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蒼海の奏者  作者: 鮭いくら
第1章
88/125

【8】



前に来た、帝都にあるシドレ家の別邸。

案内された温室は一部でしかなかったようで、奥に行けば離れところに小さな小屋があった。


「お父様は内緒のお話をする時、この部屋を使うそうですよ。温室を案内して自然に入れる上に、この花…」


ネアシェが触れたのは白色の花。見た事のない花で、その外観はベルの形に似ている気がする。


「原理は不明ですが特殊な音波を発していて、盗聴などの魔法を妨害してくれるそうです」

「へえ…」

「どうぞ」


テーブルにはティーセットとお菓子が置いてあり、事前にネアシェが手配しておいたのだろう。

ネアシェは手慣れた手つきでお茶を淹れてくれて、やはり茶葉はシドレ家の領地で栽培していたものらしい。


「うん、相変わらず美味しい」

「よかったです」

「そういえば…花、元気になっていましたね」

「リマとテマのお花ですね、メイルーンのお陰で無事に満開に咲いてくれましたよ」


先ほど来る途中にあった鉢植を思い出し言えば、ネアシェが再びお礼をしてくれた。あの出来事も遠い昔のように感じる。

別邸の方は今度は普通に迎え入れてくれた。前に来た時は年末に向けて使用人がたくさん居た時期らしく、今はそんなに人数がいないようだ。

少し扉に目を向けた私にネアシェはにこりと笑う。




「メイルーン、いいですよ。話し始めてしまって…使用人には緊急時以外は来ないよう伝えてます」

「…では、お言葉に甘えて。早速ですけれど、ネアシェは闇の魔力についてどこまで知ってますの?」

「そうね…」


ネアシェは現状わかっているほぼ全ての情報を持っていたと言っても過言ではなかった。

闇の魔力が帝国に侵入し、今までの変異した魔物達はその影響だという公表された事以外に更に詳細な情報。

闇の眷属によって私とミレイユ嬢、レオニダスが襲われ闇の魔力に侵食された事。

さすがというか、当たり前のように私達の名前を挙げているが、本来公表されないはずの情報であり、シドレ家の優秀さが伺える。話している最中、ネアシェがカップを持ったまま動作を止める。


「……」

「ネアシェ?」

「学園夜会のあの時…あなたは闇の魔力に侵食されていた。それに気付かず、あなたを放置してしまった。

ごめんなさい、近くにいながら異常を見過ごしてしまって」

「そんな、謝らないで頂戴!アインルーガ様でも気付かなかったのだもの、あの状況で気付ける人間はいなかったわ」


目を伏せるネアシェに慌てて否定する。

確かに一番近く長い時間居てくれたが、闇の魔法を検知する事は出来なかっただろう。むしろこちらが影響してしまったのではないかと焦る気持ちすらある。


「いいえ、様子がおかしいのは分かっていたの。時折そこにいないみたいに、目が遠くを見ていたから」

「遠くを…?」

「まるでそこにいるのが別人のようで、怖さすら感じてしまった…」


もしかしてだけど。プレイヤーの私と、メイルーンと、今生きている私との事で考えていた時だろうか。ふとした瞬間心を占めてしまった暗い感情はそれらの人格の差異が原因だったと思うから。


