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蒼海の奏者  作者: 鮭いくら
第2章
90/125

【1】第一幕:進級しました。




鏡の前で制服の襟を直しもう一度チェックする。

髪の毛はとっくにセットされてサラサラと流れる青みがかった銀髪は朝日を反射して煌めいていて、前髪をちょっと流して直せばいつもの私だ。

いつものメイルーン・ウンディーネ・ファクトヒルデだ。


「…よしっ」


小さく呟き、部屋を出る。

今日から初等部6年生になるのだ。







雪はとっくになくなり、花も咲き乱れる庭園は色とりどりに色付いて春の暖かさを実感させてくれる。


「おはよう、ナタリー」

「おはようございます、お嬢様。

朝食のお飲み物はどちらになさいますか?」

「ホットミルクティーでお願い」

「かしこまりました」


準備を手伝ってくれたナタリーは部屋のすぐ外に待機していた。共に廊下を進み、広間に入ればお父様とお母様、ガルフィースが揃っていた。


「おはよう、メイルーン」

「おはよう」

「おはようございます」

「お父様、お母様、ガルフィース、おはようございます」


食事の席には3人揃っていて、後は準備をしている使用人が数人。

ナタリーが椅子を引いてくれて私も朝食の席に着く。


「お母様、体調は大丈夫なの?」

「ええ、最近寒い日も多かったから長引いてしまったみたい」


お母様は昨日まで体調を崩して寝込んでいた。今日は顔色がマシな方だが良いとは言えない。

環境の変化…闇の魔力が徐々に強まっているのを敏感に感じ取っているのかもしれない。




「ご馳走様」

「ご馳走さまでした。姉様、行きましょうか」

「ええ。ではお父様、お母様、行ってきます」

「…いってらっしゃい」

「行ってきなさい。…メイルーン」

「わかってる、大丈夫だから!」


不安そうなお母様と気遣うようなお父様にニコッと笑えば一応安心してくれたのか送り出してくれた。

家の前には馬車が待っており、ガルフィースはもう乗り込んでいた。


「お嬢様、お鞄をどうぞ」

「ありがと。いってくるね、ナタリー」

「お嬢様…ナタリーは、何があってもずっとお嬢様の味方です!」

「ふふ、わかってるよ」


鞄を持ち馬車に乗り込めば、すぐに発進して学園へと向かう。

その馬車の中でガルフィースが気を張っているように感じて、思わず息を吐く。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ」

「姉様は大丈夫でしょうね、3ヶ月前から決まっていたのですから」


どこか拗ねたようなガルフィースに思わず頭を撫でようとしてしまい手を弾かれた。

5年生になるのに拗ねたり照れたり忙しいのね。






そう、先日。

アインルーガ様との婚約破棄を発表したのだ。


突然とも言える発表に帝国は震撼し、一時的に新聞の紙面は埋まった。

皇太子の乱心か、公爵令嬢の不逞かなど様々な憶測が噂となって流れに流れ、今や確かな情報などないのだろう。

そして今日から始まる学園は格好のネタになるだろう、私とアインルーガ様は同じクラスなのだし。


「言っていなかったのは本当にごめんね。でも、この話は世間でも少し流れていたじゃない?」

「ガセかと思って流していましたよ」

「それが助かっていたのよ、だからゆるして?」

「許すも何も、怒ってませんから。私に聞いてくる人も多いだろう思っただけです」

「怒ってるじゃない…」


まだガルフィースは10歳、次期公爵と言えど社交デビューすらしていない。大人の話術には太刀打ち出来ないだろうから話さなかった。

噂は流れたがあくまで噂であり、私とアインルーガ様の他、お父様お母様、フォローを頼んだ親密な貴族達、そしてネアシェしか事実である事は知らなかっただろう。

まあ卒業式後のヤクト様のやりとりから、あちら側の派閥も諜報員などを駆使して把握していただろうと思うけど。




「私は知らぬ存ぜぬで通しますから。姉様、こんなご時世なのですからあまり長引かせないで下さいよ」

「わかってるわ」


今、帝国は皇太子の婚約問題より大事な問題を抱えている。さっさと噂を納めてそちらに意識を割いて頂かないと。


「ほら、お出迎えですよ」

「あら…馬車が前につけれないわね」


学園の門前に記者と思われる人達がたむろしていた。家紋の入った馬車を見て一気にボルテージが上がったらしく、すし詰め状態でカメラに似た魔法道具を構えていた。

しょうがないと思い、馬車の操者に声をかける。


「魔法で降りますので、近くまで寄って貰うだけでいいわ」

「かしこまりました、なるべく門前に近付きます」

「お願い」


魔力を練り上げ、術式を展開する。

私とガルフィースを指定し、術式を丁寧に組み上げる事で魔力の消費は抑えられる。

2人くらいの超短距離ワープなら問題なさそうだ。


点と点(ショートワープ)


