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蒼海の奏者  作者: 鮭いくら
第1章
87/125

【7】



話しているとヤクト様は令嬢達に別れを告げ、こちらへと来てくれた。

この前の皇城でのやり取り以来のため思わず警戒してしまうのはしょうがないだろう。


「やあ、久しぶり」

「ヤクト様、ご卒業おめでとうございます」

「ご卒業おめでとうございます」

「ありがとう」


この前とは打って変わってにこやかに会話を返してくれるのは他の人の目があるからだろう。

本性はあちらの意地悪い方だと知っているから思わずやれやれと言ってしまいそうだ。


「魔法競技大会ではお世話になりました」

「いや、ネアシェ嬢にはむしろ感謝しかないよ。二位になれたのも君のおかげだからね」

「それは偶然ですよ」

「病院はシドレ家と懇意にしていたんだろう?とても居心地のいい良い病院だったよ、いくらお礼しても足りないな」

「前にもお礼を頂いてますもの、もう十分です」


ネアシェはヤクト様の歩み寄りを巧みに躱していて、何度もこういった会話はしているのだろう。中等部には次期シドレ公爵でありネアシェの兄のリバーレ様がいるから、それに対しても足がかりを作るつもりなのだろう。

だがヤクト様はもうシドレ家がアインルーガ様側に寄っているのはご存知のはず、牽制だろうか。


「メイルーン嬢も、魔法競技大会では世話になったね」

「いえ、とんでもありませんわ」

「君の弟子は今日もいないのかい?」


にっこりと笑うヤクト様に少し口の端がひきつるが、すぐににっこりと笑って返した。


「ミレイユ嬢は弟子ではありませんわ、友人です。彼女は今日も体調が優れないみたいですので…」




ミレイユ嬢はしばらく皇城にいたらしいがその影響で気の抜けたロンギヌス様に対して皇后陛下が大激怒、彼女を無理やり領地に帰したという。

精神的に不安定なミレイユ嬢はそのまま休学、今まで学園に登校して来ていない。状況が変わらないため面会も出来ない。その行動はいくら身分があれど非人道的だと非難する声も少なくないと裏では言われている。

ーーーヤクト様はロンギヌス様派閥の顔とでもいう方だけれど、派閥を増やしたいのか減らしたいのかどちらなの…?


「長い間体調不良みたいで心配だね?」

「はい、そうですね…?」


言わされている感が否めないが、ここで否定は出来ない。

するとヤクト様が顔を近づけてきて令嬢達の黄色い悲鳴が響く。


「今度一緒にお見舞いでも行こうか?こちらはいつでも君を歓迎するよ」

「………」





耳元で囁かれた内容に、思わず顔を顰める。恐らくだが…私とアインルーガ様の婚約破棄の件を知っていて、私に対する勧誘だ。

好みの顔が近くにあるため胸にくるものがあるのは事実だが顰めた顔をすぐに笑顔に切り替え、一歩後ろに引く。


「私は彼女が強いと知っていますから、状態が少しでも改善されましたらお伺いする事にしますわ」


馬鹿にしないで頂きたい。婚約破棄され派閥を変える尻軽な女に見えるという事だろうか。にこにこと笑顔を作っているが、これ以上介入するなら容赦はしない。という威圧をかける。

ヤクト様は何が面白いのか、笑い出した。周りの令嬢達はこんな風に笑う彼を始めて見たのかどよめいている。


「くっ、あははっ」

「どうかなさいました、ヤクト様?」

「いや…あー、面白い。1年早く卒業するのが惜しく感じるよ」


涙すら浮かべているが笑いをおさめヤクト様は普段の姿に戻る。


「また来年、中等部で待っているから愛想が尽きたら来るといい」

「ふふ、機会がございましたらそう致します」


そんな機会はない。強く目で訴えればヤクト様はまた楽しそうな表情を浮かべる。

ーーーだけど何か、今日は全体的に様子がおかしい。普段通りで上機嫌にすら見えるのに、なぜか非常に疲れて見えるのだ。

こんなに人目がある所では聞くに聞けない。ただでさえ現時点での派閥の顔同士が怪しげな会話をしてしまったのだ、噂になる事は間違いないだろう。


「今日はせっかくの門出だ、腹の探り合いはここまでにしようか」

「そうですね…お世話になりました。中等部でもご活躍される事を期待しておりますわ」

「うん、ありがとう」

「それと…ご自愛ください。どうぞお体にお気をつけくださいますよう」

「…そうだね。君も気をつけて」

「ありがとうございます。それでは後ろのご令嬢方からは早くしろと視線が来ておりますので、失礼致します」

「ではまた、どこかで」


礼を返せばヤクト様は後ろで待っていた令嬢達の元へと帰って行った。


「…自由で羨ましいよ」


その言葉が風にのって聞こえた気がして、目を向けるがヤクト様はもう令嬢達に囲まれていた。




「…メイルーン、どうかしました?」

「いいえ…なんでもないですわ」


恐らくあれがヤクト様の本心なのだろう。

最初に好きになったキャラクターであるが、人としては少し苦手な部類に入る。だが苦悩も将来の状況も知っているから、幸せになって欲しいとは思う。






「…全く、ヤクト卿は…メイルーン嬢、大丈夫ですか?」

「ええ、平気よ。この程度の探り合いなんて慣れたものよ」

「あれがテラウィリス家…なんですね」


ジェシカ嬢の目は厳しく、派閥の宿敵なのだからしょうがない気もする。でも敵視まではしてはいけない、とワイス卿が諌めていた。敵対心などは闇の魔力の餌になってしまうからであり、そこに付け込まれる可能性すらあるからだ。




「…今の帝国は、確実に闇の魔力の餌だらけでしょうね」






卒業生に挨拶をした後、私達も教室へと戻る。

アインルーガ様は生徒会長として業務が残っていて、ネアシェと2人で戻っている途中に立ち止まる。

彼女にも話しておかないと。優しい彼女は聞かずにいてくれているけれど、学園夜会での事やアインルーガ様との変化など敏感に感じ取っているだろう。


「ネアシェ…後で話したい事があるんです、いいですか?」

「…大丈夫ですけれど、メイルーンこそいいんですか?」


ネアシェに一足先に報告しなければと思っていたが、ずるずる延びてまだ言えていない。だが四大貴族の令嬢だ、もう耳には入っているのだろう。


「はい…遅かったって、怒ってもいいんですよ?」

「ふふ、それはお話を聞いてから決める事にしますわ」

「では怒られてしまいますわ…」

「決まってるんですか?それは楽しみですね」


話には怒るかもしれないが受け入れてくれる自信はあった。だってそう思えるくらい絆を育んでいるもの。


「怒っても…また友人になれますわよね?」

「もちろん」


にこりと微笑むネアシェに私も微笑んだ。





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