会まで残ったメンバーで四次会と称して公園で語り合っていた時に缶蹴りをする事になったのだ。酔っ払いが千鳥足でやる缶蹴りはなぜだか盛り上がっていた。
あの時までは。
鬼だった貴代がアルミ缶に足を乗せた時に缶は潰れたのだ。走っていた彼女はそれでバランスを崩して転んでしまった。不幸にも倒れた先に遊具があった。それに頭を強打して彼女は帰らぬ人になったのだ。
「待て待て! 鬼は僕からだ」
僕は手にしていた缶コーヒーを飲み干すと地面に置いた。
「恵瑠、起きて」
目を覚ますと居酒屋だった。お会計を済まして外に出ると熱帯夜の街が僕らを迎えた。
「明日は、あの子の命日なんだから寝坊はダメよ」
3年前に病死したあの子の墓参りに行く予定だ。
その後で思いを伝えよう。僕は前へと歩き出すのだ。






