愛する人の本命が現れるまで、私は婚約破棄をせずに、彼の防波堤になりましょう!
ざまぁは一切ありません。
互いに相手を思いやる婚約者同士のお話です。読んで下さると嬉しいです。
「貴女、婚約破棄しなさいよ」
お茶の時間に、突然イオーリア王国第一王女のメラニーが、一つ年下の妹に言った。
「そうよ、そうよ。婚約破棄!」
末の第三王女のサララもそれに同調した。
「婚約破棄じゃなくて婚約解消でしょ。あちらに落ち度が全くないんだから。二人とも王族のくせに小説の中の婚約破棄ブームに乗ってどうするのよ」
「自分で自分の非がわかっているなら、さっさと解消しなさいよ!」
「いや、私と婚約解消したらお姉様がその後釜狙っているのが分かってて、解消なんかできないわ。姉妹揃って婚約解消したら、いくらなんでも王家として格好がつかないでしょ」
第二王女のミルフェーヌはゆっくりとジンジャーティーを飲みながら言った。
姉のメラニーにはケンプトン公爵家の嫡男ライオネスという、立派な婚約者がいるのだ。それなのに妹の婚約者に乗り換えようとは、どんな恥晒しなんだ。
しかも侯爵家の二男じゃ嫌だとか、背が自分より低いのは問題外だと言って、オーリィーを蹴ってライオネスを選んだのは自分じゃないか。それを今更何言ってるのだ。
「ほんとよ。メラニーお姉様、寝言は寝て言うものですよ。オーリィー様にお似合いなのは、まだ婚約者のいない私ですわ」
第三王女のサララが小さな胸を張って言った。しかしそんな妹を二人の姉達は白い目で見た。
もう十三歳になるというのにこの末の妹にまだ婚約者がいないのは、本人のせいだ。
まだ子供だというのに、遊び好き、男好きという噂を立てられている。サララは、母親が元平民出身の子爵の隠し子だったという愛妾の産んだ王女で、血は争えないと宮仕えの者達からも蔑視され、母親はいい迷惑である。(✱注釈✱ 愛妾とはいえ、妹の母親はけしてアバズレなどではなく、立派な淑女なのである)
この三姉妹は『駄目駄目シスターズ』と周りから陰口を叩かれている、国王陛下の悩みの種だ。ただ有り難い事に、二人の王子と王女の婚約者二人はまともというか、大変優秀だった事が救いだが。
煩い姉と妹がようやくいなくなってミルフェーヌがホッとしたのも束の間、今度は彼女の話題の婚約者であるオーリィー=オルディードが現れた。
「やあ、ミルフェ、また、婚約破棄の話が出たんだって?」
「あら、ごきげんよう、オーリィー。またお兄様達に呼び出されたの? せっかくのお休みなのに?」
「まあね。今日はミルフェの調子が良さそうだと聞いたので、早くこちらに来たかったのだけれどね」
サラサラの黒髪にエメラルドグリーンの美しい瞳をしたイケメンが爽やかに笑った。
ミルフェーヌはオーリィーに正面の席を勧め、侍女にお茶を頼んだ。
「オーリィー、心配しないでね。貴方の本命が現れるまで私は婚約解消なんかしないから。一応こんな私でも婚約者がいれば、少しは虫除けになるでしょ」
オーリィーはとにかく女性にもてるのだ。なにせ何度でも言うが爽やかイケメンで、高身長、低音美声ボイス、学園一の秀才で、武闘大会の優勝者、その上優しく真面目な好青年で、名門オルディード侯爵のご子息である。
婿希望者のみならず、爵位がなくてもいいと言う、嫁入り希望の令嬢もわんさかいるのだ。
しかし、王太子から側近にとスカウトされ、何だかんだで王宮に呼び出されて仕事を手伝わされているオーリィはとにかく忙しい。だから、女性を相手にしている暇などないし、女性に煩わされるのを嫌っている。
だから、彼の為に防波堤になってやろうとミルフェーヌは思っているのだ。いくら駄目駄目でも、一応こちとら王女で婚約者なのだから。
しかし、ミルフェーヌの言葉にオーリィーの爽やかな笑顔が曇った。
「本命って何? 俺の本命はミルフェでしょ。絶対に俺は婚約解消なんてしないよ。毎度毎度同じ事言わせないでよ」
「でもね、私と結婚したらお兄様にこき使われて、絶対に過労死するわよ。今だってまだ学生のオーリィーを働かせるような鬼畜なんだから、義兄弟になったらもう見境なくなると思うわ」
