短編 悪役令嬢物風読み切り少年漫画系小説テンプレ盛り
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とある世界のとある国、今宵は貴族の子息子女の学び屋の卒業記念パーティー、豪華絢爛な宴の席には煌びやかな衣装に身を包んだ生徒達が学生最後の時間を大いに楽しんでいた。
「貴様との婚約は今この時を持って解消とする! そして貴様は追放だ!」
だが、その様な空気を打ち消す怒声、多くの者が気分を害して声の主が誰なのかを探るも、それが王座を約束された第一王子だと知るやいなや素知らぬ顔で揉め事の起きている場所から遠ざかる。
火の粉が及ばぬように離れつつも何か利になる事、今後に関わる事かと注視する者や興味本位の者が入り混じる中、再び怒号が響き渡った。
「私の愛しいシャルロットに対する数多くの悪逆非道な行為を認めろ、チェリー!」
「はぁ、私が苛めた覚えは有りませんけれど、証拠があって仰っていますのよね?」
王子の背後には男爵家の令嬢であるシャルロットが庇われるようにして、立っており、王子には見えないように勝ち誇った笑みを浮かべている。
一方、怒声を向けられているのは王子の許嫁で公爵令嬢のチェリー。
扇で口元を隠しながら冷ややかな視線を二人に送り、それがますます王子の怒りを買っていた。
「シャルロットが貴様に散々嫌がらせをされたと証言しているぞ! 今朝も階段から突き落とされる所だったそうだ! 彼女が私を騙すはずがない。何せ彼女は私の子を宿しているのだからな!」
「つまり当人以外に証人も居らず証拠も存在しないと」
「そんな物は不要だと言っているのを理解しろ、馬鹿が!」
王子に肩を抱き寄せられたシャルロットの腹部は僅かに膨れ、彼女は其処を愛おしげに撫でている。
王が決めた相手が居ながら学生の内に他の相手に手を出して妊娠させる、他の国からの留学生が居るにも関わらずの醜聞の公開ではあるが王子は誇らしいとさえ思っている顔だ。
「彼女の腹の子は私の子、つまり王族! その子まで危険に晒すのは王家への反逆に他ならない! 既に馬車は用意してある。貴様など着の身着のままで国から出て行け!」
「審議も無しに公爵家の私に罰を与え、王命での婚約を勝手に解消する事も……いえ、のぼせた頭に何を言っても無駄でしょうね。”心身共に強く美しく”、そんな学園のモットーを忘れた様な常日頃の行いから考えても、”馬鹿に付ける薬は無い”とはまさにこの事。……それでは殿下、もうお会いする事も無いでしょう」
「当然だ。貴様等はのたれ死ぬのがお似合いだ、悪女め! 貴様のような反逆者が許嫁だった事が私の人生最大の汚点だよ」
チェリーが周囲を見れば王子直轄の兵が武器を構えて取り囲んでおり、大きな溜め息を一度だけ吐き出した彼女は王子に背を向けると出口に向かって歩き出した。
冷静な顔を一切崩さない彼女だが、その拳は強く握り締められ震えている。
静まり返る会場、追い立てられて居るとは思えない毅然とした態度で去っていくチェリーの姿を見ながら今後国が荒れる事を危惧する生徒が多い中、先程まで沈黙を貫いていたシャルロットの甘え声が静寂が支配する会場に響く
「殿下、これで安心ですね。もう悪魔のような彼女は帰って来れないのですよね?」
「ああ、これで君と私の愛を阻む物は無い。父上だって孫の事を伝えれば認めて下さる筈だし、公爵家など所詮は臣下の一つに過ぎぬのだから王族の権威で黙らせれば良いだけだ」
正にこの世の華とばかりに手を取り合って見つめ合う二人。
取り囲む他の生徒の中に冷ややかな視線を送る者が居るのにも気が付かずに、王子は自分の世界に入り込んでいた。
そう、王子は……。
「あ~、腹減ったわね。猪でも出ないかしら」
森の中、禄に舗装がされていない道を一人の女性が腹を撫でながら歩いていた。
顔を隠したフードから結われた赤髪が揺れ、腰に差した刀が音を立てる。
西洋風の彼女が二本差しを携えている事にツッコミを入れてはならない、この世界はこんな感じなのだとだけ理解する事、良いだろうか?
