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蒼海の奏者  作者: 鮭いくら
第1章
76/125

【14】




「ほら、少し回復しただろ。治癒魔法使い…ネアシェでも呼んでくるから大人しくしてろ」

「…いえ、もう大丈夫」


いつのまにか楽になった気がして横になっていた体を起こし、そして重ねられていた手にお互い気付いて一斉に離す。

先ほどまで素の話し方になってしまった事も思い出してしまいからかわれるかと思ったが、気遣うようにこちらを見ているだけだった。


「………」

「………」


林間学習のあの夜、レオニダスの領域にこちらから踏み込んだのは、多分彼が私の領域に入っていたからだ。

魔法検査の出来事でゲームのイメージから恐怖イメージへと変えてしまったけれど、それが良かったのかもしれない。彼をキャラクターではなく、人として見れたから。


「…一応、感謝しておく。色々とありがと」

「っは、どういたしまして」


少し笑うレオニダスに、更に弱みが握られたと少し悔しい。でも嫌な気分ではないのだ。

何分経っただろうと時計を見てーーー固まる。









「ゃ…」

「? どうし、」

「い、いやっ…!」

「!?」


時計の下にある窓。

窓の外に、巨大な目玉がーーー





ガシャアアァァンッ!!


激しい音を立てて窓ガラスが吹き飛ぶ。風が吹き荒び、ガラスの破片が飛び交う中レオニダスが私を背中へと隠すように立つ。

しかし見てしまったのだ、今日私を死の恐怖へと追い込んだ、あの血走った目を。


「チッ!」

「きゃあっ!?」


レオニダスは私を抱き締めて横に飛ぶ。激しい音を立てて今まで立っていた場所が抉れたのが見えた。

壁にぶつかり、痛みに呻きながらも立ち上がればレオニダスが魔法を放つ。爆発音と共に爆風が身を包むが、レオニダスが庇うように前へと現れる。

思わず背中へと縋り付き、布地を掴む。


「あ、あれっ…!昼間の…!」

「知ってんのか!?」


破壊された窓とソファ、抉れた床。

それを行ったのであろうソレは、昼間見た姿とはほんの少し違った。外套を見に纏った者がいないのだ。

だが影のような、黒いもやのような中に血走った目がギョロギョロと動いているのは変わらない。黒い木…ではなく、本当に影のようだ。そして1人ではないと見据える事が出来た今。変化した姿を見て頭をよぎる物があった。


「闇の…眷属…!?」




ゲーム本編でメイルーンが操る、闇の眷属。それにそっくりなのだ。


「闇って…!どういう事だ!?」

「! レオニダス、危ない!」


ギョッとして私の方を見るレオニダス越しに、黒い触腕を振りかぶるのが見えた。思わず引っ張ってーーー衝撃。









「ぐっ!?」

「きゃっ!」


衝撃を受けて浮いた感触がしたと思ったら、硬い床に落ちた。

休憩していた部屋は絨毯が敷いてあったはずで…見ると、コンクリートによく似た床板。薄暗いその場所は明らかに部屋とは全く違う。


「え…?」






火を灯せ(ルーラート)


レオニダスが指先に火を出現させた事で、周囲が更に見えた。


「…どこなの、ここ…?」


壁も床もコンクリートで固められた場所で、私とレオニダスは立ち尽くしていた。

一方にだけ通路が伸びているが暗く、先は見えない。

周囲には廃材であったりゴミのような得体の知れないものが散乱し、壁には配管が張り巡っている。


カサッ…


「ひゃっ!?」


物音に思わずレオニダスに抱きつく。見ればネズミだったのだが、すぐに暗闇の中へと消えていった。


「…おい」

「あ…ごめんなさい」


レオニダスから離れれば、顔が赤くなったのがわかった。

心理的領域に踏み込むのが難題だと思っていたのに、レオニダスだけはもう踏み込んでしまっているから困ってしまう。


「お前武器は?」

「持っている訳ないでしょう」


そもそも学園夜会に来ているのだからドレス姿のうえ着飾っている。いくら細剣といえど持って来れる訳もない。

それはレオニダスも同様であるようで、諦めたように息を吐いていた。


「お前、あの真っ黒い魔物…闇の眷属とか言ってたな。しかも見た事あるのかよ?」

「…実は」


今日の昼間、少し形は違えど同じような物に襲われた事を伝えた。


「お前、それ…重要な事だぞ!何で早く言わなかったんだよ!」

「だから、幻覚を受けて感覚もなく怪我もなく、確証がなかったのよ!それに…」


それ以上に、死への恐怖と自覚してしまったプレイヤー思考への失望感。正直それらが勝っていた。

実際記憶帳に書こうとしたのだが頭と心がぐちゃぐちゃで整理がつかなかった。




「…何でもない」

「で、闇の眷属っていうのは?」

「…あの黒いのを見た時、童話を思い出さなかったかしら?」

「童話?」

「【4(フォース)3(サード)】って童話よ」

「それ、7属性を元にした教養童話じゃねえか。俺が知るかよ」

「えっ」


4(フォース)3(サード)

