【16】
地下水道の下流へと向かっていけば、水が落ちるような激しい音が聞こえて来るようになった。
レオニダスも聞こえているようで、2人で顔を見合わせてから向かう。
「…ここが終点だな」
「間違いなく濾過装置ね」
壁の至る所から水が落ち、湖のように思ってしまうほど大きなタンクの中へと注がれている。その中には湧き水なども混じっているのだろう、潮の香りは先ほどより緩和されている。
「レオニダスさん、あれ」
「!」
少し歩けば行けるところに薄暗い中ぼんやりと梯子が見え、上へと続いている。恐らくだが地上へと繋がる道だろう。
近くへと向かおうとして、バシャン!と激しい水音がした。レオニダスも私も身構えるが、火で照らされただけの地下では薄暗く見えにくい。
「何!?」
「火を強くする!」
レオニダスが足元を照らす程度だった火を大きく燃え上がらせ大火で辺りを照らす。
それが合図だったかのように、水中から黒い影が飛び出す。
「守護の水壁!」
地下水路には水の魔力が満ちている。私にとっては戦いやすいだろうが、レオニダスはやり辛いだろう。
水の壁へと飛んできたのは、黒い水と形容されるような物体。弾くようにぶつかり、床へと落ちた。
「スライム型の魔物…?」
「そんな黒いの見た事ないぞ!」
べしゃりと床に落ちた黒い水。だが一定の粘度で姿を持っているようで、確かにスライム型の魔物だと思う。レオニダスの言う通り、黒いスライム型の魔物なんて見た事がない。
そして防いだ時の違和感。
「っ、レオニダスさん、防護魔法を使って!」
「!」
「毒の魔力、この黒い水から感じる!」
帝都の水から感じた、毒素の魔力。少し前に解決したはずの魔力が黒い水から発せられていた。まともに食らえば、普通に毒を浴びてしまう。
レオニダスが防護魔法を発動させ、火を分散させて宙へと放つ。濾過装置の全景を浮かび上がらせて照らすが、思わず目を見開く。
「水の中に…!」
巨大な貯水タンクのような場所に黒い水が多数紛れていた。こんな状況であれば、濾過装置がいくら優れていても微量に魔力が残ってしまうのはしょうがなかったとすら思える。
「火人の射手!」
火が黒い水の魔物を貫き、蒸発するように魔力へと還った。だが空気へと還った魔力とは別に、黒い魔力が上へと立ち上った。
目に見えるほどの黒い魔力。そんなもの、闇の魔力以外にはないだろう。
だが確認する前に、水から次々と魔物が飛び出して来る。
「水の長槍!」
「火の長槍!」
火と水が、魔物を貫く。レオニダスの火は水に触れても消える事はなく、恐らく魔力を強く込めているのだろう。攻撃する事は可能だが数が多すぎて、キリがない。
「大気を巡りし水蓮花」
私は魔力を集中させる。水を弱点とするレオニダスには悪いが、時間を稼いでもらうしかない。察したらしいレオニダスは露払いを優先していた。
「滴り落ちよ、天涙の如く!