兎も角、地面に履き潰した革靴の跡を刻みながら進む彼女は左右の木々を見るが小鳥でさえ見当たらず木の実一つ見当たらない。
空腹からの苛立ちからか鍔を鳴らしだした時、不意に彼女の足が止まり、口角がつり上がる。
「誰か、誰か助けてぇええええええええっ!」
木々の隙間を通って聞こえて来た絹を裂くような幼い少女の悲鳴、その悲鳴より前に別の声が聞こえたのか隙間から姿が見えたのかは分からないが彼女は既に動き出していた。
目の前の木など意にも介した様子も無く走り抜けると抜刀、目前には薬草らしき物を入れた木のカゴを取り落とし、頭を抱えてうずくまる少女と周囲を取り囲む狼。
飢えているのか少々痩せこけた様子が見られ、肋骨が浮き出して目が血走った状態で彼女に向かって一斉に飛びかかった。
トンっと柔らかい草の上に刀の彼女が着地する音、狼達の間を通り抜けて降り立った彼女が納刀すると同時に狼達が血飛沫を上げて地面に転がった。
「大丈夫かしら?」
「あ…え……お姉さんは?」
身に迫る恐怖から逃れようと目を閉じていた幼女は何時までもやって来ない痛みに戸惑い、聞き慣れぬ声に驚いて恐る恐る目を開ければ地面には悲鳴すら上げずに血溜まりに転がる狼達と自分に手を差し出す相手の姿。
「私? 私の名は……チェルシー。そんな事よりも貴女を助けたのはこの私。当然お礼をして貰わないとならないわね」
そのお礼の内容が何か、それは尋ねる迄もなく鳴り響いた腹の音が教えてくれる。
堂々と名乗りを上げた彼女だが台無しであった。
「此処が私の村だよ、チェルシーさん」
チェルシーが助けた幼女の名前はルルネというらしい。
本人の話では両親が居らず、村の人に世話になりながら暮らしているが、役に立ちたいと薬草を集めに森に向かった所で狼に遭遇したというのだ。
行方不明になれば余計に迷惑が掛かるのだと叱られば落ち込む程度には賢い子らしく、村に来るまでは少しだけ落ち込んでみせたものの今は笑顔でチェルシーを案内している。
「随分と寂れているわね。……それに疲れ切っている」
「う、うん。森の奥の村だから。そんな事よりも私の家に行こうよ、チェルシーさん」
「ああ、そうだね……」
取り分け税金が高い訳でも無いが、それでも交通の便が悪い村はどうしても貧しくなってしまう、人材も物資も。
(それにしても何かあったのは確実ね)
村の中を歩いている人の数は少ないが、その誰もが疲れ切った様子で肩を落としながらトボトボと歩き、時折チェルシーに対して警戒と哀れみの混じった視線を向けるも、目が合うと慌てた様子で去っていく。
余所者を警戒しての排他的な感情とは何かが違う、それを感じながら歩くチェルシーは倒壊した幾つかの家と地面や木に深く刻まれた爪痕に目を向け、最後に村の中央に設置された祭壇の様な物を見た。
「お祭りでも有るのかしら? 随分と捧げ物が有るのね」
その上に置かれたのは大量の食べ物、それと少量だが村の大きさからしてかき集めにかき集めたと思われる金品。
「うん、捧げ物なの……」
疑う素振りを出さずに訊ねれば一瞬ビクッと体を跳ねさせるも引きつった笑みで誤魔化しにならない誤魔化しをされるだけ。
「まあ、今は何も聞かないわ。それよりも家に案内してくれないと。雨が降りそうだしね……」
空を見上げれば鉛色の雲が立ち込める曇天、今すぐにでも雨が降りそうな空模様は村の未来を表している様だった。
「糞っ! 糞糞糞糞っ! 何故だ! 何故私がこの様な場所でっ!」
村から少し離れた岩山の洞窟前、ボロボロの元は高級そうだった服を来た男が苛立ちを隠そうともせずに手にした杖を振り回していた。
宝石を咥えたドラゴンの装飾がされたそれからは膨大な魔力が発せられており、男のような見窄らしさとは真逆である。
そんな彼がねぐらにしているらしき洞窟には何処から運んだのか古ぼけたベッドや最低限の家具、森一帯から後先考えずに集めたであろう兎や猪などの獲物や木の実が積み重ねられていた。
「私がこんな所で暮らしていて良いはずがない! そうだ、私が洞窟で暮らしているのにあのゴミ共がどうして家で暮らしているんだ!」
