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蒼海の奏者  作者: 鮭いくら
第1章
82/125

【2】




アインルーガ様はダンスの時と同じように申し訳ないような、悲しい顔をした。

立ち上がったアインルーガ様は手摺へと近寄り皇城を見上げた。


「身内に甘い訳ではない。これから母様には苦境を強いるだけだ」

「いえ、もう皇妃様の体調は快方に向かっており、国民はもちろん貴族からの支持も得ています。だからこそ我らがいなくなっても大丈夫でしょう」


これでも公爵令嬢だから知っている。ネアシェの生家、ノームの名を戴くシドレ家が最近アインルーガ様を支持し始めていると噂されている事を。

ネアシェがアインルーガ様と仲良くなったからという訳ではない。前々からそうだと一部の貴族の間では話題になっているから自然と耳に入るのだ。


「…私を派閥の旗手に据えるには力不足です。ですから婚約破棄も受け入れます」


ファクトヒルデ家と同じ四大貴族、それも古くから続くシドレ家の後ろ盾となれば絶大な影響力があるだろう。それこそファクトヒルデ家と組んでしまうとパワーバランスが崩壊するくらいには。だからこそ婚約破棄をして我が一族を引かせた方がさざ波は立たない。

それに私という次期皇后候補者は、貴族教養を苦手としているのだ。陰謀の渦中にいては心配になるというもの。

アインルーガ様のお気持ちが分かった今、どこかスッキリとした気分で婚約破棄を受け入れられる。






「メイルーン、言っただろう。どんな状況でも私は遅かれ早かれ破棄するつもりだった。いや…破棄して貰う予定だった、が正しいだろうか」

「して貰う…?メイルーン側からという事ですか?」

「ああ、皇帝になる気はない…とでも言えばメイルーンはすぐに離れていっただろう」


申し訳ないが確かに…と思ってしまう。

権力や力を求めるメイルーンに、それを持つつもりがないと言えば勝手に破棄を叫んで自滅してくれそうだ。地頭や容量が良くともそれを活かす器量がない。


「そして君は約9ヶ月程、距離を置きたがった。その理由を聞いてもいいか」

「…私は…いえ、メイルーンはアインルーガ様に多大な損失を負わせました」


メイルーンのわがままや気性の荒さで彼の側から離れた者は何人もいたし、学園内での対立を加速させていた。

そしてこれから私が枷を負わせてしまう。それを回避しようと足掻こうとしているものの、明確に動いている訳ではない。

だからこそ不安になるのだ。このまま私は何もしなくていいのだろうかと。だからこそ先日の水質汚染の問題は私に出来る役割が与えられたようで嬉しかったのも事実。


「関係改善に努めたいと願いましたが…それでアインルーガ様に別人だと見抜かれるきっかけになるなんて本末転倒ですね」

「そうだな。だがそんな事をしてなくても分かったと思うぞ。君はわかりやすいからな」

「まあ、男子達は揃って同じ事を…」


レオニダスにも言われた事だと言えば、珍しく軽く声を上げて笑ってくれた。





でもね、アインルーガ様。

ルート攻略が必要と知った時あなたとこのままいけばいいのに、と思った私は確かにいるくらい…あなたに対して感情はあるのですよ。


そして何より、この方を死なせたくない。死なせてはいけない。

この方について行きたいと思わせてくれる。

この方に忠義を尽くしたいと思う。

誰よりも皇帝に向いていないのに、皇帝へと望まれてしまうこの方に。

優しくも甘く、自分に厳しく大切な人や国民を優先してしまうこの方に。




現代では抱いた事もない感情。紛れもなく忠誠や仁義と言えるそれを認めてしまえば、私も随分とこの世界に毒されたものだと考えてしまう。

でもレオニダスが幼い頃に抱いた感情に共感した。席を立ち、アインルーガ様の隣に立つ。




「ファクトヒルデ家令嬢、メイルーン…アインルーガ様への忠誠は変わりません。

例え一族が離れようとも、貴方様と友人である事は変わりませんわ」

「…忠誠はやめてくれ。友人であれば…喜ばしい事だ」


差し伸べられた手を握り、固く握手を交わす。

珍しくわかりやすい、嬉しそうなその顔に…私も笑顔で返した。






あと1年しかない。

闇の魔力が帝国内に侵入し、様々な問題を引き起こす事態になって、いかに自分がゆっくりしているかがわかった。

1年間なんてあっという間に過ぎていき、古代海魔の封印は確実に弱っている。