自分とは釣り合わないから婚約解消しようと言っても、優しいオーリィーは承知しないだろう。だからあえてこう言った。
「俺の体を心配してくれてそんな事を言っているんだね。優しいね、ミルフェは。でも大丈夫。ライオネス様と共闘して超過労働禁止法を制定してみせるから。ベンジャミン様も協力してくれるって言ってくれてるし」
オーリィーは再び爽やかな笑顔に戻ってこう言った。
ライオネス様とは先程も名前が出た姉メラニーの婚約者。筆頭公爵家ケンプトン家のご嫡男で、王太子と同じ年の現在二十歳。金髪碧眼のこれこそザ・王子って感じの美青年だ。その上性格もいい。ナルシストになっても全然おかしくないのに。それなのに何故この美青年を姉が嫌がっているのかといえば、彼はオーリィーとは違って女性的な美しさのため、平凡顔の姉はコンプレックスを刺激されるらしい。婚約した当時の姉には、自己認識作用がまだ正常に働いていなかったのだろう。
そしてベンジャミン様というのは、ミルフェーヌの半年上の兄の第二王子で、ミルフェーヌやオーリィーと同級生の十六歳である。何故半年しか違わないのか言えば、そう、母親が違うからだ。
王太子とミルフェーヌが正妃の産んだ子で、メラニーとベンジャミンが第二夫人の産んだ子だ。そしてサララが愛妾の子だ。同い年の兄妹だなんて、国王陛下である父もよくやるわね、とミルフェーヌは思う。
まあ、有り難い事に喧嘩しつつもそこそこみんな仲が良いのだが。
それにしても、とミルフェーヌは思う。二人が婚約した十年前は、両家とも不出来な子供同士でバランスが良いと思っていたのだろう。
ミルフェーヌは美人で賢かったが体が弱く気難しい女の子。
オーリィは小柄な割に手に負えないほど腕白な男の子。
二人は正反対なのに何故が仲が良くて、二人にさせておけば問題を起こさなかったので、集まりがあると、いつもセットのように扱われていたのだ。
しかし、ミルフェーヌは成長と共に更に色々と体の不具合が増えていくのに対し、オーリィーはその反対にコツコツ努力を重ねるうちに、身長だけでなく内なる才能も見事に花開き、今では貴族社会一の有望株だ。
オルディード侯爵家ではどんな相手でも選り取り見取りのはずなのに、とんだハズレを掴まされたと思っている事だろう。
それなのに相手が王女では、侯爵家からは婚約解消を願い出ることも出来ない。本当に気の毒だ、と言うのが世間一般の常識だ。
だから、オーリィーに相応しい女性が出来たら、すぐに婚約を解消をする覚悟がミルフェーヌにはあるのだ。オーリィーの事が本当に好きで、彼には幸せになって欲しいから。
でも、今はまだその時期ではない。彼の内面をちゃんと分かってくれる人が見つかるまでは、言い寄ってくるハイエナ達から、大切な思い人を絶対に守ってやらなければならないのだ。
「ねえ、ミルフェ、前々から思っていたんだけど、君さ、俺の好みの女性のタイプ知ってるかい?」
「えっ? オーリィーの好み? そう言えば、ちゃんと聞いた事なかったわね。う〜ん。やっぱり性格が素直でかわいい子でしょ(私のような捻くれ者じゃなくて)」
「いや。素直でかわい過ぎる子だと、いつも気を使って優しくしないといけないから、面倒だから嫌だ」
「えっ? オーリィーいつも誰にも優しいじゃない。それじゃ、反対に活発な子でしょ(私みたいに病弱じゃなくて)」
「いや。別に嫌いじゃないが、インドア派の方が好きかな」
「ヘェ~、意外ね。じゃ、大人しい子がいいんだ」
「いや。大人しい子は苦手。やっぱり気を使うから」
「そうなんだ。じゃ、コツコツ努力家な頑張り屋さんタイプ?」
「うん。そうだね」
「そうか、オーリィーは自分に近いタイプの子が好きなんだ」
「そういうわけじゃないよ。俺はナルシストじゃないし」
オーリィーはミルフェーヌの手を取り、目を見つめた。
「今から俺の好きなタイプを言うから、その子が誰なのか当ててごらんよ。その子はね・・・」
気分屋、きまぐれ
(本当は気圧変化により体調が急変するせい!)