男は何かを思いついたらしく邪悪な笑みと共に立ち上がって村を睨む、その背後では獲物を生のまま食らう音が二つ。
「おい、お前達。明日、税を予定以上に徴収するぞ。私に対する不敬罪だ」
男が背後の存在二つに語りかけると同時に杖のドラゴンの瞳が輝き、耳障りな鳴き声が木霊する。
「ギャギャギャギャッ!」
「ギギゲギャッ!」
小屋ほどもある巨大な体躯にドラゴンに似ているが前脚の代わりに翼が生えた体、知性を殆ど感じない野性的な瞳。
ワイバーンと一般的に呼ばれる怪物が二匹、本来なら従う筈もない男の声に呼応するように翼を広げて叫ぶのだった。
「私、お腹減ってないの。チェルシーさんだけ食べて!」
ルルネの家は隙間風が吹いている小さな物だったが、村自体が貧しいので何処も同じ様な物だ。
床に残った埃から暫く動かして居なさそうな椅子……恐らくは両親の物だろうその片方に座ればルルネはチェルシーの前に小さな皿を三枚出す。
瑞々しさに欠けるリンゴが半分、固そうなパンが二切れにスープ皿の半分ほどの量で僅かに豆が入っているだけの薄いスープ。
村の貧しさを見ても此処まで貧相な物が出るのは以外だったのか少し驚いた様子のチェルシーだが、空腹ではないと語ったルルネの視線が更に注がれているのも直ぐに気が付く。
「貴女も食べなさい。私は大人よ。そんなにお腹は減らないわ。それと豆のスープは嫌いなの」
「えっ、でも私も全然お腹なんて減ってないから……」
チェルシーはパンを一切れ手に取るとスープ皿に突っ込んでルルネに差し出し、リンゴを半分に割ると齧りながら半分を乗せた皿もルルネの方に持って行く。
慌てて突き返そうとすると、今度響いたのはルルネの腹の音だった。
「食べなさい。命の恩人の命令よ」
「う、うん……」
最初は遠慮がちに、それでも食べ進めるにつれてがっつく勢いで食べ進めるルルネ。
その姿を眺めるチェルシーが笑みを浮かべた時、薄い天井板を雨が打つ音が聞こえ、雨漏りが始まる。
雨は徐々に強くなり、やがて喧しい程に大きく音が響く中、ルルネが静かに、それで遠慮するように口を開き……。
「ねぇ、チェルシーさんなら……ううん、何でもないわ」
「そう。だったら片付けて歯を磨いてさっさと眠るわよ」
「じゃあ、私のベッドで……」
「嫌よ。私、寝袋が好きなの」
二人が入れば窮屈で使えなさそうなベッドを一瞥したチェルシーは寝る準備を手際良く始めるが、その寝袋は随分と使い古した様子で床に直に眠るよりは少々マシと言える程度、古い子供用でもベッドの方が遥かにマシだろう。
ルルネもそれが分かっているから迷ったものの、迷っている最中にチェルシーは寝仕度を終えて眠ってしまった。
そしてその翌日、村人達の目を覚まさせたのは雨上がりに大地を照らす日の出の光でも一番鶏の鳴き声でも無く、金属同士をこすり会わせるような不愉快な鳴き声と風が荒れ狂う音、その後で傲慢そうな男の声が響く。
「出て来い、愚民共! 私が来てやったのだ。さっさと出て来て額を地面に擦り付けろ!」
農業に従事する者でも未だ寝ている時間帯から聞こえた声に村人達は叩き起こされ、慌てた様子で家から飛び出す。
その顔に浮かぶのは恐怖、そして怒りだ。
尤も背後に二匹ものワイバーンを従えた男に誰も何も言えず、怒りを悟られぬように言われるがままぬかるんだ地面に額を擦り付けて表情を隠していた。
「さてと、村長要求した通りに村中から金目の物と食料は集めたであろうな?」
どうやら男には隠せたらしく、祭壇の上に置かれた物を満足そうに身ながら笑い、村人の中で一番年齢が高そうな老爺が怯えた様子で口を開く。
「ははっ! 用意しなければ皆殺しだと言われた通り、村中の金品と食料を集めてはいますが……や、約束の時間は今日の正午頃だった筈では?」
「黙れ。何故私が貴様等との約束を守らねばならん? だが、貴様等が私との約束を破るのは論外だ。言ったはずだ、有りっ丈の食料を出せと」
口答えされた事に腹を立てたらしい男が杖を振り上げればワイバンが天に向かって咆哮し、村人達の顔に更なる恐怖が滲む。
「お、お待ち下さい! 私達はちゃんとご用意いたしています!」
