女帝エンマ
目の前に広がっていたのは地面を掘って作ったような赤い土壁の空間だった。
正面には巨大な机があり、その向こうにはなんとも貫禄のある出で立ちをした女性が足を組んで鎮座していた。
彼女はカールのかかった黒いロングヘアーで、左右に分けられた前髪からはヒョウの様な力強い切れ目が覗いている。
服は赤を基調とした華やかなスリッドドレスで、メリハリボディを模る様にピッタリ包み込んでいる。そしてスリッドから伸びるダイナミックな四肢はかなりの高身長であることを示している。
それはいかにも女帝らしい風貌で、どこからどう見てもこの人がエンマ様だろう。
そんなことを考えていると、カーヤが一歩前に出て地面に膝をついた。
「エンマ様、選別作業中にトラブルが生じましたので、ご意見を頂戴したく参りました」
カーヤがそう言うとエンマ様は顎を上げて俺を見下す。
「見てたから分るわよ~このチンチクリンが平凡極めすぎて天国にも地獄にも行けなかったって話でしょ~?あー見てた見てた。ったくもう、面倒な死に方するやつが出たもんだねぇ」
エンマ様は深くため息をつくと更に続ける。
「ってかあんたゲームのしすぎで死んだんだってねぇ?一昔前まではゲームのしすぎは悪いことだって言われてたからあんたみたいなやつはさっさと地獄に落とせてたんだけど、今はゲーム一つで食っていける時代だし、社会通念上一概に悪いとも言えなくなった訳よ。チートの一つや二つやってくれたんならさっさと地獄に落とせるのにねぇ」
「どういたしましょう」
「そうね~。もう地獄で良いんじゃない?面倒くさいし?」
「はぁっ?!」
天国を匂わせてからの手のひら返しに俺は思わず声が出た。
確かに五万といる亡者の中で、一人くらい適当に裁いたところで問題になることは無いのだろうが、俺からすればたった一度きりの裁きの場である。そう易易と地獄行きが決まって良いはずが無い。
「ちょ、もうちょっと真剣に考えてくださいよぉ!?」
俺はカーヤの後ろからヤジを飛ばす。
すると、エンマ様の右に立っている補佐らしき女性がエンマ様に体を向けて口を開いた。
「そうよエンちゃん、もう少し真剣に考えてあげても良いんじゃない?彼そんなに悪い人には見えないわよ?」
エンマ様に意見する彼女は、青い膝丈の着物を身に纏い、藍色の髪をハーフアップにまとめた真面目そうな秘書感溢れる女性だった。
「ふーん……」
彼女の意見を聞いて少しは考える気になったのか、エンマ様は面倒くさそうに手元の資料に目を通し始めた。
一見偉そうでぶっきらぼうに見えるエンマ様だが、ちゃんと人の意見を聞き入れるあたりは流石エンマ様と言うべきだろうか。
エンマ様は資料を読み終えると、俺を一瞬睨めつけてから口を開いた。
「死亡報告書によるとあんたはプロゲーマー目指して一日中部屋にこもってゲームしてたらしいわねぇ。ゲームの腕はそこそこみたいだけど、中途半端に上手くなったところでもっと上手いやつなんてゴロゴロいるから大会でも順位は振るわず償金獲得歴は無かったそうねぇ。はぁ~、この子プロゲーマーなんて将来性あったのかしら?親もかなり心配してたみたいじゃない?しかもバイトもせずにPCやソフトは親の金で買ってたのねぇ?これってこのまま行くとほぼ確で親の脛齧りのニートだったんじゃない?あ~あユーリン、こんなどうしようもないヤツ、死んで地獄に落ちるのが当然だと思わない?」
少しは考えてくれたようだが地獄行きという結果は変わらないらしい。
そしてかなり痛いところを突かれてしまった俺は、なんだかばつが悪くなくり首をすくめる。
「でも高校生といえどまだ子供よ?親の支援があって当然の年齢だと思うの。それにさっきエンちゃんチートがどうのって言ってたけど、死亡報告書によるとこの子はチートなんてせずに真面目にコツコツ正規ルートで進めていたそうよ?チート行為が蔓延する中で偉いと思わない?」
「や、正規ルートで攻略は当たり前でしょ……。まぁ、親の支援はあって良い年頃なのかもしれないけど……」
エンマ様は深くため息をつくと握った手を口元に当て、何か考え込む様な真剣な表情になる。
「そーねぇ、それじゃぁ天国と地獄、どっちにも行ってもらおうかしら」
「へ、へえ?」
「だから天国と地獄どっちにも行ってみれば良いって言ってんの。あんたが二つの世界で生活してる様子をこっちから確認して、私とユーリンであんたの人間性を吟味するの。そして最終的にどっちに行くかを判断させてもらう。それで良いかしら?」
「そ、そういうことか……。じゃぁ天国に行ける可能性はまだ残されてるってわけか」
「そうよ。せいぜい頑張ることね」
どうやら今すぐ地獄行きという結果は回避出来たようで俺はほっと胸をなで下ろした。
「じゃあ天国と地獄どっちから先に行くか早く決めて頂戴」
エンマ様はまくし立てる様に言い放った。
迷う所ではあるが、機嫌を損ねないうちにさっさと決めてしまうのが賢明な判断だろう。
俺は頭をフル回転させ、一瞬の熟考の末、口を開いた。
「それじゃあ、俺は――」