【4】
年越しは家族と過ごすのが通例だ。
お父様はこの時だけは使用人も奉仕しなくていいと毎年許可を出しているので私とお母様が手料理を振る舞った。毎年ほぼお母様だけで作っているようなものでメイルーンは足を引っ張っていたのだが、今年はそんな事はなかったと思いたい。
使用人は帝都住みの者が多いため、別邸に住んでいる数人が手伝ってくれるくらいで後は自分達で用意をする。
その数人は別邸の管理を任された熟練の使用人であり、気心も知れている。別邸の方々ももう気軽に話せる存在となっており、ナタリーは里帰りしているものの退屈する事はない。
「メイルーン、私が持っていくわよ?」
「大丈夫だよ、お母様」
トレーに乗せられたティーセットのバランスに気をつけながら、もう歩き慣れた道を進む。
私が闇の眷属に襲われた事を両親は知っている。つい先日、四大貴族や皇城の上層部を集めた会合の場で闇の魔力についての公表が決まり、年明けにも皇帝陛下自ら話すという。
その会合が終わった後面会が許され、私が皇城にいる理由を話した結果、お母様は泣き崩れてしまった。お父様も目元を抑え体を震わせていたのは、二度と見たくない光景として記憶されている。
もう闇の魔力の侵食もなく健康になったとして帰宅が許され、共に皇城を後にした。まだ復調しないミレイユ嬢を残すのは心配だったけれど、両親に心労をかけている事も心配だった。
「あら、お嬢様。私がお持ちしますよ?」
「大丈夫、それよりごめんなさい…手が塞がってて、扉開けられそうもないから談話室まで一緒に来てくれる?」
「お安いご用です」
お花に水をあげていたメイドのルカ。私専属ではないがナタリーの代わりに世話をしてくれる別邸住みのメイドだ。
ナタリーと違って少しおっとりしていて、年若いのにメイド歴は長いらしい。
ルカは主人だけに持たせる訳にはいかないと重さの原因であったポッドを持ってくれて、だいぶ楽になった。
談話室に着けばお父様とガルフィースがボードゲームをしているようだった。お父様はにこにこ笑っていて、ガルフィースが悔しげに唸った。
「ふう…負けました」
盤面はチェスにも見えるが立派な魔法道具であるそのボードゲームは、お父様は凄く強い。複数の駒を動かし、相手の陣地を取るゲームなのだが、少し前に負かされたばかりだ。
「やはり父様はお強いですね」
「まあ、まだ子供に負ける訳にはいかないからな。だがガルフィースも惜しかったぞ」
「むう…やはりあの一手が…」
「お父様、ガルフィース。お茶を持ってきたから少し休憩しましょう?」
「メイルーン、ありがとう」
ボードゲームの横にトレーを置き、お茶を2人に淹れる。手伝ってくれたルカはポッドを置いて仕事を再開するらしいのでお礼を言って戻ってもらった。
ボードゲームを見れば決着はついていないが、もう詰みであるらしい。正直私はまだ出来る気もするのだけど、何手先が見えている2人には決着が着いているようだ。
「ガルフィース、この兵科は動かさないの?」
「そこでは将軍の攻撃範囲内でしょう?」
「でも一手使えるし、将軍も動いているからこちらの兵科が動かせるじゃない」
「あ…でもそうすると、この兵科との連携が…」
「ふふ、メイルーンは抜け道を見つけるのが得意だからな。ガルフィースの正攻法と組み合わせると強いかもしれないな」
私とガルフィースは目を見合わせる。
思いついたように頷き、お父様に2人で勝利を目指す事にした。
お菓子を持ってきたお母様も合わせて、家族4人で談話室でボードゲームやカードゲームを嗜み、年越しはゆっくりと過ごすのだった。
年が明けたと共に新年の挨拶をし、起床後には水の霊廟へと向かう。
水の霊廟には祈りに訪れた多くの人々が揃っており、ファクトヒルデ家一行を見るや否や周りに人が集まった。
雪がちらつく中温かい飲み物が振舞われ、新年の挨拶と祈りの儀式を待つ。
新年の最初の挨拶は精霊へと捧げられ、それは皇族も一緒であり今日は皇城へと行く事は出来ない。皇帝陛下への挨拶は明日だ。
儀式は日頃から霊廟を管理しているファクトヒルデ家の一員が行なっている。とは言っても血は繋がっておらず、管理のためだけに集められた言わば分家に当たる人々だ。素性は当主のみ知っており、私も知らない。
「メイルーン、行きましょう」
「はい」
霊廟には一般人は入れないので入り口前の広場には噴水と水に囲まれた石碑があり、その周りに花が飾られ新年の祝いの装飾がされている。初詣を思い出すがお賽銭箱はないし、おみくじもないけれど御守りはある。
このお祈りの際に宝石やお金を捧げると水の加護を受けた御守りと言われており、私も誕生石であるブルートパーズを捧げる台へと置き手を合わせて祈る。
儀式とは言うがただのお参りだ。
ーーーどうか、未来を変えられるように。お父様やお母様を…大切な人を喪わないように踏み出すために、意思を貫くほんの少しの勇気をください。
ふわり、と宝石に魔力が灯った気がした。それは事実であり、水の加護を得られたのだろう。宝石を台から取り、小さな巾着へと入れる。
「…ん?」
…入れようと思ったのだが、何かいつもの加護とは違う気がする。水の加護だけではなく、もっと他の…?
「姉様、どうかしたのですか?」
「いいえ、何でもないわ」
ブルートパーズをしまい、石碑の前からどける。次に待っていた方が祈り始め、私達は脇へと寄った。
宝石を捧げるのは貴族くらいで、平民の方々はお金を捧げて祈っている。同じように水の加護が宿っていて、特に変わった様子はない。
「……」
「旦那様、どうかなさいました?」
「いや、何でもないよ。帰ろうか」
お父様はしばらく無言で石碑を見つめていたが、お母様に声をかけられてハッとしたようだった。
どうしたのだろうと思うが、外へ向かうお父様について行く事にした。そのまま家へと帰る馬車に乗り込み、水の霊廟を後にする。私はガルフィースと乗り、騎手は皇室から派遣された護衛が勤めていて雪の道でもスムーズに進んで行く。
「…姉様、御守りがどうかしたんですか?」
「え…ううん、何でもない」
この時何故か御守りの事を話す気になれなかった。特段危険な物ではないように感じたのでこれ以上心配をかけたくない気持ちもある。
ガルフィースには私から学園夜会で起きた出来事を伝えたのだが、その時の表情は…普段冷静な弟が、こちらが心配になるくらいわかりやすく泣きそうになっていたから。
「本当にですか?何かあったら言ってくださいね」
「もちろん」
心配症に拍車がかかってしまった気もするが、この子の将来もかかってくるのだから頑張らなくては。頭を撫でてあげればすぐに照れて弾かれた。
「本日は、婚約破棄についてご報告に来ました」
「………」
「………」
新年早々…といった状況だが、年明けから数日経ち、領地に戻ろうという話が出たタイミングにアインルーガ様が別邸へと訪ねて来てくれた。
皇族の方々には水の霊廟に行った翌日に新年の挨拶を行ったため、今回の訪問は個人的な形になる。
皇族の方々は煌びやかな礼服やドレスで素敵だったなあとか、ネアシェも元気そうで良かったとか、そんな思考で紛らわせないと厳しいくらい雰囲気が寒々しい。
私の正面に座るお父様とお母様から発せられる冷たい沈黙は、私の隣に座るアインルーガ様へと注がれている。確か寝耳に水だろうから当たり前か、2人は私達の仲は悪くないと考えていたようだし。




