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蒼海の奏者  作者: 鮭いくら
第2章
99/125

【4】




アインルーガ様は大きな着ぐるみに関わらず障害物を超えていく。網潜りは流石に手間取っていたが少し差が縮まったレベルでまだ首位だ。

アインルーガ様が次の走者にタスキを手渡し、コースから外れた所に近づく。…が、周りには派閥の人々が群がり近づけない。


「まあ、もう遠慮することないですものね」

「いいんです?」

「ええ、お疲れの所に行っても迷惑だろうし…」


アインルーガ様が着ぐるみの頭を外せば汗が滴っており、その姿はとても珍しいが着ぐるみの特性上とてつもなく中が暑いのは知っている。

周りは脱がせるのを手伝いつつ、タオルと飲み物を手渡していた。あれなら汗が冷えて風邪になったりはしないかな。


「あら…」


目を戻すといつのまにか走っている順番が入れ替わり、私達のクラスは3番目になっていた。それもそのはず、男子が女性の豪華なドレスを見に纏っていて、とても走り辛そうにしていたからだ。女装を面白がる声も気にして、中々進んでいない。


「外れ仮装…ですわね」

「あら、本当だわ。確かにあのスカートはそもそも歩きづらいですし慣れてないとつまづいて…あっ!」


そんな話をしていたらスカートを踏んで転んでいた。他のチームは比較的当たりと言える仮装で、一気に最下位に転落していた。


「頑張って!」

「もう少しですよ!」


フラフラしながらもタスキを繋ぎ、次の走者が走り始めた。


「少し彼を診てきます!」


頷けばすぐさまネアシェが走り出した。









ーーー多分、怪我をしたはず。足を動かすのが辛そうだったから多分足。


「大丈夫ですか?」

「ネ、ネアシェ様…」


側に行けば転んだ男子はドレスを脱ぎ元の運動着になっていたが、元気はなかった。

膝を擦り剥き血を流しているのが見えたので魔法を唱え、洗浄と回復を行う。


「ありがとうございます…」


男子の顔は晴れず、お礼を言う顔は暗い。恐らく首位から最下位に転落した事を気に病んでいるのだろう。


「ネアシェ」

「アインルーガ様」


後ろから声をかけてくれたのはアインルーガ様だった。派閥の人をかき分け来てくれたのだろう、後ろから視線を多く感じる。

男子は突然頭を下げた。


「アインルーガ様、申し訳ございません…」

「いや、よく走り切ってくれた。お疲れ様」


アインルーガ様は少しだけ口角を上げるように笑い、男子は感動したように目を潤ませていた。


「怪我をしたように見えたのだが…」

「私が応急処置しましたわ」

「そうか、なら大丈夫だな。一応安静にしておくといい」

「は、はいっ」


保健室勤務の先生が来た事により彼を預け、私はアインルーガ様に向き直る。


「ありがとうございます、アインルーガ様」

「私は何も。ネアシェこそ治療してくれたのだろう、感謝する」

「私がしたい事をしただけですから」


にこりと微笑めばそうだな、とアインルーガ様も笑った。


「アインルーガ様もお疲れ様でした。可愛らしかったですよ」

「ああ、あの着ぐるみか。確かに愛らしい犬だったな」


い、犬?…に、似てるかしら?

ちょっとした冗談だったのだがそれ以上に衝撃的な発言が返って来てしまった。アインルーガ様の選美眼は確かなのだが、微妙にデフォルトされた庶民向けのものには疎いのかもしれない。