「いいや、していない。餓死した者は居ないだろう? つまり私に差し出される弾んだ筈の食料を懐に入れたという事だ。故に罰として……この村は今から破壊する! ああ、勿論命は助けてやろう。それで生きてゆければの話だがな」
再び振り上げられる杖、片方のワイバーンが風を巻き上げ泥を周囲に飛ばしながら向かったのはルルネの家、チェルシーが未だに眠っている場所だ。
「確か余所者が居たのだろう? ついていないな、其奴も」
「チェルシーさん!」
ルルネの叫びも虚しくワイバーンの爪はボロボロの家へと向かい、巨体の体重を持って真上から押しつぶし始めた。
「止めて! お父さんとお母さんと暮らした大切な場所なの! それにチェルシーさんは私を助けてくれた恩人なの!」
「黙れ、小娘! 貴様は見せしめに生きたままワイバーンの餌にしてやる! さあ、来いっ!」
涙を流しての叫びでさえ外道に落ちた男には響かず、逆に怒りを買っただけ。
見ていられず止めようとした村人達はワイバーンの風によって飛ばされ、男がルルネの腕を掴んだ瞬間……家を壊そうとしているワイバーンの首が飛んだ。
「……は?」
思わず持ち上げたルルネの腕を放して呆然とする男の視線の先でワイバーンの首が空中をクルクル回転しながら舞い、首の断面からは血が噴き出す。
頭が雨のせいでぬかるんだ地面に落ちるのと胴体が音を立てて倒れるのはほぼ同時。
「朝から五月蠅いと思っていれば、貴方でしたか殿下。いえ、元・殿下でしたね」
「貴様、何故それ…を……」
ワイバーンの胴体の上に降り立った彼女に向かって風が吹いた事でフードが外れてチェルシーの顔がハッキリ見えた時、彼女の言葉に憤怒の表情を浮かべていた男……元王子の顔は驚愕に染まった。
「貴様はチェリー!」
「おや、懐かしい名前ですね。貴方に追放された……いえ、追放して頂いて趣味の剣術に打ち込む旅に出た事を切っ掛けに名前を変えたのですが、親から貰ったその名前で呼ばれるのも感慨深い物がある」
元王子とは違いチェルシー……いや、元公爵令嬢チェリーは腕を組んで数度頷くばかり。
全く違う二人の会話に入って行けない村人達ではあるが、ワイバーンを操り自分達を脅していた男が王子だったという情報が飲み込めないのが最大の要因だ。
元王子が目の前の相手が誰か、それが何をしたのかを受け入れられずに固まる中、村人の様子にチェリーは気が付き、苦笑しながら元王子を指差した。
「安心すると良い、彼は君達の国とは違う国の元王子だ。恋人に妊娠したと騙され、冤罪で婚約者だった私を追放した時に大勢の貴族を敵に回す発言をしてね。それが元で遠縁に養子に出されるのが気に入らなくって国宝を盗んで失踪したらしい。私を追って来た家臣に聞いたよ」
「え? 追って来た? チェルシーさん……いえ、チェリー様って追放されたんじゃ……?」
「あっ、うん。追放は取り消されたけれど、家は兄も妹も沢山居るし、別に私一人が自由に生きても良いかなって感じで逃げてるのよ。元殿下っていう責任を被せる相手が居るから家の面子は大丈夫だし」
肩を竦めながら平然と言う事では無いが、チェリーに気にした様子は微塵も無く、この段階で村人達はついて行けていない。
「普段から不真面目な上に恋愛で脳にデバフ食らった結果なのだろうが、それで陛下も変わってくれるのを諦めて第二王子に王座を譲る事にしたんだが……ああ、因みに恋人の妊娠は偽装な上に彼の財産を盗んで本命と逃げた先で賊に襲われたってさ。彼女、見付かった時は賊の誰かの子供を宿していたらしい」
「……まが」
「うん? ああ、無視して悪かったわね、元殿下……名前忘れたし、元殿下って呼ばせて貰うわ」
「貴様がっ! 貴様さえしっかりと私を制御していれば王になれたんだ! 全部貴様のせいだ!」
「救えませんね、相変わらず。足下を掬われはしましたけれど。別に庶民になった訳でも無し、ドラゴンを操れると伝わる国宝ドラゴンロッドを盗むなんて取り返しが付かない事まで……いえ、取り返しが付かないのは持ち出した後、この村にした様な事ですね」