「その怖さの原因は、私にありますわ。私の悩みが…弱さとして付け込まれてしまっただけなの」

「メイルーン、自分のせいだなんで思わないで。常人ならミレイユ嬢のようになるのが普通のようだから…」


精神的に不安定なミレイユ嬢の話は貴族では割と有名な話だ。それもこれもロンギヌス様が足しげく通っているのが原因だが。

余りの長引きように事情を知っている人の間ではこれが闇の魔力の本当の力なのではないかと言われ、私の復調の早さを疑問視する声すら聞こえるほどだ。

思わず苦笑すればネアシェは首をかしげる。


「一部ではあまりに早すぎて闇の魔法使いなのではないかと疑われてますけれど」

「皇帝陛下に診て頂いたというのにあまりに不敬です」

「ええ…でも、ミレイユ嬢の状況も理解出来てしまうの」




心を占める暗く淀んだ思考は言うまでもないが、何より他者に相談するという思考が浮かばず心配してくれていたガルフィースすら無碍にしてしまった。

私の悩みは結局他者に言えるような事ではなく、理解もされないものだろうから尚更。


「私の侵食がそこまで酷くなかったのはあなたのおかげだから、本当にありがとう」

「え…?」

「ネアシェが側にいてくれて…私、友達になりたいと思った時のこと思い出したの」


私が初めて関わった個人は身内以外ではレオニダスだと思う。

そして初めてこの世界で普通の関係になりたいと思ったのはネアシェだと思う。

彼女は本編でもサブキャラとして出て来るが、そんなに情報量が多くない。お陰で先入観が少なく接する事が出来たのも影響し、私が本当に望む事だったと思えた。


「だから、戻ってこれた。ありがとうネアシェ」

「私は何もしてません。戻ってこれたのはメイルーンが強かったからです。でも…」


少しでも手助けできたなら良かったと微笑むネアシェは悲しそうながらも少し嬉しそうな、複雑な顔をしていた。

これ以上は押し問答になりそうだと私も微笑んで終われば、次は本題だと気を引き締める。ネアシェも意を決したように私の目を見つめ返し、ティーカップを置く。





「メイルーンとアインルーガ様の婚約が破棄されたという噂…本当なのですか?」

「噂ではないわ」


否定しても大して驚いていないところを見ると、ほぼ確定情報だと分かっていたのだろう。


「…闇の魔力のせいですか?」

「表向きはそうなっています」


ネアシェには本当の事を言っておきたい。


「アインルーガ様には、メイルーンはただの国民の1人だったのです。護るべき相手ではあるが顧みる相手ではなかった…」

「それは…」

「冷たい人間だとは思いませんわ。1年前はそうでもしないと隣に居させられなかったのでしょう」


婚約者として誇り…いえ、驕りを持っていたメイルーンはアインルーガ様を軽視していた。

アインルーガ様のためでなく、自分が思うままに人の選別を行い排除を繰り返していたのだから。


「それは1年前からの変わりようと関係があるのですね」

「…ええ。始めてネアシェと話した図書室での話、覚えています?」

「勿論です」

「操者に疲れたというのは、正直理由の半分ではあったの」


皇室問題の顔として、人々を選別するのは私には無理だと思った。疲れたと言っていいのかわからないが、選別などしようものなら精神的に負担しかなかっただろう。


「もう半分は…アインルーガ様の何もかもが見えていなかった自分への失望よ」


そして将来、彼を巻き込む事への罪悪感。

こうして考えてみるとよくもまあ自分勝手な理由ばかりで離れたものだと思う。メイルーンも私も大して変わらないのかもしれない。理由に差異はあれど自分で選んで決めたのは自分のためだ。




「メイルーン」

「!」


テーブルの上で握り締めてしまっていた手の上から、優しい手が覆ってくれた。

ネアシェがこちらに手を伸ばしたまま微笑みながら優しく握ってくれて拳を思わず開いてしまう。


「そんなに自分を卑下しないで。

私、あなたにそんな顔をして欲しくないからお話を聞きに来たの」

「……」

「もう十分分かったわ」


ーーーだからもう大丈夫よ、自分で自分を傷つけてはダメ。




ネアシェにそう言われて、まだ闇の魔力が残っているのかと思った。でも心の奥底から淀んだ思考は出て来ず、私ってこんなにネガティブだったっけと思う。


「心を入れ替えた私に情を持って頂いても愛する事まではなかった…」




この感情は、何と表現すればいいのだろうか。



大変申し訳ありません、確認不足により遅くなってしまいました。

1章は残り1話となります。

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