天落ちるは蒼の涙!」
花びらを模した水の粒が、水中へと降り注ぐ。この魔法には多少ではあるが浄化作用があり、毒素を軽減してくれるだろう。
次々と水の中から黒い魔力が立ち上っていくのが見えた。
「レオニダスさん、上!」
「火を灯せ!」
火が天井へと昇るが、何かに弾かれたように火が消え去った。だがその弾いた物体に見覚えがあった。天井に張り付く暗闇ですら生温い深淵ともいうべき、影。そして血走った目。
「闇の眷属!!」
目が、まるで笑うように歪められた。
ーーー ヌルイ
「っ!!」
「っは…!」
目を見開く。
「え…?」
「ここは…学園…!?」
私が逃げ込んだ学園の一室に違いなかった。私とレオニダスは床へと座り込み、借りていたはずのジャケットはレオニダスが着たままだった。
地下水路を進んで汚れていたはずの髪や服は乱れておらず、時計を見れば針は少しも動いていなかったが地下水路に30分程度はいたはず。
ーーー昼間と同じだ。
「現実と見間違う程の、幻覚…」
「幻覚…これがか?」
感じているだろう疲労感や、先程までの戦闘の感覚もリアルで生々しい。本当に何から何まで昼間の時と同じだ。ハッとしてレオニダスを見れば、まだ幻覚を引きずっているのか動けないようだった。
「レオニダスさん、大丈夫?」
「ああ、多分な…」
昼間に一度体感しているから私はまだマシだけど、レオニダスは少しぼうっとしているようだ。
こっちに、と伝えてソファへと誘導し座らせれば、目の端にティーセットが見えた。私がぶつかったせいで少し配置がずれているが、淹れるには何の問題もない。
水を温めるために火の魔石に魔力を込め、簡易コンロのようなものを点ける。
「窓も、床も壁もなし…窓の外にいた目玉を見た時から幻覚か」
「今回はね…でも、昼間は目を見る前に襲われてるわ」
「必ずしも切っ掛けって訳じゃないのか」
「っ、そうだわ、ミレイユ嬢!」
同じく精神干渉を受けているかもしれない彼女は大丈夫だろうか。
「落ち着けって、今は学園夜会中だ。保護するにしても騒ぎになるだけだろ」
「でも…」
「むしろ学園長や教員達がいるあっちの方が安全な気もするしな」
確かに、特に学園長辺りなら幻覚すらどうにかしてしまいそうなのが心強い。
「夜会が終わったらアインルーガに言って…そこから保護して貰えばいいだろ、ロンギヌスも協力するだろうしな」
「…そうね」
ミレイユ嬢は今、宿泊施設に滞在しているはず。もし先程のように襲われたら、無事では済まない。
そして疑問に思ってしまうのだが、誰も闇の魔力を感じないのだろうか。
「レオニダスさん、夜会に来た時私から変な魔力とか感じませんでした?」
「いつもと変わらず見えたけどな。探知魔法とか使ったらどうだったかわからねえけど…」
普通に過ごしていて探知魔法なんて使わないだろう。そもそも探知魔法に闇の魔力は引っかかるのかすら不明だ。確かゲームでは、闇の魔力に取り憑かれた人は視認出来たような気がしたのだが。
お湯が沸いたらしく蒸気を出していたので魔石に魔力を送るのをやめて紅茶に注ぐ。
「よろしければ、どうぞ。味は保証しませんけど」
「…不味かったらお前の素の口調バラすからな」
「そのスーツ、水浸しにされたいんですの?」
「アインルーガからの借りもんなんだけどな?」
「くっ…」
レオニダスはニヤリと笑っていて、少し調子を取り戻したみたいだ。こうして和やかにお茶を飲んでいると、先程の襲撃や幻覚を忘れてしまいそうになる。正直私にとっては昼間から続いた緊張の糸が少し緩んだみたいで、お茶がとても美味しく感じる。
「…まあ、バラすまでもないな」
「素直に美味しいって言えませんの?」
不味かったらとの事だったので、及第点以上ではあったのだろう。まあ本気だとは思っていなかったが。
「まだダンス中かしら…」
「そんなに時間経ってないからそうだろうな。俺からしたら、30分以上は経ってる気分なんだが」
「それには同意しますわ。と言いますか…あなた、ダンスから逃げて来たとか行ってませんでした?」
「明確に言うならダンスを踊ろうと誘って来る女達からな」
「ああ、なるほど」
平民ではあるものの、将来を羨望される天才児であり見目は良い。そこら辺の子息より余程整っていると言っていいだろう。
ダンスが苦手だったらからかいネタが増えたのに…と少し心の中で舌打ちをする。リアナさんから聞いた幼い頃の失敗談は子供らしい可愛らしいものばかりでコレというモノはなかった。
…まあ、ゲームで語られた苦手な事なら知っているから、少し申し訳ないのだけど。