完全に怒りが頂点に達したのか全身を震わせた元王子は唾を撒き散らしながらチェリーを指差して叫ぶが、彼女もまた飄々とした態度を一変させ怒りを表す。
それが向けられた彼とワイバーンのみ気圧され後退るのだが、それでも怒りが収まらないのだろう、元王子は震えながらもドラゴンロッドを高く掲げる。
「黙れ黙れ黙れ黙れっ! 私が王になるべきだったのだ! 弟如きの下につく位なら国など要らん! こうなったら皆殺しだ! 貴様等全員、此奴の餌にしてやる!!」
杖の宝石の輝きが増した瞬間、山の向こうから翼を羽ばたかせ急速に接近する何かの姿、それの正体は漆黒のドラゴン。
ワイバーンよりも更に巨大なその存在を確認した瞬間、元王子に自信が戻ったのか勝ち誇った笑みを浮かべてワイバーンの背に乗って飛び上がった。
「やれ! 全員……何もかも焼き尽くしてしまぇえええええええっ!!」
その叫びと同時にドラゴンの喉の奥が赤く輝き、離れた地表にさえ届く熱気が放たれる
ドラゴン最大の武器であるブレスが放たれるのを察してしまったルルネ達が目を閉じてうずくまる中、聞こえて来たのはチェリーの呆れた様な声だ。
「やれやれ、焼き尽くしたら餌にならないだろうに鳥頭ですね。”心身共に強く美しく”を私のように心掛けて実践すれば今の状況は無かったのですよ?」
強くなるにも程がある、これが本人以外が同時に抱いた感想、まさかその言葉を考えた者も貴族令嬢がワイバーンを両断出来るほどに強くなるとは思いもしないだろう。
「さて、旅の途中で剣を極めたとまでは行かずともそれなりの腕に達した私ですが、知っていましたか? 一人前の剣士には距離など無関係だという事を」
ドラゴンのブレスが放たれ一帯が赤く照らされた瞬間、刀を腰溜めに構えたチェリーが刀を振り抜く。
その光景は例えるならば一枚の絵を切り裂いたの如し。
高速で振り抜かれた刀より発生した風の刃がブレスをドラゴン諸共、そして上空の雲さえも両断してしまった。
二つに分かれたブレスは風圧で霧散し、両断されたドラゴンの遺体が村を挟むように落下する中、納刀の音と共にチェリーは溜め息を吐き出す。
「雲は斬る気が無かったのに。剣の極みは未だ遠し……ですね」
「化け物めが。……糞っ! おい、さっさと逃げるぞ。何をやっている!」
一方、風の刃には当たらなかった元王子は命令に従わないワイバーンを急かそうと背中を蹴るが、今までとは違い怒りの籠もったうなり声を向けられる。
「……は?」
同時に宝石が砕け散るドラゴンロッド、ワイバーンの支配が完全に解かれた瞬間だ。
こうなってはワイバーンにとって彼は只の獲物、そして怒りの対象。
当然の如く振り落とし、空中で捕まえる。
「まあ、随分長い間使われなかった骨董品だし、急に酷使したらそうなるでしょう」
「た、助けてくれ、チェリー! 私達は一度婚約者だった筈だろう! 見捨てないでくれ!」
この期に及んで見苦しい命乞い、元殿下の懇願に対してチェリーは興味無さそうにしながら手を振って別れの挨拶を表す。
「いや、今までの言葉を思い出してから……失礼、元殿下には無理でしたね。では、さようなら」
ワイバーンは遠くに在る巣に獲物を持ち帰るべく遠ざかって行き、チェリーはその姿が見えなくなる前に手を振るのを止めた。
「さて、ウチの国の馬鹿が申し訳無かったですね。多分私を追って家の人が来るので一筆書いて置きましょう。それでせめての保証はされる筈です。……って、聞いていませんね」
村を襲った恐怖の対処が居なくなった事で歓声を上げる村人達にはチェリーの声も届かない。
また後で言えば良いかと思っていた時、不意に服の袖が引かれ、ルルネが笑顔を向けていた。
「村を救ってくれて有り難う、チェリー様」
「チェルシーさんと呼んで欲しいです。それに一宿の礼だから気にしなくて結構。じゃあ、一筆書いたら私はさよならさせて貰います。剣を極める旅は未だ続きますからね」
こうして公爵令嬢チェリーは……いや、旅の剣士チェルシーは村を後にし、この後も各地で大勢を助けながら旅を続けたという。
何時しか人々は彼女を称え、剣聖と呼ぶ事になるのだが、それはもう少し後の話である。
感想待ってます!