門前に近寄った時点でヒュッと音が鳴り、私とガルフィースは門の中へと降り立つ。魔力消費は多いけど、馬車がすぐ近くを通ってくれたので最小限に出来た。

そのまま校舎の方に向かえば止まらない馬車を不思議に思った記者達が私に気付いた。

一気に騒がしくなり、カメラのフラッシュが背中へと浴びせられる。名前を呼ばれ、良くテレビで聞くような記者の矢継ぎ早な質問を聞き流して更に進む。

業を煮やした記者が門の中に入ろうとして、結界に弾かれて吹き飛んだ。学園関係者以外は手続きしない限り学園内に入れない。


「学園敷地内への侵入は、不法侵入としてそれなりの対処をさせて頂きます」


レイサ先生の声が聞こえたので、後は任せようとガルフィースに声をかける。心配そうな弟をクラス替えの張り出しへと送り出し、私は新しい教室へと向かう。

6年生の時にはクラス替えがないから、前に告知されている教室に向かえばいい。


「…こんな風に緊張するの、転生して始めて教室に入る時と同じくらいかな」


緊張の種類は違うが、心構えがほぼ同じな気もする。ため息を飲み込み、意を決して到着した教室の扉を開く。






あら、空気が一気にピリッとしたわね。


5年生の最初の空気が氷山だった事より何倍もマシだが、空気に糸が張られたようにピンと張りつめている。私が教室の扉を開けてすぐに緊張感という名の電撃が走った気がした。新年度はこうなる運命なのかしら。

教室内はいつか見た光景と同じくアインルーガは我関せずといった形で書籍に目を落として、周りに派閥の人間が囲っていた。だが去年と違うのは彼がこちらに気付いた後、口角を少し上げて笑った。


「おはよう、メイルーン」

「おはようございます、アインルーガ様」


アインルーガ様はにこやかに挨拶し、私も笑顔で返す。

周りはその光景を息を飲んで見守っていたのだが5年生の最初より殺伐としておらずむしろ穏やかとも見え、皇族と公爵令嬢の婚約破棄という大ごとを感じさせない程の自然さに虚をつかれたように全員一様に固まっている。


自分の席を確認すれば1番後ろの席でラッキーと思う。机に座って鞄から荷物を取り出し、始まりの準備をする。

6年生となって新しくなった教科書はまだ綺麗で、予習はしてあるけれどまだまだ使い込んではいない。

闇の魔力やら婚約破棄やらで忙しくしていたから予習は足りてないだろう。大抵の必修科目は現代の知識でだいたいどうにかなるけれど、歴史と魔法関係がどうしてもね。




「おはようございます、メイルーン様」

「おはようございます!」

「ユゥイさん、ララさん、おはようございます」


その後も次々と人が増えて行き、見慣れた顔ぶれが揃っていく。

ついこの間までを考えると変わっていないが、5年生の最初から比べるとみんな成長しているのがわかる。慣れとは恐ろしいものだ。

話している2人の背後に、婚約破棄について聞けと視線が突き刺さっているが口にはしない。勿論居心地は悪いみたいだけど気にしないようにしている2人に感謝しつつ、視線を送っている人間を睨む。

ーーーこの2人に手を出せば、わかりますわね?


「ひいっ!?」

「?」

「どうしたんだろ?」

「虫でも見てしまったんではなくて?」

「最近増えて来ましたからね」


他愛もない会話をしていれば、ネアシェが来たのがわかった。

手を挙げて名前を呼ぶとそのままこちらに来てくれた。彼女は私の前の席なのだ。


「おはよう、ネアシェ」

「おはようございます」

「席、私の前よ」

「あら本当」


嬉しい偶然ね、とネアシェは話しユゥイさんとララさんにも挨拶して着席する。


「後ろの席いいわね」

「ふふ、窓側ですしとても居心地良さそうです」


「おはよう、レオニダス」

「おはよう」


遠目にレオニダスが入って来たのを確認し変わらぬ様子に一応安堵した。

さて、どうしようか。

早めに終息させたいとはいえ自分から話し出すなんて馬鹿のようだし、誰でも彼でも気軽に話していい内容でもないし。

当たりはつけているけど、あの方の好奇心が旺盛であることに期待するだけかしら。


「あら、リンドウ先生が来たわね」

「席に戻りますね」

「また後でお話しましょう!」

「ええ」


ユゥイさんとララさんは自分の席に戻り、私も教科書を一旦仕舞う。

リンドウ先生はクラスの雰囲気を感じないように相変わらず緩い感じで朝の挨拶をし、朝礼が始まった。

本人はレイサ先生に睨まれていたけど、変わらぬ通常運転に思わず毒気が抜かれてしまう。






まあ向こうからのアクションを期待した結果、女子に囲まれたのですけれど。



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