好き嫌いが激しい
(食物アレルギーのせい。元々は嫌いな食べ物なんかない)
協調性がない
(単に人と意味なく群れるのが嫌いなだけ)
変わり者
(周りに迎合しないだけ。そして普通の王侯貴族とは価値観が違うだけ)
人にも物にも偏見がなく、誰かを見下す事をしない
人の美醜にこだわらないし、物欲もあまりない
人との約束や予定を守れない事を本人が一番申し訳なく思っている。それを人に理解してもらえなくて辛い思いをしていても、他人を責めたり、言い訳をしない
頭が良くて、本好きで、豊富な知識量を持っているが、それをひけらかさない。ただ困っている人がいる時に活用するだけ
怠け病とか、まるで年寄りみたいと言われているが、本当にそれは気候病やアレルギーが原因で、本当に急激に体調が悪くなっていくのを、一人でじっと耐えている
(気圧変化による突然の体調変化、風邪症状、頭痛、目眩、眠気、食欲過多、気だるさ、肩こり、冷え、腹痛などに、絶えず悩まされている)
(アレルギーによる湿疹、痒み、内臓の腫れ、呼吸困難がいつ起こるのかわからなくて、ビクビク怯えている)
健康になりたくて人知れずずっと努力している
乱暴な男の子を否定せず、そのままの姿を受け入れてくれた
二つ年下の弟と双子かと勘違いされるほど小柄な男の子に、成長具合は個人差があるのだから、気にすることなんかないと、言ってくれた
男の子の小さな進歩を見逃さずに、必ず褒めてくれた
男の子が辛い時、悲しい時、いつも側にいてくれた
愛らしくて優しい笑顔を男の子にだけに向けてくれた
そして、男の子のために、本当は嫌なのに身を引こうとしているお馬鹿さん・・・
「ねぇ、俺の好きなタイプの女の子って、誰だかわかった? 俺ね、その子に相応しくなりたくて色々と頑張っているんだ。だから、絶対にその女の子を手放したりしないよ。その子がとても大切で愛してるから。俺の幼馴染みなんだから、その子が誰なのか当てられるよね? ミルフェ」
オーリィーの言葉に、髪と同じ優しげな薄茶色のミルフェーヌの瞳が大きく見開いた。そして、ポロポロと大粒の涙をこぼした。
オーリィーはそんな彼女の涙を節くれだった無骨な指で拭うと、唇にそっと優しいキスをしたのだった。
異世界の恋愛枠に投稿しているわりに、恋愛表現が苦手なのですが、この作品では、自分ではかわいい恋人同士を描けたと思うのですが、いかがでしょうか?
読んで下さってありがとうございます。
駄目駄目シスターズの末っ子の視点からの、家族と幼馴染みのお話も投稿開始しました。短めの連載になっています。こちらも読んで頂けると嬉しいです。こちらは少しシリアスです。
【 防波堤どころか波消しブロックにもならないけれど、愛する貴女を守りたい! 】
https://ncode.syosetu.com/n8490gu/
です! よろしくお願いします。