【15】
水が流れる音と足音だけが響く中、私とレオニダスは進み続けていた。先の見えない水路を行くのは、精神的にも体力的にも中々消費するようだ。
特に私は体力があるわけではない。上がってしまう息を誤魔化そうと思わず息を深く吐くと、前を歩いていたレオニダスが立ち止まった。
「………」
「?」
「…そういえば…お前、何であの部屋に1人でいたんだよ」
「え…」
深呼吸して息を整えてからどうしたのか聞こうと思ったら話しかけてきた。そのいきなり過ぎる問いかけにどうしたのかと様子を伺えば、どうやらレオニダスは私の様子に気付き立ち止まってくれたようだ。
不器用な気遣いに、思わずくすくすと笑ってしまう。
「何だよ」
「ううん、何でもないわ。
…毎年、アインルーガ様にダンスのお相手をして貰ってたじゃない?今年もそうなってしまいそうだから…逃げるように休憩してたの」
「…婚約破棄するからか?」
「知ってたのね」
聞けばアインルーガ様から直接聞いたらしく、意外ではあったが驚く程ではない。
むしろ別人の話はしなかったようで、その事を安心する気持ちが強かった。
「お前はいいのか?破棄するって言われて、はいどうぞってすんなり受け入れるのかよ」
「それは…」
皇室側から破棄されるのなら、何も出来ない。
メイルーンの世間に言われる評価は今年の魔法競技大会や学園祭を通して良くはなっているだろうが、それでも去年までの悪評が消えた訳でもない。破棄されても転生当時の悪評に戻る以上はないだろう。
だがこれは貴族や世間を鑑みて考えられる事に過ぎない。
正直に言えば、アインルーガ様が婚約破棄に踏み切った理由は知りたい。遅いか早いかの違いだったと言っていたし、ただ愛想が尽きたというならそれでも良い。
だが領域に踏み込む事、深く関わる事を恐れる私がいるのもまた事実なのだ。
「…やっぱりお前も、俺やアインルーガと似てるんだな」
「え?」
「お前も1人で考えて、1人でどうにかしようとする奴って事だよ。揃いも揃ってというか…揃って馬鹿だよな。自覚があるだけ俺の方がマシかもな」
「あなたはともかく、皇太子殿下や公爵令嬢を面と向かって馬鹿呼ばわりするその心意気だけは買ってあげる」
「林間学習の時、俺とアインルーガが馬鹿正直な奴ってお前も言ってただろ」
…確かに言ったような気もする。自分の口の端が引きつっているのは分かった。
プレイヤーである私には将来2人が互いを心から親友だと認め合い、領域に入る事を許し合った存在だと知っているから。
だからこそ言った言葉であり、ゲームの主人公が思っていた台詞でもあったのだ。それを引用しただけであって…私が考え出した言葉ではない。
今まで過ごしてきた私の言動は、主人公の言葉を借りたものが多々あるのだ。
「あいつは自分のわがままで婚約破棄するって言ってた。他人のわがままで決められる事に、お前の不満はないのかよ」
「…でも、アインルーガ様の、」
「お前の意思を聞いてるんだっての。その点で言えば前のお前の方がはっきりしてたぞ」
前のお前とは転生する前のメイルーンだろう。確かに彼女の行動原理は自分が一番になりたいという分かりやすくはっきりしたもので、故に良い意味でも悪い意味でも目的に対して純粋だった。
まさか彼女の良いところを彼女が心底嫌っていたレオニダスに言われるなんて。
「不満なんて、ないわ」
「お前は案外わかりやすいって言ってんだろ。…いや、別に言いたい事は今俺に言わなくてもいい。けど1人で考える事はあんまり良い結果にならねえから、やめておいた方がいいぜ。これ、実体験な」
だからおれは自覚があるんだよ、とレオニダスは笑った。林間学習の事だろうかと思うけど聞いてもこの男は答えないだろう。
私も少し笑って、胸の中の暖かさが更に広がった気がした。
休憩もそろそろといった形で歩きながら考える。私が他人の領域に立ち入った事は…そういえば、あるじゃないか。
