【5】
「…メイルーン、少し席を外しなさい」
「大丈夫ですわ、お父様。2人で決めた事ですもの」
「!?」
「まあ…!」
厳密には違うけど、2人共納得した事であるから間違いではない。アインルーガ様は自分から切り出した事で責を被ろうとしていたが、忠誠を捧げようとしている彼だけに泥を被せる訳にはいかない。
だから、とこの間の皇城でのお茶会の時に決めたのだ。
「…理由をお聞かせ願えるだろうか」
「婚約破棄に至ったのは、闇の魔力の影響です。彼女が二度狙われた原因は私にあると思われます」
「アインルーガ様に?」
「はい、恐らく後継者でありながらまだ対抗するには力が足りない私の、その周囲…婚約者を狙ったものと思われます」
現時点で深く皇族と関わっているのは次期皇后となる可能性がある私だろう。
二回襲われた事から狙ったのは私の可能性が強く、ミレイユ嬢やレオニダスは巻き込まれた。理由としてそれくらいしか思い至らない、ならばその事を理由にしてしまえと示し合わせた。
「そして、これからもその危惧は続きます。まだ情報すらロクに掴めていない今この状況ならば…」
「婚約破棄をして、安全を確保する事が最優先だと思ったのです」
「メイルーンを襲った闇の魔力は、皇帝陛下でないと消し去る事が出来ませんでした。いくら護衛をつけても対抗出来なければ意味がありません」
「婚約破棄を許してください、お父様、お母様……もう、あの精神を侵食される感覚が恐怖でしかありません…」
「メイルーン…!」
思わず涙ぐんだお父様とお母様は悲しげに顔を歪める。
ーーーごめんなさい、お父様、お母様。婚約破棄するために白々しい演技をする事を許して。
どうせなら闇の魔力を利用してしまおうと言い出したのは私だ。アインルーガ様は自分の不義として理由付けする気だったらしく驚いていた。
私が狙われるのなら、その狙われたであろう原因を婚約者だからという事にしてしまって破棄。破棄した婚約を結び直す事は外聞が悪いから滅多にないのでそのままいけるだろう、と。
アインルーガ様はこの案に驚き諌めてくれたが私が譲らず、最終的には同意してくれた。
「そうだな、メイルーン…お前はもう巻き込まれてしまった…!」
「私としても彼女の将来に障りがあるため、大変心苦しいのですが…」
「いいえ、ありがとうございます皇太子殿下。メイルーンの事を考えての行動でしょう」
涙ぐんだままの2人は、どうやら信じてくれたようだ。やはりメイルーンに甘く涙に弱いんだなあ…。
そういえば、とお母様を見る。ゲームでは闇の魔力の影響で体調を崩したはずのお母様は大丈夫だろうか。学園夜会の日は互いに忙しく、会っていなかったが影響が出ていないとも言えない。
ちらっと見れば私が傷ついていると思ったらしく、隣に来て頭を撫でて抱き締めてくれた。…嬉しいが、凄く子供扱いされている。
こうして、婚約破棄の話は思ったよりスムーズに行った。
これも襲われた甲斐が…いや、ないな。あんな思いを二度としたくないのは事実だ。
だが1つだけ問題がある。公表するには障りがあるのだ。
闇の眷属に襲われたのは私だという事は現時点では公表されない予定であり、このままだと破棄の理由が公表出来ない。
様々な憶測を生み、アインルーガ様の言った通りただ破棄すると私の醜聞として扱われる可能性が高い。
「だが闇の眷属に襲われたのがお前だという事はその内知れ渡ってしまうだろう」
「…ええ、一部の貴族には闇の魔力や闇魔法使いが侵入している事はもう知られてしまっています。現時点では皇室からは公爵位くらいにしか伝えていないのに…それ以外の人々にも」
「そして聖夜祭後、メイルーンが皇城にいた事も複数人に目撃されている」
お父様とアインルーガ様はその辺りは公表されないだけで皆の知る噂になる、と頷いていた。
皇城で見た皇后様とヤクト様のやりとりを思い出し、確かに広まりそうだと考える。あんなに大声で叫んで、ただでさえ噂好きな貴族が聞き逃すはずがない。
「婚約破棄は了承しましたが、公表は先延ばしに致しませんか?
まもなく皇帝陛下から闇の魔力についての公表があり、ただでさえ国民は揺らぐと思われます」
「構いません。この先ファクトヒルデ公爵のお力も必要になりますから、落ち着くまではこのままで…」
「メイルーンは、それで良いか?」
「はい。しばらくは1人にならないよう気をつけます」
怖がるそぶりをしながら同意すれば、お父様もお母様も頷いた。
ちらっとアインルーガ様を見ればやれやれという感じにこちらを見ていた。
話が終わりアインルーガ様のお見送りのため、廊下を歩いていた。
「それはそうと…メイルーン、懐に何か入れているか?」
「懐ですか?」
そういえば、ブルートパーズを入れた御守りを入れていた。手のひらに収まる小さな巾着の中から宝石を取り出すと、アインルーガ様が驚く。
「それは…光の加護がかかっているな」
「光…ですか?水ではなく?」
「基本は水だが、光の加護も混ざっている。それなら闇の魔力に多少ではあるが耐性が出来るはずだ」
あら、と思い宝石を見る。馴染みのない魔力だったので曖昧だったが、光の加護だと言われギュッと握れば、宝石が煌めいた気がした。
ーーーウンディーネが授けてくれたのかしら。
外に出ると皇室専用の馬車が待っており、いつでも出発出来そうだった。
「皇太子殿下、ご来訪ありがとうございました。大したおもてなしも出来ず…」
「いや、こちらこそ不躾な要件で来訪してしまいすまなかった」
アインルーガ様は馬車に乗り込み、お父様とお母様、私とガルフィースも見送りに並ぶ。
本当に忙しいのだろう、護衛官らしき人がアインルーガ様に何か耳打ちしていた。…あの場所にレオニダスがいても、別に不自然じゃなさそう。とどこか外れた思考をしていれば馬車は動き出そうとしていた。
「慌ただしくてすまない。それでは失礼する」
全員で礼をして、馬車が動き出す。見えなくなるまでそのままで、お父様が顔を上げたのを合図に私達も顔を上げる。
室内へと戻ればふう、とお父様が息を吐く。
「メイルーン…一応、もう一度聞くが…いいんだな?」
「はい」
短く返し目を見返せば、嘘偽りはないとお父様は思ったようだ。
「…我が家と懇意にしている家に案内を出そう。皇帝陛下の公表の件と、我が娘の事についてな」
「お父様…」
「何か困れば、その家を頼りなさい。まあまずは私を頼って欲しいが」
「はい、もちろんですお父様!」
その顔は慈愛に満ちていて、私を案じているのがありありとわかる。思わずお父様に抱きつけば、揺らぎもしないで受け止めてくれて頭を撫でられた。
落ち着いたら、ガルフィースにも伝えよう。何が起きてるのか目を白黒させているから。




