【4】
「知り合いから聞いた話だと、軍のゴブリンシャーマン討伐は相当苦戦したらしいな。軍が弱体化してるって話もある」
「知り合い?」
「ま、そこそこ信用できる所からだな」
知り合い…前に言っていたギルドの人かしら、と思う。もしかしたら実際に軍の人と知り合いなのかもしれないけど。
「異質化した魔物だけでなく、様々な方面への影響も確認され始めましたものね」
土壌の干ばつや空気汚染、人体への影響も確認されている。
そしてそれ以上に酷いのが冬の水質汚染に始まり、近頃お父様が頭を悩ませていた水の変化。だがこれは闇の魔力でなく、古代海魔の復活が近付いているからだ。
ーーーそう。闇の魔力にばかり注力していて、古代海魔の影響を全く考えてない。正直こちらの方が死活問題だと思っているのだけど。
「不安は伝播し、不満となる。不満が溜まれば槍玉にされるのは主導者だ」
「不満の爆発…いずれ起きてしまうのでしょうか」
「主導者の1人として恥ずべき事だが、そう遠くない内に起きるだろうな。何か導火線に火がつく出来事があれば…」
帝国に燻る不満は爆弾となる。それは長引けば長引く程に巨大となり、アインルーガ様の言ったように導火線に火がついてしまえば皇室は勿論、帝国という国自体が危うくなってしまう。
まだ大丈夫だろうが…恐らく、分岐点は今年の年末だ。
古代海魔の、一時的な復活。
それが起きれば国民の不満は爆発するだろう。
「メイルーン?」
「…どうかしました?」
「顔が怖いですよ」
「あら、ごめんなさい」
にこりと笑えばネアシェは諦めたように笑った。
ーーー闇の魔力との接触が起きてしまった以上、メイルーンが古代海魔の復活に手を出す可能性が出て来てしまった。
精神干渉され、操る事すら闇の魔法で出来たはずだから。
「っと…もう時間だな」
「ああ…もう昼休憩も終わりか」
時計を見るともう予鈴まで数分しかなく、長めの休憩すら食事しながら話しているとすぐ終わってしまう。
今更だが、こうして生徒会室に昼休み集まろう、とアインルーガ様から連絡があったのは新学期直前の事だ。
婚約破棄発表後の手紙であったからかなりドキドキして開いたのだが、中にはこれから迷惑をかけるだろう事に対する謝罪であったりと真摯な姿勢が書き綴られていた。
そして新学期から他者の目が介入しにくい生徒会室が使えるだろうという事。
現実、生徒会の活動日は決まっていてそれ以外の日はほとんど人の出入りがないらしい。行事が近くなるとそうもいかないようだが。
アインルーガ様が忙しくしているのも書類整理が主であるが、去年までの議題に目を通すのと同時に行っていたりとストイックさから来るものだ。書類を出し過ぎて途中から収拾がつかなくなってしまったので次回からの反省点だな、と言っていたのを思い出す。
そういう訳なので、アインルーガ様の書類以外がテーブルに積まれていたわけだ。
「食事の後始末は私がしますから、ネアシェはアインルーガ様を手伝って差し上げてください」
「この量は1人では無理ですよ」
「大丈夫ですわ。ね?レオニダスさん」
「断らせる気ねえだろ…」
にっこりと笑えばレオニダスは諦めたように息を吐いてお弁当箱をまとめ始める。私もサンドイッチセットを片付けてまとめ、ネアシェの分も引き受ける。
レオニダスはお弁当箱2つにティーポットなども持っていて、私が扉を開けるしかなさそうだ。
「全く、女子に扉を開けさせるなんて」
「しょうがねえだろ、じゃあお前がこっち持てよ」
「女の子に重い物を持たせる気ですの!?」
「じゃあどうしろっていうんだよ!?」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながらレオニダスと生徒会室を出れば、アインルーガ様とネアシェが呆れたように笑いながら手を振っていた。
「それぐらい片手で持てるようになって下さい」
「片手で持てるけど、借り物だから丁寧に扱ってるんだっての。これが全部お前の私物だったら片手で幾らでも持ってやるよ」
「あら、公爵家の調度品を貶すつもりですの?」
「お前の私物って言ってんだろ、公爵家の物だったら別だ」
「随分と不思議な事を言うのね?」
うふふ、と笑うがわかっている。公爵家の調度品は私の私物ではないと言っているのだ。
わかっていた事だがこの男は私を公爵令嬢とは見ていない。その事が新鮮であり、それと同じくらい自分の無力さを痛感させられる気がして腹立たしい。
だからレオニダスへの態度は刺々しくなるのはしょうがないと言いたい。彼が私につっかかる理由はわからないけれど。
「…君には怒られても仕方がないと思っている」
騒がしさが離れ、生徒会室には静寂が訪れていた。アインルーガとネアシェが紙を擦る音しかなかった空間に静かに言葉が放たれる。
ネアシェはアインルーガに目を向けず、テーブルに積まれた書類の山を更に高くしていく。
「メイルーンと仲良くなったのだろう。距離を置いていた君が珍しく」
「…ええ、彼女は私の大切な友人です」
ネアシェの手が止まり、アインルーガを見つめる。
「つい1ヶ月前程度に教えて貰ったばかりですが、私は彼女の意志を尊重するだけです」
ネアシェの脳裏には温室の奥、個室での光景が浮かぶ。
あの時、涙を流した彼女は令嬢ではなくただ1人の女の子として、失恋したのだと泣いた。
泣いて、静かに泣いて。
少し時が経てば、振り切ったように元の笑顔を見せた女の子。
僅かばかりの優越感と、尊敬、そしてーー
「私はシドレ家令嬢…でもネアシェという個の意志も大切にしたいのです。
彼女はアインルーガ様を影ながら支えるという決意をしたようですから」
ーーー護りたいという願い。
「そうか。私が頼むのもおかしな話だが…メイルーンを頼む」
「お任せ下さい」
ーーーメイルーンを支える事が、今私が1番やりたい事。勿論アインルーガ様をお支えする事は臣下として、貴族令嬢として当たり前だ。だからこれは、私自身の願い。そう確信出来る。
「…これ以上何か起きれば、怒られるより恐ろしい目にあいそうだ」
ネアシェの様子を見て、アインルーガは小さく呟いた。