私の言葉でネアシェに友達になって欲しいと言ったのは、確かに私の意思だ。覚悟を持つ彼女だからこそ、こちらの世界では無理だと思っていた普通の友人関係を築きたいと願ったのだ。
「そうだ、私…」
「なんだ?」
「ネアシェと友達になりたいって、自分が選んで願ったんだわ…」
「どっからその発想が出たのか知らねえけど…じゃあ、ネアシェに相談してみろよ。お前が選んで向こうも選んでくれた、友達なんだろ」
「…!」
今すぐにでもネアシェに会いたいと思った。夜会でも側にいてくれて、心配してくれていたんだろう。
ララさんやユゥイさんも反応が違う私を気にしつつ、敢えて大げさに振舞ってくれていたのだろう。
挨拶に来てくれたミレイユ嬢やスレイヴ様、果てはユーグリッド嬢やクラスメイトまで、体調が悪かったら無理するなと言ってくれていた。
ーーーと、考えると。
林間学習でネアシェと共に戦うと決めた時も、ララさん達を助けようとした時も、ミレイユ嬢やレオニダスと話しに行った時も。
魔法競技大会でミレイユ嬢を訓練した時も、魔物の気を引こうと思った時も。
学園祭で案を出した時も、進行を1人でやっている時も、運営を任せた時も。
自分に出来る事、やるべきだと思った事はやってきたし、ゲームで得た知識を使わないなんて宝の持ち腐れだ。
確かにプレイヤー思考である事やアインルーガ様に対して引け目を感じていた。でも全てそうだった訳じゃない。
死ぬのが怖いのはおかしい事ではない。
領域に踏み込むのが怖いなんて、当たり前じゃないか?ゲームの主人公が特別なだけで、というかそうしていかないとゲームが進行しないからで。
プレイヤー思考であろうと、アインルーガ様や古代海魔の事は悩むまでも無いはずなのに。
今になってやっとだが…なぜ、先ほどまで自己否定や自己嫌悪に塗れていたんだろうと思ってしまう。
まるで意図して負の感情を増長させられていたようにすら感じて、思わず背筋が凍った。
「…ねえあなた、今嫌な事とか考えてる?」
「は…?お前のその問いかけが嫌な事だけど」
「ふざけないでってば」
「ふざけてんのはお前だろ…てか、何でそんな事聞くんだよ」
「…襲われてからなの」
「は?」
「思考が悪い方面にしか考えられなくなったのは、昼間に闇の眷属に襲われてからなのよ」
あのミレイユ嬢と襲われた、あの後。
しばらくは生々しい死の感触に気をとられていたが、その後に思ったのは自分がいかに卑しく矮小な人間かという自己否定と自己嫌悪だった。
頭の中や胸の奥にあるどす黒い部分を抉り出されて、更に黒い影に塗り潰されたような感覚。
そうだ…だからこそ、悪しき存在であり禁忌扱いされているのだから。
「まさか、お前…」
「多分…精神干渉を受けていたんだと思う」
「…!!」
童話4と3内でも語られている心や魂に侵食する魔法を得意とする闇属性。精神干渉なんて簡単な事だ。
「っ、少し考えれば分かった事なのに」
「それを思いつけなかった事も、干渉の範囲内だったんだろ…!」
「だから聞いたの、貴方も干渉を受けてる可能性があるから!」
「今のところ、平気…だとは思う」
「っ、とにかく早く戻りましょう!ミレイユ嬢も恐らく精神干渉を受けてる…保護しないと!」
今までよりずっと、頭がクリアになった。
恐らくだが、私にかけられた闇魔法は解けてくれたのだろう。
立ち止まっていられず下流に向かって歩き出せば、レオニダスがおい!と声をあげる。
「お前は大丈夫なのか?」
「ええ、もう大丈夫」
恐らく、胸の中に広がる暖かい炎は気のせいなんかではなかった。干渉していた闇魔法を消してくれたのは確実にこの暖かさだ。
「わかった、戻ったらアインルーガに相談するぞ。あいつの光魔法でどうにかなるかもしれない」
「…ええ」
共に歩き出し、また借りが増えてしまったと、思わず笑ってしまった。