「ふふっ、そうですね」


面白いのでそのまま否定せずにいた。

アインルーガ様と共に自然にメイルーンの元へと戻る。メイルーンは少し驚いた顔をしたがすぐにアインルーガ様を労った。

わざと連れて来たの、分かってしまったかしら。


「あんな大きな着ぐるみがあるなんて、驚きましたけど流石ですね」

「多少動きにくかったが、どうにかなって良かった。祭の度に見かける着ぐるみがあんなに大変とは知らなかった、次から見かけたら労おう」

「突然皇太子から声をかけられたら驚いてしまいます。子供達の夢を壊さないためにもお止め下さい?」


アインルーガ様は真剣だが、メイルーンの発言が正しい。でも私はこのやりとりが好きだから止めたりしないのだ。


「ネアシェ様」

「委員長、どうかしました?」

「さっきの子、怪我大丈夫そうでしたか?」

「ええ、すぐ応急処置しましたし、大丈夫だと思います」

「ありがとうございました。ネアシェ様の出番もうすぐですので、準備しておいて下さい」

「はい、わかりました」


委員長が離れたので競技を見れば、いつのまにかもう半分以上が走り終わっている。あの後は特に変化はなく、私達のクラスの順位が3位になった事くらいかしら。


「アインルーガ様、メイルーン。私は準備してきますね」

「ああ、応援している」

「頑張ってくださいね!」


笑顔で送り出してくれる2人に手を振り、スタート地点近くの準備スペースへと移動する。

男女入り混じってざわついていたが、私の前の走者を見つけて声をかける。

これで少しでもタスキの受け渡しが楽になるといいのだけど。




ーーーアインルーガ様とメイルーンは、ちゃんと話せているかしら。


メイルーンはアインルーガ様の立場を気にして距離を取りがちだし、アインルーガ様も守るためだと距離を取ろうとする。

でも仲睦まじい2人が私は好きで、仲良くしてほしいのだ。王と臣下としてでも構わないから、気軽に話せるように戻って欲しいと願ってしまう。

それに2人も、友人と話せなくて寂しそうなのは分かってしまうから。


レオニダスさんとも話したのだが、2人は不器用なのだ。

不器用というか、距離の測り方が独特というか。

アインルーガ様は帝王学を学んでいるだろうし立場を重んじながらも本心では仲良くしたいと願っている。レオニダスさんお墨付きなので、予測だけど正解だと思う。

メイルーンは…令嬢らしからぬ、と言えばいいのだろうか。貴族は男女関係に婚姻関係が絡むのが常なのだが、あの立ち振る舞いは友人に対するものだ。

良い悪いというより、純粋に凄いと思う。


友人でも、王と臣下でも。

あの2人の姿は見ていて嬉しくなる。ううん、最近は…4人でいるのが、とても楽しい。

私はシドレ公爵令嬢。令嬢の常識から外れる事はしてはいけないのに、あの場に居たいと願ってしまう。




「ネアシェ、いるかー?」

「はい、リンドウ先生」


事前に名前を呼び確認しているリンドウ先生に返事をすれば、緩く返答が返ってきた。

…前に、アインルーガ様とレオニダスさんがリンドウ先生は強いと言っていた。

確かに実力的にもそうなのだろうけど、私は人柄も良い方だと知っている。

緩い性格でレイサ先生にフォローして貰っている風だが、貴族からも平民からも人気のある先生だから。


「怪我人出たからな、注意するようにー、ってお前には余計なお世話か」

「いえ、ありがとうございます」


公爵令嬢だろうと態度を変えない。誰にも平等で対応も同じ。

リンドウ先生の他にも、この学園の先生は良い方ばかりであからさまに態度を変える方はいない。




そもそもこの学園の教師になるには名を捨て、身分を捨て、立場を捨てる必要がある……という噂だ。

でも私は噂ではなく、先生方の情報は教師になってからのものしかないと知っている。

立ち振る舞いでなんとなく身分は分かるが、リンドウ先生は元々平民だと思う。

だから何という事はなく、ただただその人柄を尊敬するばかりだ。

それにアインルーガ様やメイルーン、レオニダスさんが信頼してるんだもの、私が信頼しない理由はない。




走る準備をしつつ、メイルーンの方を見ればアインルーガ様とレオニダスさんと楽しそうに話していて思わず微笑んだ。





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