私も大切な人を…お父様とお母様とアインルーガ様を、そしてキャラクターではなく生き抜いている人々を悲しませないのために。例え大言壮語でも、言わなければ始まらない。

プレイヤー視点を無くさなければ、思い至る事はきっとある。後ろめたいだけじゃなくて利用する、それが私の価値なはずだ。







恐らく近い内に婚約破棄が成されるだろう。だがもう気まずさや後ろめたい事はない。これからやるべき事は、なんとしても一年後の古代海魔の一時復活を乗り切る事。

紅茶やお菓子を堪能しながら、アインルーガ様と和やかに話を続ければ時間はすぐに過ぎてしまっていた。


「そういえば…ミレイユ嬢の様子はいかがですか?」

「体調不良というより、衰弱が酷いそうだ。今も点滴が欠かせないと聞く。

ロンギヌス以外、誰も面会出来ない状態らしい」

「ロンギヌス様はずっとミレイユ嬢と?」

「用事がない時はほぼ一緒だな」


私より酷いその症状に、やはり生来の性格の影響だろうとアインルーガ様は言った。

ミレイユ嬢は普段からロンギヌス様を頼りとしており、ずっと一緒にいたため心の拠り所なのだろうと。

話しているとメイドの方がテラススペースへと入って来た。アインルーガ様が魔法道具を解除し魔法を解けば、耳元で何かを報告しすぐに下がった。


「どうかなさいましたか?」

「どうやら面会者が来たようだ。名残惜しいがこれでお開きとしよう」

「かしこまりました。よろしければ今度は私がお茶会にご招待致しますわね」

「ああ、ファクトヒルデ家が発祥したというデザートも期待している」

「はい」


席から立ち上がりスカートを摘んで礼をすれば、アインルーガ様は退室した。

お忙しい中長話をしてしまっただろうかと思うが、私のように少しでも和んでくれたなら幸いだ。


「お嬢様、お部屋までご案内致します」

「お願いしますわ」


にこりと笑いかければ、若いメイドの方がやはり驚いたような素振りを見せたが熟練のメイドは動揺していない。やはり最初は驚くだろうがさすがは皇室メイドという所か。

部屋に戻るため歩いていると、前方から話し声が聞こえた。




耳をつんざくような高い声だ。


「聞いているのですか、ヤクト!!」

「ええ、私が皇后陛下のお言葉を聞き逃すはずがありません」

「ではなぜ、あの下賤な女の側にロンギヌスはいるのです!」

「…お嬢様、」

「しっ…静かに」


若いメイドと共に脇の廊下に入ってから行く先を見ると、皇后陛下とヤクト様、そしてテラウィリス家の従者であろう何人かがいた。


「ロンギヌス様へと何度も進言しておりますが、聞く耳を持って下さいません。私程度ではあの方を強引に引き剥がす事など出来ませんよ」

「田舎育ちの下賤な女というだけでも近寄らせたくないのに、闇の魔力に取り憑かれたなんて…!」


皇后様はわなわなと震え、体全体で怒りを表現しているかのようだ。

というかまだ公表されていない闇の魔力の事を随分大きな声で言っているが、大丈夫だろうか…?


「ともかく落ち着いてください、皇后陛下。父様へも報告していますし、あの少女が快方に向かい皇城からいなくなれば、元に戻るかと思われ、」

「それでは遅いのよ!貴方も見たでしょう、先日のマルローエ侯爵とのやり取りを!」

「…確かに、離席の理由は酷いものでした。マルローエ侯爵家の派閥合流はもう見込めないでしょう」


マルローエ侯爵…元生徒会長ティナシア様の父親は中立の立場だったはずだ。そちらの派閥に取り込もうとして失敗したという事だろう。

離席の理由…酷いというからには、ミレイユ嬢の体調が悪化したからなどと言ったのだろうか。


「ただでさえきな臭い噂が出ているのです、貴方の為にも言っているのですよ!」

「ありがとうございます、皇后陛下…」

「無駄口を叩く暇があるなら、ロンギヌスの所にでも行きなさい!」


皇后陛下はヤクト様を残して付き人がついて行き、廊下にはヤクト様と従者2名が取り残されており、ため息を吐いていた。




「ミレイユ嬢が面会出来ないから結局行けないんですよ……そう思いません、メイルーン嬢?」

「…ええ、そうですね」


ヤクト様がニヤリと笑ってこちらを見れば、従者の方々もハッとしてこちらを睨んで来た。

元々隠れるつもりもなかったので若いメイドを制してから私だけ廊下に姿を現し、ヤクト様を見る。礼服に身を包みにこやかに笑いかけるその姿は、美しくはあるがアインルーガ様とは真逆な雰囲気で薄ら寒さすら感じた。






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