幼い頃よく読み聞かせられた童話だ。

4とは地水火風の四属性、3とは光闇無の三属性を言う。主に魔法の勉強が早くから始まる貴族が属性への理解を深めるために読み聞かせられていたのだと今になって気付いた。

その童話に出て来る闇属性を表す姿は真っ黒い影に1つの目。つまり先ほど見た物にそっくりなのだ。そして闇の眷属と言われているが、童話は間違っていない。ゲームではメイルーンのしもべとしてそのまま登場する。


「そ、その童話に出て来る闇属性を模した姿が先ほどの物とそっくりだったのよ」

「なるほどね…だが、闇の眷属だった場合ヤバイだろ」

「…ええ」




帝国で闇の属性は悪しき物、むしろ禁忌として扱われている。4と3の中でもそのように扱われていて絵の描写も童話の中では禍々しい。

この帝国で闇属性に良いイメージを持つ者は普通いないし、闇属性魔法使いもいないとされている。皇帝家が光属性を持つ者ばかりなのも影響しているが、闇は人々の心や魂に侵食するのが得意だと言われているからだ。




「早くアインルーガに報告しねえとな」

「にしてもここはどこ?…地下なのはわかるけれど」

「これも幻覚なのか?」

「わからない。さっきも言ったけど、幻覚と全く分からないくらい現実味があったから。でも場所移動はしてないのよね…」


感触も空気も変わらずに感じ取れる。幻覚か、それとも転移でもしてきたのだろうか。


「…とりあえず、進むか」

「えっ」

「ここの場所がわからないと脱出の糸口も見えないだろ。闇の眷属とやらが夜会の会場にでも行ったら危険だ」

「………」


お前の心が選んだんだろ。レオニダスの言葉が蘇る。

命の危険があったとしても、心が勝手に選んだなら…私の意思でも、決められる筈だ。

それに今は1人でどうにかしなければならない訳でなく、レオニダス(心強いもう1人)がいる。


「…分かったわ、行きましょう」


頷いて、レオニダスを見据える。私の目を見て彼も頷いて歩き出した。

後ろからついていく足取りは学園夜会に来る時とは全く違って軽やかに感じた。少し前までまで感じていたモヤモヤが無くなった事で、どこか心に余裕が生まれたのだろう。


「…ホントに、ありがと」


足音しか響かない薄暗い空間でも聞こえないように、再び呟いた。











「拓けた所に出るぞ」

「…この音、やっぱり」

「ああ、水道だ」


少し前から足音に混じり、水の流れる音が聞こえて来た。拓けた場所に出て火の灯りが照らした場所はまさに水道であり、緩やかな水の流れと潮の香りが続いている。


「下水道じゃない…多分、海から引いている水を帝都地下の濾過装置まで送る水道ね」

「海か…外に繋がるのは、上流か?」

「下流を目指した方がいいと思うわ。濾過装置がある所なら、点検のために外に繋がる場所があるはずだから」


というか、ここは国民の生活に関わる重要な部分。何重にも防護魔法が敷いてあって侵入するのは正規の方法以外ほぼ不可能であり、侵入されてもすぐに報告されて魔法使いが飛んで来る筈だ。

それがないということは、幻覚か…何か別の問題が起きているか。

そんな事を考えていると、キイキイと金切り音のようなものが聞こえた。




「えっ…魔物!?」

「ああ、そうみたいだな」


上を見上げれば、コウモリのような魔物がひしめいているのが見えた。だがこちらを襲う様子はなく、むしろ火を嫌がっているように見える。


「…襲ってこない」

「こんな暗い所にいる魔物だ、光が苦手なんだろ」

「どうするの、あれ?」

「別に燃やしてもいいんだが、数が多過ぎる。無駄な労力は避けたいから無視でいいだろ」

「…そうね…くしゅっ!」


水は季節の関係もあり相当冷たいのだろう。寒気を感じてクシャミをしてしまう。水魔法使いなので耐性はあるはずなのだが、さすがにドレスでは薄手過ぎる。


「ほら」

「わっ!?」


頭に布が被ったと思ったら、レオニダスのジャケットだった。返そうとしたら着てろ、と短く言って歩き出してしまった。

火の魔法使いだから寒いのが苦手な筈なのに。強がりを言っても良かったのだが、素直に借りておく事にした。




地下水道に、魔物。

たしかにこういった空気中の魔力が溜まりやすい場所ではおかしくないが、少し嫌な感覚を覚える。

この間あった水質汚染の原因も、こういった魔物のせいだろうから。






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